第2話 壊れた【セカイ】の月夜
1
――世界なんて、とっくの昔に壊れている。
深夜になって空腹を覚えて、コンビニに夜食を買いに行くことにした。
夕食を食べ終えた後であり、カロリーという言葉が一瞬浮かんだけれど、頭の中から振り払った。
私はどうしても杏仁豆腐が食べたくなったのだ。
冷蔵庫を開けてみたが買い置きは既に無く、枯渇していた。私は自分の迂闊さを呪いつつ、春用のコートを着込み、スカートのポケットに財布を入れるとマンションを出た。
――いざ、あなたの心のオアシス、ミニステップへ!
夜の街を行く。春先をわずかに過ぎた季節の夜は未だに少し寒さを感じた。コートを着てきて、やはり正解だったと思った。
深夜を迎えた街に光は少なく、夜の帳は深い。道に並ぶ自販機や街頭だけが光を放つ。通り過ぎる時、虚ろに私の影をカタチ作った。
私の住んでいるマンションのある地域は静かな住宅街であり、近くの駅前の賑やかな歓楽街に比べれば、このことは際立っていた。
でも、だからこそ月が――
――綺麗な星空に浮かぶ月は明るく、優しく街を照らしていた。
月の形はネコの目のような半月。
そのことに気が付いた私は気分を良くしてコンビニまでの道を遠回りして、少し散歩をすることにした。
月夜の街を行く。人気は無い。なんだか世界が少しだけ、この時だけは自分のものになったような気がした。
月の光に照らされた街は仄かに輝いて見えた。
まだ散り終えていない桜の木の傍を通り過ぎようとした時、目の前に桜の花が散った。ああ、綺麗だ。
月夜に桜。
さっきラジオで聞いた曲を鼻歌で歌ってみる。確か曲名は『虚空と光明のディスクール』だったか。こんな夜の散歩にはピッタリな曲だと思う。
けれど不意に見上げていた夜空に――〝ノイズ〟が走った。
〝ノイズ〟がガラスの面に走るヒビのように夜空に広がる。
月夜が傷付いていく。
そのことで私は思い出すのだった。
――世界は既に壊れ、滅びていることに。
だからきっとこの【セカイ】は仮初めのものだ。
だからきっとこの【セカイ】はこんなにも簡単に綻び、歪み、壊れていってしまうのだ。
この事を殆どの人は知らないけれど。
私は夜空を見上げるのを止め、コンビニまでの道を急ぐことにした。
「なんて面倒くさい」
コンビニに着いた私は、杏仁豆腐とコンソメポテチを買って帰路に就いた。
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