第35話 米津常春という武将(2)
1569年(永禄十二年)二月二十三日昼前。
「一騎討ちだ! 手出しはするな!!」
服部半蔵にこう言われたので、徳川の兵達は朝比奈泰朝を取り囲むだけで、手出しはしない。
朝比奈泰朝は、まだ降伏しない。
服部半蔵は、朝比奈泰朝を叱咤する。
「もう終わりにしろ。今川親子は、丁重に北条へ送り届ける」
朝比奈泰朝は、まだ刀を収めない。
「お主。主君を守らずに、何の我を通す気だ?」
朝比奈泰朝は、息を整えながら服部半蔵に返答する。
「北条ではなく、徳川に今川一家を渡したい。受け入れてはくれぬか?」
服部半蔵は、非常ぉ〜〜に、困った。
とてもデリケートな問題である。
困ったが時間が惜しいので、ハッキリと言う。
「要らん。北条に捨ててくる」
徳川家康の正室・長男・長女が今川家の血筋なのである。ここで今川本家の加入を認めたら、酒井忠次のような今川嫌いがどこまでトラブルを起こす事か。過去に今川の植民地扱いされた三河衆の怨嗟は、根深い。
「北条に渡せば、美朝姫が政略結婚で良いように使われてしまう。大名に嫁がされれば、身動きが取れない身分になる。美朝姫だけでも、徳川に渡したい」
「北条と今川のハイブリットを、どう受け入れろと?」
そんな強力過ぎる血統の姫君を三河に置いても、持て余すだけである。
「家格は、どうでもいいです。戦乱に巻き込まれ難い家に、嫁がせておきたいのです。徳川殿は戦嫌いだから、この気持ちを斟酌して欲しい」
「それ、降伏してからでも良い案件だよな?」
「降伏の条件は、前に言った通り。本丸に徳川の兵が辿り着いた時だ」
「分かった」
律儀な大馬鹿野郎の意地に付き合って、半蔵は一騎討ちを続ける。
この二人の認識では、掛川城攻防戦は、もうすぐ終わる。
しかし、そこから先は膠着に陥った。
逃げ場のない今川勢は、二の丸・三の丸・本丸で必死の抵抗を見せる。特に本丸周辺には兵が密集し、酒井の侵攻を喰い留めている。
恥ずかしながらと逃げ戻った原川勢が、自分達のせいで破られた西口の穴埋めにと、意外な健闘を見せている。
加えて逃げ場が無い為、全員決死の覚悟が完了している。
本丸の攻略に最も有利な位置に攻め進めた酒井忠次の軍勢も、勢いが止められた。
今日のうちに落城させるつもりだった酒井忠次は、隣の同僚に愚痴を溢す。
「嫌な城だ。堀を越え、門を落としても尚、堅固さを失わぬ」
酒井忠次と同年代の武将は、タメ口で返答する。
「二の丸・三の丸・本丸それぞれが、独立した城として建築されている。この三点が互いを補い合って防御するから、門が落とされても継戦可能だ。素晴らしい城です。これなら、武田の大軍勢が来ても防ぎ切れる」
酒井忠次は掛川城から視線を逸らし、石川家成を頼もしそうに見る。
「よかった。マトモに掛川城を落とす気がある武将が、わし以外にもおった」
同類呼ばわりされた石川家成は、心外そうに返す。
「落として壊す気は無いですよ。譲って貰う事が、殿の本意です。ダメですよ、酒井さんは、根刮ぎとか皆殺しとか、やり過ぎるから。この戦いでの一番の戦利品は、掛川城そのものです。力攻めは、城門を破れば、終いです」
石川家成は、筆頭家老をガン睨みして念を押す。
「殿の采配に不満なら、今すぐにでも兵を引き揚げて織田家にでも仕官するといい。後は拙者が引き継ぎます」
発言内容の不穏さに、双方の側近たちが互いの主人の顔色を確認する。
顔色だけを見ると、コンビニのポテトの値段を話題にしているような飄々さが漂っている。
徳川家
「お主以外の者が、その物言いをすれば、殺しているな。んが、分かった。斟酌しよう」
粘らず素直に引き下がる酒井忠次に、石川家成は悪い方向の憶測を立ててみる。
「何か仕込みましたね?」
「城攻めで何も仕込まないような指揮官がいると思うのかね? そんな無能者に会った事が無いので、わしは実在を疑っている」
「殿に無断で戦利品をぶち壊す指揮官は、更迭かと」
「わしはそこまで迂闊では無い」
酒井忠次は、城の本丸を挟んで反対側に起きる騒めきを、面白そうに感知する。
石川家成も、その空気の変化を感じて、注意を掛川城へ戻す。
「さあて、
酒井忠次のその台詞で、石川家成は誰が動いたのか悟る。
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