第10話 掛川城で、お茶を(2)
適度な時間で休憩を切り上げて、米津常春は服部隊を伴って掛川城から西へと去って行く。口にこそ出さないが、『攻城前に現地を偵察出来てラッキー!』と思いつつ、背中に刺さる殺気にビビって駄馬を急かす。
「うううわあああああああ、背中がっ、背中がっ!」
鳥肌を立てる常春を、部下達は戯けていると思って爆笑し、服部隊は薄気味悪そうに背後を気にする。
半蔵を運ぶ担架の横を歩く月乃が、歯を細かく鳴らしながら質問する。
「半蔵様。この殺気、朝比奈泰朝とは異質ですが…」
服部半蔵は、全身各所の傷ではなく、その心当たりのある殺気に、顔を顰める。
「迂闊だった。アイツを殺せる機会を逃した。敵に回したら、最優先で殺さないといけなかったのに」
悔しがる半蔵に、常春は結構真面目に尋ねる。
「引き返すか? 今なら本丸まで侵攻出来るぞ」
珍しく好戦的な意見を出す常春に、半蔵は未練を払って遠慮する。
「このまま西へ。アイツの鉄砲の射程圏内に戻って殺される気はない」
全身を丸みを帯びた流線的なデザインの鎧で包むという、異様にカッコイイ風格を誇る完全武装の武者が、服部半蔵達が戻って来ないように見送り&西側の防御陣確認をしている朝比奈泰朝に、気付かれるまで十メートル以内に接近していた。
半蔵や常春達が感知した殺気を、近距離の者には気付かせないという、器用な真似を行なっている。
この新キャラにとって、殺気は爪楊枝の如く扱える代物だ。
「城主殿。狩りに行く許可をくれ。許可無しでも行くけどな。まあ、形式は守る男だから、俺」
槍の代わりに、通常より遥かに長大な鉄砲を肩に担いで二の丸から三の丸まで。今年五十歳とは思えない重装備で、新キャラは朝比奈泰朝の前に立つ。
朝比奈泰朝は、脳内に「忍耐」の二文字をリフレインさせながら、流浪を重ねて今川氏真に仕えるまでに落ちぶれた『偉大なる斎藤家の元家老』を、丁寧に礼節を持って止める。
「服部半蔵は、手負いでも
「服部半蔵なんか狙わねえよ。俺より強いもん、アレ」
五十歳でも全然枯れていない武者は、つるりと曲線的な機能美を誇る兜(自作)を撫でながら、あっさりと朝比奈泰朝の推測を否定する。
「俺の狙いは、米津常春だ。アイツをこの
「あの男が、
「おっさんを年齢で差別するなよ、傷付くなあ。眼の前に、歳を食っても大量殺戮が得意な、生きた伝説がいるじゃないか」
敵味方を区別せずに抹殺の命令をサクサク熟す手際を評価され、伝説の梟雄・斎藤道三から高く評価された怪物である。
三方ヶ原の戦いを経るまで、徳川軍団にとって最兇の死神は、今川氏真に仕えて掛川城にいた。
「それよりも、太守様(氏真)の鎧兜を新調して下さい。鉄砲で狙撃されても、弾丸が逸れ易い鎧兜を」
「え? 生きていたの? 今川焼きの具になったんじゃあ?」
「さっき戻って来たばかりでしょうが!?」
「あ、悪い悪い、殺しても手柄にならない奴って、眼中に入らないんだ、自動的に」
過去現在未来の歴代の雇用主に対しても、この無礼な態度は一生治らなかった。それでもこの異才は歓迎され、何度も解雇されては再雇用されている。
織田信長にも。
豊臣秀吉にも。
「とにかく、鎧兜の製作に専念して下さい! 明日、掛川城が包囲されていても、おかしくない状況なのです!」
「わかった、わかった」
本人は納得していないが、今川家には鎧兜の職人として大歓迎されている。
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