第7話 そこにいる魔女達

    5


 月曜日の放課後、夕日の差し込む生徒会室に響く音がある。

 カタカタと、パソコンを操作する音。

 それは私がパソコンのキーボードを叩く音でもあった。

 「気味が悪いわね……あんたが真面目に仕事をしている姿って」

 「うるさいわね」

 私はパソコンから目を逸らさず答える。

 「大体、なによ。パソコン苦手って言ってたくせして、一度教えれば結構できるじゃない。できるなら最初からやりなさいよ、この天邪鬼!」

 「猫被りには言われたくないわね」

 「だ、誰が猫被りですって!」

 「あなたのことよ、千鶴」

 そう言って私は、さっきから悪態を吐き合う女子生徒を横目で見る。

 私の隣の席に座る女子生徒、古谷千鶴(ふるたにちずる)は私の同級生でありクラスメイトでもある。また現生徒会副会長――つまり醜い争いの末に、私と一緒に生徒会入りをした人物だ。

 髪を後ろで結い、活動的な印象の彼女は周囲の生徒には面倒見が良く、頼りがいのある生徒として知られている。そのうえ学業の成績も良く、運動を抜群。容姿もいいので人気もある。

 「わたしのどこが猫被りだって言うのよっ!」

 肩をいからせて千鶴は叫ぶ。

 「私に対してだけはこうして容赦なく悪態を吐く所。それから普段は出さないけど、意外と感情的な所かしら」

 こんな彼女の側面を殆どの生徒は知らないだろう。

 「どっちもあんたのせいじゃない……」

 千鶴が深く溜息を吐く。

 「そもそも、小夜。あんた今日に限って、なんでこんなに真面目に仕事してるのよ。普段は殆どやる気ないくせに」

 「何故かしらね」

 キーボードを叩く手を止めずに答える。

 「まあ、あんたの場合、昔から何かあった時は別の事に集中して気を紛らわす癖があることは知ってるけど……さて、今日は何かしら?」

 彼女が思わせぶりに周囲を見渡す。

 「……」

 私は何も答えない。

 今、生徒会室には私と千鶴しかいない。

 他の生徒は既に仕事を終わらせて帰っていった。

 私は千鶴にパソコンの使い方を教わりながら、仕事をしていたので遅くなってしまった。

 「さては、殻木田君がいないからかしら……?」

 生徒会室の中を見渡した後、唇の端を吊り上げて、どこか意地悪く笑う。

 無意識の内にパソコンを操作する私の手が止まる。

 そう今日、殻木田くんはいない。

 生徒会室に来ていないとか、今日は会えていないとかそういう事ではない。

 殻木田くんは学校を休んでいた。

 クラスの担任の先生に確認した所、体調が良くないらしい。


 なんとなく、嫌な予感がしていた。

 きっと殻木田くんは嘘を吐いて学校を休んでいる。

 そしてこういう時は、大抵ロクでもない事に首を突っ込んでいる。


 「――あんた、少し変わった?」

 千鶴が私の顔を覗き込む。

 「どうかしら。もし変わったとしたら、どう変わったのか、自分では分からないわね」

 私も千鶴の方に向き直り視線を合わせる。

 「なんて言うか、前より周りの事を考えるようになったというか。その癖、ある部分は前より真っ直ぐになったというか――」

 千鶴は真っ直ぐに私の目を見る。

 「――ねえ、小夜。あんた、殻木田君に惚れてるの?」

 それから、冗談めかしてそんな事を言った。

 「ぶっ殺すわよ」

 私は千鶴を睨み付けながら答えた。


      ◇


 ふぅ、深く溜息を吐き、パソコンの電源を落とす。

 生徒会の仕事を終えた後、私は千鶴と向き合うと言った。

 「そろそろ〝刈り取り〟の話をしましょうか――」

 「ええ、そうね……」

 その言葉を待っていたかのように千鶴も頷いた。


 ――夜に限りなく近い夕刻の中、誰もいない教室の中で、私達は囁き合うように話し合う。


 夕日に照らされた二つの影が、妖しく教室の壁に浮かぶ。

 どこか妖しい――実際に私達は妖しいのかもしれない。

 他の人には聞かせる事のできない話を、秘密を二人で密かに話し合っているのだから。

 そこには私達の【セカイ】がある。

 私達だけが知る【セカイ】がある。

 【セカイ】に隠された秘密。

 それが放課後の教室というありふれた場所で語られる。

 殆どの人が知らない〝常識〟が語られる。

 この場所では〝常識〟が侵されている。


〝常識〟を〝現実〟を侵すもの――それは怪異だ。


 私と千鶴は魔女だ。

 ならばきっとこれは――知られざる魔女の密会だ。


〝刈り取り〟とは魔女のしなければならない事のひとつだ。

 この【セカイ】で生きる人が感じた現実の傷を、世界を否定し、拒絶する想いを刈り取ること。

 つまり――ひとの想いを消すことだ。

 それがどれだけ悲しく、辛く、苦しいものだったとしても。

 想いを刈り取られた者は、自身に傷を感じさせたものについての記憶を喪ってしまう。

 その代償は、その想いの深さ、大きさによって決まる。

 この世界の魔法を使うほどの、怪物になってしまう程の想いならば、きっとその全てを――喪ってしまうだろう。

 そして取り戻す事は二度と無い。


 ひとが怪物になってしまうのは、全てを喪ったからなのだろうか。それとも全てを喪っても構わないと思ったからなのだろうか。


 この【セカイ】の空に傷を刻むほどの想い。

 ひとが怪物に成り果てるほどの想い。


 この【セカイ】を壊す怪物を生まないために、私達はひとの想いを刈る。

 そんな私達は、私はいったい何様なのだろか?

 少なくとも――神様なんかじゃない。

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