第23話 遠江の中心で愛を叫ぶ武田(1)

 1569年(永禄十二年)二月十八日。日の出過ぎ。


 日根野三兄弟の部隊は、家康の本陣前に布陣していた久能宗能の部隊を急襲する。

 掛川城から徳川本陣までの最短ルートに布陣しているから、というだけではない。


「連日の調略工作で、重臣クラスが何人も処罰されているからな。今なら、中級指揮官不足で、簡単に崩せるぞ」


 長兄弘就ひろなりの皮算用に、副指揮官の弟・盛就もりなりが慎重論を持ち出す。


「撒き餌ですね。明らかに弱体化した久能に食い付いている内に、他の部隊が取り囲む気です。一戦したら、戦線を離脱しましょう」

「いいね。臨機応変に、東海道を東か西にオサラバしよう。明日に向かって、トライ!」


 あっさりと、掛川城からの離脱を決めてしまった。

 こういう場合も想定済みで、私物は伊豆水軍に預けている。

 末弟の弥吉が、薄情な兄達に猛抗議をする。


「せめて、美朝姫だけでも保護しませんか?!」


 長兄と次兄が、頭を突き合わせてヒソヒソ話を始める。


「聞いたか? ご両親も一緒に保護しましょうとか言っておけば、ロリコン味が薄まるのにさあ。空気を読まずにストレートに欲望を剥き出しにしやがって。フォローに困る発言は、やめて欲しいよな」

「五年待ってから告りに行けば、問題ないのに。第一、血筋が強力過ぎる。嫌ですよ、北条や今川と縁戚になるなんて。自由に戦場を選べなくなる」

「まあ、弥吉が落ちるのも無理ないがな。美少女だし。だがしかし、末弟よ、まずは生き延びないと、ロリコン終了だよ?」


 弄られまくった末弟・弥吉は、激怒しながら言い返す。


「俺が言っているのは、別れの挨拶もなしに掛川城から逃げるなんて、どうかしているって事なんだよ!!」

「…そうだっけ?」

「兄者。もうこの話題で弥吉を掘り下げるのは止めよう」

「恥ずかしい?」

「時間だ」

「時間どころじゃないですよ!」


 盛就の長男・弥太郎が、ノンビリと話しながら進軍している親族達に、泣き叫ぶ。


「もう矢が届く距離ですよ! 飛んで来ていますよ!

 迎撃体制がバッチリですよ! 弱いはずの敵が!」


 日根野弘就の兜に、鉄砲の弾が当たる。

 当たって逸れた。

 日根野弘就、超無事。

 そこの読者、舌打ちするな。


「うおう! 流石、俺の作った兜! この距離なら、ヘッドショットも防げるぜ」


 「日根野頭形ひねのずなり」と呼ばれる流線型の兜は、弾道を逸らして装着者の命を良く助けた。戦国時代後期、数多くのメジャー大名が、この「日根野頭形ひねのずなり」を参考に兜を作っている。

 意外と功績の大きい日根野弘就だが、感謝する人は極めて少ない。


「兄者、遊びは終わりだ。やはり、家康に読まれていた」


 盛就が、配下に射撃制圧を指揮する。

 

「こっちもな」


 部下に弾込めをさせた五十匁筒大火縄銃を構えて、日根野弘就は本格的に戦争を始める。

 殺傷能力だけで美濃斎藤家の家老にまで出世した男が、ほぼ十年ぶりに本領を発揮する。



 久能宗能は、戦さ場で此れ程までにハイペースで陣形が崩れていく様を見た事がなかった。

 一緒にこの陣に詰めている高力清長から、ここが最初に狙われる&持ち堪えていれば、他の部隊が敵部隊を殲滅するとは説明されていた。

 損害の大きく出る役回りだからこそ、久能は前日から防備を固めて被害を最小限に抑える努力を払った。

 防御に100%力を注いで、迎撃体制を整えていたのである。

 其れでも尚、日根野の攻撃力は、久能の陣を流血山河に変換していく。

 日根野隊は左右を槍衾で防御し、中央部に火縄銃五十丁を集中して運用。

 その集中砲火を浴びた箇所は、反撃も避難も叶わずに四散して果てた。

 戦闘が始まって四半刻三十分も経たずに、久能の部隊は大将の宗能がいる場所まで攻め込まれた。

 既に崩れた久能への更なる銃撃は弾の無駄使いとばかりに、日根野隊は槍衾でトドメを刺しに来た。


「すまぬ、久能殿。当方の見積もりが甘かった」


 高力清長は、律儀に謝りながら、久能宗能の横で刀を振るう。久能を調略して徳川に引き込んだ責任を感じて、付きっきりで世話を焼く高力は、修羅場でも人柄を変えない。


「いや、想定外ですよ、掛川城に、朝比奈泰朝以外の化け物が居たなんて」


 久能宗能は、至近距離で高力が一緒に死んでくれそうなので、ダメな方向でテンションが上がった。


「高力殿と一緒なら、オマケで極楽浄土に入れましょう」

「またまたあ。ピンチですが、間に合いますよ」


 高力は、味方の到着を疑わない。

 疑う必要がない程に、今の徳川の兵力は充実している。



 日根野弘就は、弾込めをさせた五十匁筒大火縄銃を、未だ使用していない。

 戦闘力を喪失した久能隊を槍衾で適当に追い立てながら、徳川の援軍が近付く動きを注視する。

 二つの部隊が日根野隊に向かって来るが、一隊は出撃して来た朝比奈泰朝の隊へと矛先を変えたので、包囲される心配は減った。


「うむ。まだ戦えるな」


 水筒から水を一口飲むと、久能隊への攻撃を中断させて隊列を変更させる。


「さあ、ウォーミングアップは済んだぞ。水分補給は、済ませておけ」


 日根野弘就は、横合いから日根野隊の中央部分を狙って突撃して来る徳川の援軍を嬉々として迎える。


「これからが、本番だ」

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