第32話 何かが雪道をやって来る(3)

 1559年(永禄二年)。

 この話の時間軸から、十年前。

 近江の日吉大社(京都から北東へ四里約17㎞の距離)に参拝した上杉謙信は、一人の稚児召使少年に目が釘付けになった。

(この時点での上杉謙信の名前は『長尾景虎』だが、面倒なので上杉謙信の呼称で統一する。この人の改名歴には、付き合っていられない)

 稚児召使少年の歳は十六程。

 中性的な顔立ち&柳腰の超絶美形少年が、ボブカットで揃えた前髪を指でツンツン突かれながら、参拝客からのクレームに耐えている。

 その揺るぎ無さからは鍛え抜いた体幹が。

 その形の良い大きな瞳で発する曲がらない眼光からは、強い硬度を具えた意志が窺える。

 戦働きの得意そうな屈強な三人の男性参拝客は、線の細い肢体の柔らかさにのみ魅了されて、超絶美形少年に絡んでエンジョイしている。


「何で神社なのに巫女さんがおらんの〜?! 俺、巫女さんを視線で愛でに来たのに〜。失望〜〜」

「何で神社なのに屋台が出てないの〜?! 屋台のハシゴをして、飲み歩くのが趣味なのに〜。絶望〜〜」

「何で君はそんなに美形なのに、冷たく応じるの〜?! 俺二刀流なのに〜。絶頂〜〜」

「「「という訳で、僕たちと一緒に激しくデートして下さい」」」


 超絶美形少年は、自分の美貌が原因で起きつつある騒動に、まずは弁舌で収拾を試みる。


「巫女さんが姿を隠したのは、助平そうな足軽三人が来たからです。当然の避難です。屋台もつられて、速攻で逃げました。乱世では当たり前の行動です。私の見かけは中性的な超絶美形で、両方イケる口ですが、お三方は好みではありません。これは足軽への職業差別ではなく、不特定多数の同性と遊びでハードなプレイをするつもりが全く無いからです。何より、足軽三人がかりなら、誰でも輪姦出来ると踏んで行動する下衆とは、言葉も交わしたくない。失せて、二度と日吉大社に近付くな。この事前警告を無視するならば、次は警告無しで斬り捨てます。時間の概念を理解しているかどうか疑わしいので、教えておく。

 次とは、今、この瞬間からだ」


 スタンダードな三つ巴の家紋が柄に装飾された古い脇差で抜刀術の構えを取り、超絶美形少年は本気の殺意を放つ。

 三人の足軽は、本気で出入り禁止を言い渡すこの少年が、実戦で人を斬った事がある一人前の武士だと断じる。

 セクハラが命懸けになったので、退くか攻めるか迷っている三人を、上杉謙信の配下たちが手早く拘束して日吉大社の外へ連行する。

 超絶美形少年は、会釈をして礼を尽くすと、仕事があるふりを装って、上杉謙信から離れようとする。

 上杉謙信が熱くエロい視線を送っているのに気付いてしまった以上、超絶美形少年は逃げを選ぶ。

 彼が戦勝祈願に「女性とセックスをしない(妻帯しない)」誓いを立てている事は、京では既に誰でも知っている。

 この誓いは、「男性ともセックスをしない」とは言っていないのがミソである。

 男色に大らかな時代とはいえ、日本一の戦国大名に目を付けられる事に危険を感じた超絶美形少年は、日吉大社の階段を登って謙信の視界からランナウェイしようとする。

 聞き及ぶ限り、無欲な人である。

 視界から外れて時間が経てば、執着せずに節度のある態度に戻るだろうという期待は、砕けて消えた。

 階段を上る途中で、謙信は超絶美形少年を追い越して正面に回り込む。


「君の名は?」


 間近で熱過ぎる視線と目を合わせてしまった超絶美形少年は、顔を逸らして逃げようと足掻く。


「私は、性的なサービスはしない稚児です。他の稚児をお求め下さい」

「名を聞いておる!」


 戦神とまで讃えられる男が、超絶美形少年に本気でに入っている。


(無欲な勇者様という名声、カムバーック!)


 超絶美形少年は、泣きたくなった。

 美貌が災いして老若男女にセクハラされる確率が高い人生なのに、よりによって日本最強の戦国大名が、言い寄って来るイベント発生。

 ここで捕まれば、後でめちゃめちゃスキンシップ意味は察しようされちゃう。

 先程の足軽たちなんぞ遠く及ばない激しい執着を向けられて、超絶美形少年は逆に迎撃を決める。

 相手が最強の戦国大名だからといって、求愛に応じる謂れは無いのである。

 この度胸に惚れられた事に気付くのは、もう少し先になる。


「河田家の長男、岩鶴丸いわつるまる。没落した貧乏武家なので、元服はしておりません」

「ならば、わしが元服を…」

「武士に成らなくても、人生には困っていません。私には美貌と教養と武芸があります。これを活かせば、戦国大名に仕えなくても十分に生きていけます」


 限りなくオブラートに包んで、尚且つ疑いようもなく「お断り」を伝えた。

 それでも尚、謙信は食い下がる。


「越後に来て、わしに仕えてくれぬか? 其方の全てが欲しい」

「お断りします」


 一切怖じず遠慮せず、河田岩鶴丸は上杉謙信からのスカウトを断る。

 謙信は一歩引き、目を輝かせて岩鶴丸の全身を再三見直した後、その場を辞した。

 どう楽観的に見ても、諦めた顔では無い。


(・・・逃げよう。国内はヤバいから、朝鮮かルソンかジャパリパークに逃げよう)


 私物を取りに家に直行した岩鶴丸は、既に先回りした上杉謙信が、父・河田元親に頭を下げて頼み込んでいる現場に遭遇する。


「御子息を越後に下さい。一生大切にします」


 父・河田元親は、長男の望外なを泣いて喜ぶ。弟たち(十歳と二歳)も、最強の勇者様からスカウトされた兄に、抱き着いて喜ぶ。

 軒猿(謙信専属の忍者軍団)たちが金品を河田家に運び、岩鶴丸の荷物を全て外に担ぎ出す。


(これが戦国大名の遣り口か)


 即断即決で合理的。相手の取り得る選択肢を予め奪い尽くし、有利な立場で交渉を終える。その仕事の進め方に、岩鶴丸はむしろ感心する。

 得意満面な顔で再会した謙信は、話を勝手に進める。


「元服させるぞ。名は、長親ながちか。長く親しくして欲しい」


 家族と財産の全てを押さえられても、長親は無防備になるつもりが無い。

 引いてもダメなので、長親は押してみる。


「色小姓には、成りませぬ。何処かの奉行職を任せて下さい」


 普通、他国から招聘した人材に、いきなり奉行職を任せたりしない。

 普通は。


「そのつもりだ」

「…え?」

「…え?」


 河田長親は、自分が美貌を上回る才覚を見出されている事を、悟る。

 上杉謙信は、自身に過小評価をする少年の、勘違いを正す。


「其方には、上杉謙信のする仕事の全てを代行できる様になってもらう。上杉謙信一人では、皆の期待に応えきれないのでな」


 上杉謙信は、朝廷と室町幕府から死ぬまで頼られ続け、日本史上最も多忙な人生を歩む。

 これだけ多忙なのに四十九歳まで過労死しなかったのは、人材を見極める目も超一流だったから。



 当時の人々は、美貌故に上杉謙信が河田長親を見出したと噂し合った。

 五年後には、文武に秀でた有望な若武者を手に入れたのだと、認識を改めた。

 十年後には、河田長親は上杉謙信の代行者であると認識されている。

 ナンバーツーでも軍師でも家老でもなく、半身と言える程に、彼ら主従は仕事に当たった。

 武田・北条・佐竹・一向一揆と戦いつつ、越後の産業・物流・経済を丹念に活性化。それら激務の合間に、京での政変に対応可能だったのは、上杉謙信が限りなく同域に近い能力を持つ人材を発掘していたからだ。

 忠臣・名臣に恵まれた戦国大名は数あれど、己の代行者を他国からスカウトして育て上げた人物は、上杉謙信しかいない。

 河田長親とは、上杉謙信がにしている超絶美形武将である。

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