第37話 米津常春という武将(4)

 1569年(永禄十二年)二月二十三日昼過ぎ。


 米津常春は、今川氏真から本丸への訪問を許される。

 ドヤ顔の米津常春に、朝比奈泰勝朝比奈泰朝の従兄弟が苦り切った顔で釘を刺す。


「某が側で動きを見張っている。安祥あんじょう城と同じ事が出来ると思うなよ」


 常春は、朝比奈家の紋を付けた若武者に余裕で返す。


「なんだ、朝比奈泰朝じゃない方の朝比奈かあ。怖がるなよ、こんな盛りの過ぎたおっさんを。若い女とセックスしても、一発で萎えるような年齢だぞ」

「そうだぞ。何ヶ月も待たせたくせに、昨晩は一発で終わらせやがった、このクソ中年。本丸で仕切り直しにもう一発仕込ませるから、布団の用意をしておけ」


 常春の言う事は分かるが、更紗の言う事が分からない朝比奈泰勝は、困惑して更紗に聞き返す。


「…あのう…え? 布団? え?」


 更紗は、まだ童貞らしい若武者に、個人情報を明かして協力を求める。


「更紗は妊活中。昨晩、この常春と子作りに及んだのに、まさかの一発で終わらせる不始末。これは誠意が足りない所業。誠意が足りないと、精子も足りない。と言う訳で、この辺で一番ラブホテルな掛川城で子作り決定事項」


 泰勝は、話を理解した。


「ナメているのだな、貴様ら」


 刀に手を掛ける泰勝の肩を、米津常春は片手で抑える。

 傍目には、米津が巫山戯て寄りかかっているように見えるが、泰勝は素手の相手に動きを封じられて歯噛みする。


「ラブ&ピースの話題に腹を立てるのは、脳に余裕がない証拠だぞ、ヤング朝比奈。強い方の朝比奈は、姫様の配偶者を探すついでに戦うような余裕ぶりなのに。見習えよう」


 浅葱色のエロ中年に一方的に説教され、どう反撃したろうかと意気込む泰勝を相手にせず、本丸の入口を常春は潜る。

 徳川の兵が、この戦役で初めて本丸に足を踏み入れた。


「君。案内を早くしなさい。仕事を放棄するとは何事だ? ご主君の正式な招きだからね? 早く、早く」

「貴様、貴様、貴様、貴様」

「そんなんだから滅亡すんだよ、今川は〜〜」

「貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様、貴様」


 泰勝は涙目で氏真のいる天守閣への道案内を始める。

 常春は朝比奈泰朝へ勝利条件をアピールしようと、天守閣への階段を昇りつつ、窓から眼下に目当ての人物を探して手を振って見せようと目論む。

 服部半蔵と対決している最中なので、朝比奈泰朝は直ぐに見付けられた。

 ついでに、三の丸の今川兵が北門から距離を取り始め、日根野が何かの細工をコソコソと進行している姿が視界に入る。

 視認した瞬間に、常春は掌中にしつつあった手柄の機会を捨てて叫ぶ。


「半蔵! 今川の兵が距離を取り始めている! 逃げろ! 日根野が仕掛けてくるぞ!」


 半蔵の聴覚は、攻城戦の最中でも常春の警告を確実に拾う。

 北門周辺の徳川兵に撤退の指示を出そうと朝比奈泰朝から距離を取った途端に、半蔵は体の動きが利かなくなった。

 半蔵の影に、風魔の四つ刃手裏剣が刺さっている。


つな渡辺守綱! 影を縫われて動けぬ! お主が北門から兵を避難させろ!」


 渡辺守綱は、半蔵の代わりに朝比奈泰朝を槍で牽制しつつ、影に刺さった風魔手裏剣を足で蹴り抜こうとする。


「その手裏剣に近付くな! お主まで影を縫われるぞ」

「どんだけのチート技だよ?!」


 慌てて半蔵の周囲から飛び退く渡辺守綱の影に、三の丸から風魔手裏剣が投じられる。内藤正成が神速の弓技で風魔手裏剣を空中で弾き退けるが、日根野隊の射撃がその隙に復活して勢い良く応射を内藤正成に向ける。

 射線から迅速に味方が防御柵を並べる方へ避難する内藤正成だが、弓が被弾して破壊され、予備の弓を持って来ようとする部下も狙撃される。

 渡辺守綱は防御柵を一つ抱えて半蔵の前で矢弾を防ぎ、身振り手振りで味方に撤退を促すが、朝比奈泰朝を牽制しながらの仕草で、避難が遅れた。


 日根野は眼下の情勢に、目を細めてニヤつく。

 手元の導火線を選りすぐり、朝比奈泰朝は爆破の効果範囲に入らないように気を配る。


「ま、梶原及び北条にとっては、今川親子だけ引き取って、朝比奈は死んでくれた方が、面倒が無くていいだろうけどな」


 朝比奈泰朝ほどの武将なら、機会さえあれば武勲を立てて今川家を城持ち大名に戻せる可能性が高い。北条がスポンサーとして働かせてやれば、そうなるだろう。そして恐らくは、

 最悪のシナリオは、朝比奈泰朝が美朝姫を嫁にする事だろう。二十年後には、トンデモナイ実績と血統を持つ戦国大名が関東地方でジャパリパークを建設している大絶賛大ヒット大ブレイクかもしれない。


「恩に着ろよ、朝比奈〜」


 ニヤつきながら導火線に点火しようとした日根野の手を、影の中から風魔小太郎が止める。


「待った。事態が急変」

「なんだよ? ディケイドでも現れたのか?」


 影の中から小太郎の指差す方向は、本丸の天守閣だった。

 梶原が、先程とは正反対にラブ&ピースのサインを送っている。

 喉元には、米津常春が梶原から取り上げた脇差の切っ先が、半ば埋まっている。

 梶原が死ぬと北条への脱出ルートが閉ざされるので、本丸の今川兵は怖くて手出しが出来ない。

 今川氏真が人質に取られるよりも、厄介な事態になった。

 影の中から、風魔小太郎が小気味良さそうに笑い出す。


「意表を突かれたよ。あいつに死なれると困るなんて、今更気付いた」

「俺も〜」


 日根野は点火用の火種を消すと、導火線を地に置いて、両方の空手を天守閣に向ける。

 米津常春が、笑顔で手を振り返す。

 この日の戦局は、これで矢止め休戦である。


「あれが米津常春という武将だ。安祥あんじょう城より良い仕事をしやがって。やはり早めに殺しておけば良かった」


 日根野の愚痴に、小太郎は笑いながら影から離れる。

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