第4話 空に奔る〝ヒビ〟
3
夕食のパスタを食べ終えた後、ミルクティ―を淹れ、リビングのソファにのんびりと座り、腹ごなしをしていた。
時計を見ると、針は十時を指していた。
私はラジオの電源を入れる。
「あー、あーS・N・H、S・N・H、チェック、チェック!みんな聞こえてるー!今日も〝オトギゾウシ〟始めるよ!」
男性司会者のアップテンポな声と共にBGMが流れ、番組が始める。
〝オトギゾウシ〟は私の聞き付けのラジオ番組だ。
火曜、木曜、土曜日の週三回、放送されていて内容はトークとお便り紹介、リクエスト曲を流すというものだ。たまに特別な企画をやったりもする。
「――さて、最初のお便りはT県にお住まいの有馬さんからだ!ヒロさん、こんちは。最近見た映画である登場人物が、人生の半分はトラブルでできていて、残り半分はそれを解決するためにある。というセリフを言っていたのですが、ヒロさんはどう思いますか……っと」
人生の半分はトラブルか。
それは、なんて面倒。
「そうだねー案外そんなもんじゃないかとさあ、個人的には思ったりするんだけど、いやトラブル続きは正直イヤでしょう?僕としては人生2割くらいはのんびりと過ごす時間が欲しいね。中には人生波風立っている時の方がいいっていう人もいるんだけどさあ……」
私も選べるのなら、のんびり過ごす方がいいと思う。
トラブルがほっといても、降って湧いてくるものなら。
私の知っているヤツは、自分からトラブルに首を突っ込むのだけれど。
「そんな有馬さんのリクエスト曲は、佐咲紗花さんの『ワールドエンド』ですね、どうぞ!」
番組が進んでいく。
そろそろ番組が終わる頃、ソファに座る私の足に、飼い猫のアランポーが擦り寄ってきた。その事でエサを与えるのを忘れていたことを思い出す。
冷蔵庫を開け、エサの入った袋を取り出す。
しかし、中身は空だった。
この日もまた私は夜の買い物に出た。
飼い猫のエサを切らしていることに気が付いたからだ。明日にでも買いに行けばいいことなのだが、なんとなく明日の休日は外出する気が起きそうにもなかった。
時間は昨日ほど遅くない。今の時間ならばまだ、繁華街の反対側にあるスーパーが開いているはずだった。
腕時計を見ながら足早に歩く。結構ギリギリかもしれない。
――結果から言えば、間に合わなかった。
スーパーが視界に入った時には、お決まりの閉店ソングが響き、無情にもシャッターが閉まっていくところだった。
アーメン。
こうして。
ここまでの労力は無駄となり、私は途方に暮れた。
そこで私は自分を労うためにミニステップに寄り、ピザまんとホットのココアを買って近くの公園で一休みすることにした。
誰もいない公園で夜に女の子がひとりブランコに座り、ピザまん片手にホットココアを啜る。私としては別に悪くないと思うが、他の人が見たらどう映るだろうか。寂しげに映るだろうか、それともシュールに映るだろうか。なんとなくそんな事を考えながらピザまんを頬張った。
コンビニで買ってきたものを食べ終えて後、手持無沙汰になった私は空を見上げる。
空には月と星と――〝ノイズ〟がある。
その光景はまるでヒビの入ったレンズが映すプラネタリウムの空。
そのヒビに元々名前は無い。
千鶴は〝疵〟と呼んでいる。
私は〝ノイズ〟と呼んでいる。
私の場合は母がそう呼んでいたからだ。
よく目を凝らせば空にはいくつもの細かい〝ノイズ〟がある。
けれど昨日、見つけたものが一番大きい。
「そろそろ刈り時かしら」
ひとりそう呟いてみる。
月曜日には千鶴と相談してみるべきだろう。
私はゴミ箱にゴミを投げ入れるとブランコを降りて歩き出す。
もしあの〝ノイズ〟が空を覆い尽くす時――空は、世界はどうなってしまうのだろうか。
私は母からこう聞かされている。
【セカイ】は再び滅ぶ、と。
母はこうも言っていた。
空の〝ノイズ〟は【セカイ】を拒絶し、否定するひとの想いなのだと。
そんなもので満たされる時、世界はきっと――
――だから刈り取らなければいけない。
ひとの想いを。
それが――魔女。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます