第14話 掛川城、不完全燃焼なんだろ?(前編)

 1568年(永禄十一年)十二月二十七日。

 掛川城の北東、天王山龍華院に設置した本陣から進撃した徳川の軍勢は、徒歩五分で掛川城の北面に到達する。

 城の周囲には、侍屋敷が軒を連ねており、軍勢が到着する前に、普通は手際良く焼き払われている。

 普通は。

 この焼き討ちに失敗した場合、侍屋敷の住宅団地で市街戦に持ち込まれるという、非常に効率の悪い戦争となる。

 で、徳川軍は侍屋敷の焼き払いに失敗し、市街戦に巻き込まれてめっちゃ苛々している。



「責任者出て来――い!!」


 城を目前に足止めを喰らったので、大久保忠世はデカイ声で説教をするべく常春を呼び出そうとする。

 普通の服部隊なら、既に屋敷群を焼き払っていたはずである。 


「常春は、何処に隠れてサボっていやがる? ん〜〜?! 彼奴は何処だ?!」


 侍屋敷の屋根の上から射てくる敵狙撃手を弓矢で一人一人討ち取っている最中の内藤正成は、手を止めずに同僚の愚痴に返事をする。


「城の西側ですよ。原川城を焼いている最中です」

「あんないつでも潰せる小城より、こっちの方が最優先だろうが!? 他の攻め口より遅れたら、今夜の晩酌で椅子にしてやる」



 掛川城の攻略には、四つの攻め口が存在する。

 西の松尾口。

 南の大手門。

 北の三の丸最前線防衛ライン

 東の二の丸最終防衛ライン


 西の松尾口は侍屋敷が鉄壁のバリケードと化している上に、本丸の高度差が激しい位置からの攻撃に反撃出来ない。

 南の大手門は川を使った天然の水堀で囲まれている上に、塀に大量の兵を配置して激しく迎撃してくる。

 北の三の丸最前線防衛ラインが街道から一番近く、侍屋敷の厚みも少ない。一見、この三の丸が大軍勢で攻め寄せるのに都合良く見えるが、三の丸に近付くまでに北門・太鼓門の二つを突破せねば成らず、その攻略の間、三の丸から攻撃を受け続ける羽目になる。

 

 家康は思案の末、東の二の丸最終防衛ラインに主戦力を集中させた。

 侍屋敷の最も厚いルートを通り、近付けば二の丸だけでなく三の丸からも弓矢を射られる最難関の攻め口だが、攻め取れば三の丸・本丸・南の大手門へ弓矢・鉄砲が届く距離に拠点を得られる。

 戦争での総合的なコスパを計算しての作戦である(意訳・だいぶ死ぬけどトータルで見ると少ないぜ。てへ)。


「二の丸を落とせば、後は楽。殿が主力を与えたのも、わしへの期待の現れじゃあ!」


 三河武士の中で最もコスパ計算を無視出来る脳筋・大久保忠世が、二の丸攻略部隊を任されていた。

 この辺の人事で困らなくて済むのが、徳川家康が他の戦国大名からリスペクトされる理由の一つだ。


「とうとう新十郎大久保忠世まで、鉄砲を主力と認める時代が来たのか」


 徳川最強の名射手アーチャー・内藤正成は、大久保忠世が部隊の後方に温存している鉄砲隊五十名を感慨深く振り返り、ふと気付く。


「自分が一々射なくても、鉄砲で済ませればいいのでは?」

「弾代が勿体ない」

「矢とてタダではない」


 内藤正成はヘソを曲げると、矢を使わずに道端の石を投げて次の敵狙撃手に当てる。足に当たって痛がっているが、戦闘不能とまではいかない。

 

「城攻めの為に温存させてくれ。屋根の上の雑魚に使うには、弾代が勿体ない」

「うんそうだな。自分も今、雑魚には矢だって惜しいと気付いた」


 五度六度と石を当てられ、敵狙撃手は泣き出した。


「弱い者イジメはヤメて、先に進もうや。時間が勿体ない」

「うむ、真面目に戦争しよう」


 些細な意地を張るのを止めながら、内藤正成は自分の部隊も前進させる。

 侍屋敷地域での抵抗を排除しつつ、大久保忠世・内藤正成に率いられた徳川勢は二の丸へと近付いて行く。


「よっしゃ、ここからが本番だぞ!! 鉄砲隊! 準備始めえ!」

 

 盛り上がろうとする大久保忠世を、内藤正成が制止する。


「服部隊の忍者は、何処に行った?」

「…この攻め口では、一度も見ていない」


 脳筋の忠世でも、その意味は分かる。

 他の場所でも忙しいとはいえ、斥候部隊たる忍者達が周囲の情報を知らせに来ない意味は、一つ。


 敵側の忍者に、潰されている。


「掛川城に、服部隊を潰せるような戦力が有るとは、思えないが」

「分からぬ事に構うな。忍者抜きでも、進むぞ」

「虎口に、忍者の情報抜きで攻め入りたくないのだが…」


 その懸念に対処出来ないまま。

 巨大な長駆を持つ何者かが、屋根から屋根へと徳川勢を追い越して行く。

 見たこともない程に長身の巨漢が、見覚えのある蒼色の女忍者を抱えている。

 

「夏美殿!?」


 内藤正成は、身の丈六尺(約180センチ)の女偉丈夫を肩に抱えて軽々と屋根から二の丸の石垣へ飛び移ろうとする巨漢の足首に、狙いを絞る。

 常識外の巨漢の足首に突き刺さる予定だった矢は、巨漢の足の指に挟まれた。その矢を、巨漢は夏美の血濡れた髪に、簪のように刺す。

 内藤正成は次の矢を巨漢の頭部に放とうとするが、巨漢は二の丸の奥へと消えた。


「これ見よがしに佳い女を拐かしやがって、この化け物めが!! 貴様がその女を(放送禁止用語ピー)する前にナニを引っこ抜いて口に詰め込んでやるわ!!」


 大久保忠世は、味方の危機に激発しながらも、部隊の最優先事項を忘れない。


「ここから攻めるぞ! 鉄砲隊、前へ!!」


 敵の巨漢が侍屋敷から飛び乗った場所を、忠世は攻め口に選ぶ。



 二の丸の守りに付いていた日根野ひねの弘就ひろなりは、徳川の攻め手が最も高低差のある東側の石垣を選んだので呆れた。


「まあ、だからこそ、一番人手を割いていない場所だからな。バカが一周回って正解する類だ。戦場では一番厄介な奴だ」


 侍屋敷から飛び乗ってヒントを与えた風魔小太郎超長身忍者には言及しない。北条が応援に寄越した一流忍者に文句を言える程、強い立場でもないし。

 戦場で味方の些細な配慮ミスを一々指摘していたら、五十歳まで長生き出来ない。


「リスクは度外視する者でしょう。虎口を攻めるように任された武将です。粘着質かと」


 弟の日根野盛就も、大久保忠世を認めて褒める。


 日根野の部隊が到着する前に、その場の兵は下からの鉄砲一斉射で排除された。

 間を置かず、大久保忠世が石垣を登り切って突入ルートを確保する。後続も次々に石垣を登り、背負った竹束を積み上げて簡易橋頭堡を形成。


「間に合わん」


 二の丸の西側(普通の武将なら攻めるルートの真上)からの急行を諦め、日根野軍団は自前の鉄砲衆に命令を下す。


「横一列で応射。合図があれば、二の丸を放棄して、逃げる」


 日根野軍団の鉄砲衆が構えた三十の銃口が、徳川の簡易橋頭堡に集中して火を噴く。厚く束ねた竹の防御柵が、次々に砕けていく。

 徳川は、五十人の鉄砲衆が全員二の丸に登り切るまで、壊れた防御柵を補充しながら耐えた。

 鉄砲衆が全員揃うと、五十人を横二列に配置し、後列を弾込めに専念させて前列二十五名にガンガン撃たせる。

 鉄砲の撃ち合いは、日根野の方に二倍以上のペースで戦死者が出た。

 兵の半分を弾込めに回して発射回数を増やした徳川の方に、この瞬間の軍配が上がる。


「うげ、一度も撃ち合わずに逃げとけば良かった。撤退開始! 鉄砲だけは忘れずに持っていけ!」


 日根野弘就の撤退命令に従い、防衛していた兵達が二の丸から降りて、本丸の方向に避難する。

 二の丸の占拠に成功した大久保忠世は、後続に二の丸への移動を命じる。


「よし、登れ登れ登れ登れ!!!! ここからなら、攻め放題だぞ!!!!」


 内藤正成は、退いた日根野の動きを注意深く追う。

 引き際が良過ぎる以上、二の丸が占拠された後の対策を繰り出してくるとみて間違いない。

 日根野軍団が本丸方面に移動し終えたのを見届けた時、内藤正成は違和感の増大を全身に感じる。


 本丸からの迎撃が、全くない。何かを待っているかのように、攻撃を控えている。

 矢弾が届く距離だというのに。

 このままだと、徳川の戦力が掛川城内部に続々と投入されてしまうというのに。


「まずい…」


 南の大手門と北の三の丸の兵の一部が、二の丸の方向へ攻撃態勢を整え始めている。慌てた動きではなく、何度も練習を重ねてある動きだ。

 

「二の丸さえ落とせば、大手門や三の丸へは攻め放題って見積もりだったのに…」


 二の丸の高さは、大手門や三の丸から矢弾で反撃されない程の高低差がある訳ではない。

 大手門・三の丸・本丸の三方向から攻められる位置に、徳川の軍勢が誘い込まれて料理される形である。


「おい、新十郎大久保忠世。囲まれたぞ」

「戦死者が増えるだけだ。他の攻め口か後続が本丸を落とせばいい」


 内藤正成の現状確認に、大久保忠世は最高に脳筋な返答をする。


「退いても、これから出る戦死者に変わりはない。ここで踏ん張り、城内の兵力を引き付ける。無駄死にだけは、させない」


 戦場で鍛えられた大久保忠世の脳筋は、皆殺しにされる寸前でも徳川の利益に帰結する。



 二の丸から二十メートルは高い本丸の銃眼から、日根野弘就は罠にハマった徳川勢を見下ろして悦に浸る。

 自慢の五十匁筒大火縄銃を発射するのを合図に、二の丸に誘い込まれた徳川勢への攻撃が始まる。

 三方向からの集中攻撃なので、戦果は相当に挙がるだろう。


「あ〜〜気持ちいい! 完璧! 千人以上は殺せるぞ! 良かったね、今川のみんな! 勝ち戦で四桁もぶち殺せるなんて、八年ぶりでしょ? 今夜飲む酒は、美味いぞ〜〜」

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