第8話 絡まる因果

 「これが今回の〝刈り取り〟の候補者のリストよ」

 千鶴から一冊のファイルを受け取る。ファイルを捲ると、そこにはこの街に住む人間の中で刈り取りの候補者になった者の、細かいデータが載っていた。

 性別、年齢、職業、経歴、住所――多岐に渡るデータが、添付された顔写真と共に書類には記されている。

 「……」

 それらひとつ、ひとつに私は目を通していく。

 老若男女、様々な人間のデータがある。同じものはひとつとして無い。皆がこの【セカイ】でそれぞれに生き、生活している。

 そして、皆が少なからず傷を、苦しみを負っている。

 「これは……」

 その中で、特に私の目に留まった人物がいた。

 「何か気になる事でもあった?」

 脇から千鶴もファイルを覗き込む。

 そこにはこの学校のひとりの女子生徒のデータがあった。


 名前は――鈴木しぐれ。


 今から一か月前に弟を病気で亡くした彼女は、一週間前から学校にも来なくなり、家にも帰っていない。

 「彼女、母親から警察への捜索願も出ているわ。尤もまだ、見つからないみたいだけど」

 千鶴が淡々と、どこか冷たさを感じさせる声で話す。

 魔女として、千鶴が振る舞う時はいつもそうだ。普段の活動的な印象や感情的な面はどこか欠けてしまったように感じられる。


 出会った頃の千鶴は、魔女になる前の彼女には、こんな所は無かったと私は思う。



 私と千鶴の付き合いは古い。

 幼馴染と言ってもいいだろう。

 最初に出会ったのは、いつだっただろうか。

 まだ幼い頃に母親に連れられて、古谷家に訪れた時。和風な造りで大きな家で大きな庭園があって、その事にはしゃいでいた私に千鶴が声を掛けて――

 それ以来、私達は友達になった。

 幼い頃の千鶴は母親の事を誇らしげに語り、どこかへ遊びに行く時は、私の手を引いて前を走っていくような子だった。

 後で知った事だが、古谷家は昔からこの付近の魔女を束ねている家だそうだ。

 だから母も古谷家を訪れたのだろうか。



 母が亡くなって、ヤイバが――魔女にとっての〝杖〟が出せるようになった後、私は古谷家に呼ばれた。

 そこで、ひとつの選択を迫られた。

 母のことを全て忘れて、魔女としての力を失うか。あるいは魔女となり、その使命を果たすのか。

 私が杖を出せるようになったのは、この【セカイ】の秘密を知った事、母を亡くした事が鍵となったらしい。

 魔女の杖を出せる者を放置して置くことはできないそうだ。

 魔女の杖とは――世界に干渉する力であり、この【セカイ】を壊しかねない力でもあるからだそうだ。

 私は後者を選択した。

 それから、その時はまだ杖を出す事のできなかった千鶴と一緒に、魔女としての手ほどきを彼女の母親から受ける事になった。

 しばらくして、千鶴も私と同じように杖を出せるようになった。

 そのきっかけを私は知らない。

 そして、高校に入学と同時にこの街の刈り取りを、千鶴と共に担当する事になった。



 「千鶴、彼女は――鈴木しぐれは見つかってる?」

 「ええ、彼女の〝気配〟は既に捉えているわ」

 千鶴は地図を拡げると、街外れのビルを指す。

 そこは、数年前から取り壊しの予定だけがある廃ビル。

 刈り取りの候補者を探り出すために私達、魔女は普段から街の至る所に、そうとは分からないように〝糸〟を張っている。

 その糸を張り、探り出す能力は私より千鶴の方が高い。

 「今回の刈り取りは、私がやるわ。バックアップをお願い」

 私は帰り支度を始める。

 「あら、今夜行うつもり?今回は随分と急ぐのね」

 「ええ」

 帰り支度を終えた私は生徒会室を出る。

 扉を閉める時、私が読み終えたファイルを千鶴が読み込んでいるのが見えた。

 「――彼女、殻木田君と同じクラスなのね」

 彼女がボツリと呟いた。

 鈴木しぐれが特に私の目に留まったのは、彼女がこの学校の生徒であり、そして――殻木田くんと同じクラスだったからだ。


 嫌な予感は確信に変わりつつあった。

 殻木田くんは――きっと彼女を探している。

 怪物になりかけている彼女を。


 「やっぱり、ベタ惚れじゃない……」

 千鶴には何も答えず、私は背を向けて歩き出した。


      ◇


 廊下に出れば、日は完全に落ち、夜の暗闇だけがあった。

 私の影もまた、その中に呑み込まれて溶けていった。

 世界は光ではなく、闇に包まれる。

 そんな世界を、蒼い空の月だけが眺めている。

 夜が始まる。

 そう、おとぎ話の魔女はいつだって、夜に現れるものだ。


 夜は――ここからは、魔女の時間だ。

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