第34話 追跡者の少女

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 「どうして、どうしてあなたはわたしから、この子を奪おうとするの!わたしはただ、この子とシアワセに暮らしたいだけなのに!」

 わたしは少女に向かって叫ぶ。

 腕の中の我が子を守るように、強く抱きしめて。

 わたしの声で目が覚めたのか、子どもが再び泣き出す。

 辺りに赤子の声が――響く。


 「――あなたの子は、あなたの子どもは本当に〝そこ〟にいるのかしら?」


 彼女がその物憂げな瞳を揺らさずに言う。

 その言葉は少し前に、雨の降る前に人気の無い公園で聞いた言葉。



 あのひとが死んでしまった後、周囲の反対もあったけど、わたしはこの子とふたりで生活することを選んだ。

 わたしひとりでその子を見るのは大変だったけれど、充実した幸せな日々だった。

 それからしばらく経ってその日、わたしはその子を連れて近くの公園へと出掛けた。

 三月はまだ日差しが差していても、少し肌寒さを感じた。

 それでも腕の中の子は陽気を感じてか、嬉しそうに笑う。

 愛くるしい、本当に愛くるしい。

 四月になれば、もっと暖かくなるだろう。

 今は青葉の公園の桜の木も、満開を迎えるだろう。

 そうしたら、もう少しこの子と遠出をするのもいいかもしれない。


 大切なものを喪ってしまったけど、わたしはこれからも続く幸せな日々に想いを――ユメを馳せた。


 そんな時、不意に冷たい風が吹いて――彼女が現れた。

 いつしか、晴れた空には灰色の雲が掛り始めていた。


 「――あなたの子は〝そこ〟にいるのかしら?」


 そう言って彼女の身体よりも大きな不可解な蒼白いヤイバを、何処からともなく取り出して。

 それを見てわが子を抱いて、わたしは逃げ出した。


 そうして気が付けば、雨が降り出していた。



 「私にはあなたが抱えているモノが毛布に包まれた――誰も着ていない子ども服だけのように見える」


 彼女はわたしの抱えている子を見つめて、静かな口調で告げる。

 「そんな筈がないでしょう!」

 わたしは腕の中の我が子を見る。

 小さい身体、柔らかい肌、大きな目。まだ薄い頭皮。こちらに伸ばされた手。

 今は泣いていても、やはり愛くるしい姿。


 「私は知っている。あなたは大切なひとを喪ったその日――子どもを流してしまった」


 「え……」


 一瞬、世界が止まった。

 景色も音も。


 聞こえない、雨の音だけしか。

 腕の中を見る。

 そこには毛布包まれた――子ども服しか無い。


 「うそ……」


 わたしは頭を振り、目を凝らす。

 そうすると、我が子の姿が見える。

 子どもを絶対に離さないように、抱え込む。

 その温もりを放さないように。

 泣き声が激しさを増す。


 「ねえ、帰って!わたし達を放っておいて!わたしのシアワセを奪わないで!わたしの全てを奪わないで!」

 わたしにとってこの子はもう、わたしの【セカイ】の全てだ。

 なければならないものだ。

 わたしにとってのシアワセな〝日常〟

 この子を喪ってしまったら、わたしは、わたしは――


 「……」

 彼女がヤイバを構えてわたしに近づいて来る。

 あのヤイバを振り下ろされてしまったら、わたしは。


 何故だか分からない。けれどきっとこのシアワセを喪ってしまう。

 このユメを。


 「来るな、来るな――!」

 わたしは叫ぶ。

 すると、彼女は目では見えない圧力で押されたように後ずさる。

 それを見て、わたしは叫び続ける!

 「来るな、来るな、来るな、くるな、くるな、クルナ――!」

 最初、彼女はその圧力に抗うようにヤイバを杖にして踏み堪えていたけれど、掛り続ける圧力についには耐えきれなくなって吹き飛んだ。

 彼女の身体が部屋の剥き出しのコンクリートに打ちつけられる。

 彼女が苦悶の表情を浮かべる。口から一筋の血が流れる。打ち付けられた時に口の中を切ったのかもしれない。

 それでも彼女は立ち上がり、わたしの方へ向かってくる。


 彼女を止めるにはどうしたらいい。

 わたしには分からない。

 だから、その言葉を口にする。


 「消えろ、消えろ、消えろ、きえろ、きえろ、キエロ、キエロ――!」


 相手の存在を否定する言葉を叫ぶ。

 呪いのように。

 このわたしの【セカイ】を否定する者を呪うように。


 その言葉を受けた彼女は――消えた。

 この【セカイ】から。


 その不可思議なヤイバだけを残して。

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