第26話 その日、降った雪は、無表情だった(1)

 1569年(永禄十二年)二月十八日。正午。


 音羽おとわ陽花ひばなは、この二六話でだけは主役級の働きをするつもりでいた。

 前作で三番手以下の火縄銃一発屋ヒロイン、今作は完全にモブキャラである。

 しかも、戦闘描写すら省略されての敗北。

 利き腕の指を二本失い、引退しても誰も責めない状態だというのに、陽花は銃を手放さなかった。


「以前の如き緻密な正確無比射撃は不可能に成りましたが、神の御技はグレートなり」


 キリスト教徒ネットワークを駆使してありったけ掻き集めた銃火器を同僚たちに貸したり運ばせながら、陽花は目前の街道を駆け足で進む武田の部隊の横腹に狙いを定める。


「戦果を挙げて、引退後の年金支給額をアップしたのです。神よ、お力をお貸し下さい。10%は教会に寄付致しますので」


 仮指揮官の米津常春の合図と共に、街道脇の田んぼや丘陵に隠れていた米津&服部隊が、一斉に奇襲攻撃を実行する。

 街道を行軍する縦線に長く伸びた部隊への奇襲なので、米津は丁度真ん中あたりに狙いを定めて火力を集中させる。敵地で部隊を分断されて、足を止めない奴はいない。

 その火勢の中央から、陽花は一歩先んじて五十匁筒大火縄銃を撃つ。

 込められた特殊硬化散弾が、扇状に殺傷範囲を広げて武田軍に浴びせられる。「点」での射撃を諦め、「面」での攻撃に。飛距離は短くなるが、一度に殺傷出来る範囲は格段に違う。


「ふっふっふ」


 陽花の皮算用では、一発の特殊硬化散弾で一度に十〜二十人が戦闘不能に陥るはずである。


「ふっふっふ」


 特殊硬化散弾は制作費が嵩むが、陽花は二十発を準備し、仲間に配った。

 、武田の軍勢が二百〜四百人削れる。

 自慢して良い大戦果(予想)である。


「ふっふっ…ふ?」


 飛び道具での奇襲攻撃が終わり、弾込めをしている間に、陽花は現実が予想と乖離している有り様に愕然とする。

 武田軍は、行軍の足を止めていない。

 米津&服部隊が攻撃ポイントと見定めた周辺が、奇襲と同時に独立分離して盾となり、行軍を守り切っている。

 奇襲のタイミングを想定したその部隊は、手持ちの遮蔽物で身を守り、陽花の皮算用を大幅に下回る被害に抑えている。

 

「ふふふふふふふふふふ」


 せめてこの部隊だけは全滅させて装備を剥ぎ取って売り払おうと、現金的な目的修正をする陽花だった。



「ぐあああああ、この部隊を屠ってから、背後を突くぞ!」


 攻め所を読まれて足止めに失敗した米津常春は、兜の紐を念入りに締め直しながら、分離して向かって来た敵部隊の指揮官を見定める。

 この部隊を抜くには、指揮官を討ち取るのが最も効率良い。

 標的は直ぐに見つかった。

 毛皮の追加装備が多い冬仕様の甲冑を纏った騎馬武者が、常春に直線で距離を詰めて来る。

 お互い、指揮官潰しで戦術は一致していた。

 あまりに余裕で、あまりにも自然体に戦場で振る舞うので、常春は相手を大ベテランと見間違う。

 顔がはっきり見える距離まで来ると、相手は常春の年齢の半分であろう若武者と知れた。


(こいつ…)


 常春は、この若武者から感じる脅威に戸惑う。

 武田四天王の二人と顔を合わせた時よりも、この若武者に脅威を感じるという、己の感性に困惑する。


「よう、同じ意見のようですな。気が合いそうだ」


 武藤喜兵衛は、前を塞ぐ兵を槍で手早く片付けながら、常春に笑顔で声を掛ける。


「某は、武藤喜兵衛。狩る前に、名を伺いたい」


(何だ此奴は〜?!?!)


 身近で服部半蔵や本多忠勝というレジェンド級の武将が成長する様を見てきた常春は、この武藤喜兵衛に同様の気配を察して警戒する。


「米津常春」

「おおっ、安祥あんじょう城の?」

「それ以降、戦果は無いけどな」

「ご謙遜を。城に乗り込んで敵将を生け捕るなんぞ、なかなか出来ませんぞ。しかも、逃げ足の速い織田の将を」

「昔の話だ」

「現役でしょう? 良い手柄になる首だ」


 武藤喜兵衛に感じる脅威に、常春は合点が行く。

 この若造は、常春を小さな通過点としてしか見ていない。

 常春をゲームの中ボスのように倒して本隊に追いつき、そのまま大金星を挙げる事を疑っていない。

 希望でも願望でも戦略目標でも無い。

 ドラクエでレベルをカンストしたプレイヤーがゲームクリアを疑わないように。

 ごく自然に、徳川家康の首級を挙げる絵図面を描いている。

 戦国武将としての能力が桁外れに大き過ぎる故の、最高位の目標設定。


(此奴だけは、本陣に近付けてはいけない)


 常春は、先日本陣で言上した『共通の敵である武田に、朝比奈泰朝を当たらせて、損害を割り勘にしょうぜ、HEY!HEY!HEY!』作戦を念頭から払って、この敵将との相討ちを覚悟する。


「うんまあ、俺の首は手柄になるだろうけど…武藤君の首は?」

「え?」

「俺が武藤君の首を取った場合の、手柄は如何程かなって、話。これを確かめずに戦うのって、コスパ悪いじゃなイカ」

「あー、そういう…いや、無理です。狩られるのは、米津さんだし」

「未だ無名だから、価値が無いのだね、武藤君。恥じなくていいよ、若いのだから」

「かち〜ん」


 お互い、無駄口の合間に、後ろ手でサインを送って手勢を集めて集中攻勢の準備を進める。


「これ、自慢ですけど、先日も、北条との戦で感状を戴きましたし。既に三枚目」

「信玄公に、直接褒められたの?」

「そう、武藤喜兵衛は、武田の若手ナンバーワンです。あ、自分で言っちゃった。でも事実だし」

「若いなあ、自称ナンバーワン。一度は言っちゃうからね、戦国武将は」

「某は有言実行です」


 常春より武藤喜兵衛の方が、兵の集まりが良かった。乱戦からの再集結には、二部隊混成の米津より、同郷の者で構成された部隊を率いる武藤の方に分があった。

 形勢が有利に整った上で、武藤喜兵衛は笑顔で別れを告げる。


「では、狩りますぞ。お会い出来て良かった」

「陽花! 此処に火力を集中しろ! 俺ごとで構わないから撃ちまくれ!!」


 武藤喜兵衛の笑顔が、引き攣る。

 米津の部下たちも顔を引き攣らせて、後ろ足で常春から距離を取る。それを見て、武藤の部下たちも後ろ足で指揮官から距離を取る。

 戦場で奇妙な形で取り残された二人の指揮官に、陽花からの返答が届く。


「ごめん、常春、特殊硬化散弾は弾切れ。普通に戦ってね。神のご加護があらん事を」

「もう黙ってろ、モブキャラ!」

「ああ〜〜〜〜ん? キリスト教徒を馬鹿にすると、天罰下るぞ、この中間管理職!!」


 思わず天を確認しかける常春だが、目前の強敵に意識を集中させる。

 一騎討ちに及ぼうとしていた武藤喜兵衛は、意外にも曇天に視線を向けている。


「信心深い方?」

「いえ、そろそろ降りそうなので、どうしようかと」


 深まる冬の冷気に絞られるように、小さな雪のカケラが、はらはらと落ちて来る。

 雪国育ちにとって、戦よりも降雪の方が重大事な脅威である。

 どうやら一騎討ちの雰囲気では無くなったので、常春は安堵する。



 この日降った雪が、日本の歴史に与えた影響は、根深い。

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