第32話
俺はまだ弾が入っている状態のロケット砲を、敵機に向かって投げつけた。
まさか俺が自分から遠距離武器を捨てるとは思っていなかったのだろう。敵機は警戒して腕を交差させ、防御態勢を取る。
そこだ。俺はキャノピーを開放し、身を乗り出した。そして胸元から手榴弾を取り出し、勢いよく投げつけた。今度は、威力は低いが発熱性の高いタイプだ。
恐る恐るといった様子で敵機がガードを解く。直後、手榴弾が爆発した。無論、これだけでは敵機にダメージは及ばない。が、主役はすでに相手の足元に転がっている――ロケット砲に込められた弾頭だ。
敵機は慌てて後退を試みる。が、すぐさま背後をビルに阻まれ、めり込んでしまう。
次の瞬間、ゴオン、と弾頭が炸裂した。こちらにまで、五臓六腑を揺るがすような振動が伝わってくる。弾頭の爆風が、身動きの取れない敵機を容赦なく打ちのめす。黒煙が濛々と立ち昇り、互いの視界を奪う。これでは赤外線でも探知しにくい。
俺はゆっくりと、ヴァイオレットを接近させた。再びキャノピーを展開し、コクピットに備え付けられていた自動小銃を手に取る。
敵機の破損具合が分からない以上、油断は禁物だ。だが、止めを刺しておく必要はある。
俺はフルオートで、敵機のコクピットのあるであろう場所に銃撃した。左腕で支えることができないのでだいぶブレてしまったが、とにかく撃ち込む。そして、弾倉がまるまる一つ空になった。
まだだ。まだ弾倉はある。俺は口と右腕でなんとかもう一つの弾倉を叩き込み、銃撃を続行しようとした、その時だった。何かが炎を照り返しながら、凶暴な光を放った。
キャノピーを閉める暇もなかった。ワイヤーつきのナイフが、僅かに俺の右脇腹を掠めていく。
「ッ!!」
敵機はまだ稼働している。手元にはナイフがある。パイロットの士気も下がっていないだろう。
俺は右腕で脇腹を押さえた。掠めただけだと思っていたが、予想以上に出血がひどい。やはり、ステッパー用の武器が人間に刃を向ければ、凄まじい殺傷能力を発揮するものだ。が、今はそんな思索にふけっている場合ではない。
俺は右の拳を握りしめた。大丈夫だ。動く。ただし、傷口を押さえたために、ぬるぬると嫌な滑り方をした。
ナイフはすぐに、敵機のいるであろう爆炎の中へと引き込まれていった。その隙に俺はキャノピーを閉鎖する。
「くそっ……」
痛みに顔をしかめつつも、敵機からは目を離さない。
ロケット砲を装備する代わりに右腕をパージしてしまったので、戦いに使えるのはスピアーを握った左腕だけだ。自動小銃よりもリーチは短い。
対する敵機のナイフの攻撃範囲は極めて広範だ。俺は爆炎の中央から見て、つかず離れずの位置を保つ。炎は豪雨に晒されて、すぐにその勢いを失っていく。
だが、勢いを失っていくのは俺自身もそうだ。右腕で操縦する必要のなくなった俺は、掌を右脇腹に当てながら、炎の向こうの敵機の挙動を見つめた。
真っ先に目に入ったのは、ナイフの先端だ。だが、飛んではこない。こちらを牽制しているのか。
炎の勢いが弱まるにつれて、敵機の外観が露わになっていく。その姿は、まるで落ち武者か何かを想像させるような壮絶なものだった。
ロケット弾の零距離爆破により、左足が跡形もなく消え去り、火花を散らしている。爆風にもみくちゃにされたせいか、キャノピーも煤けてヒビが入っている。右足もまた、膝にあたるクッション部分から油圧調整用のオイルが噴出している。
これではまるで、固定砲台だな。
こちらに歩み出そうとして、ガタン、と体勢を崩す敵機。俺は、残りの電力が二十パーセントを切ったことを確認しつつ、スピアーを構える。
操縦系統にもガタがきたのか、敵機のかざすナイフは微妙に振動している。対するこちらの損傷はキャノピーだけだ。今、一気に接敵してスピアーを突き刺せば俺の勝ちだ。
一歩一歩、ゆっくりと距離を詰めていく両者。しかし、次の瞬間、俺は自分の読みの甘さを思い知らされることになった。
なんと、敵機は両足をパージしたのだ。本当に固定砲台になりやがった。
しかし、止まらない。まるで転がるようにして、前方へ倒れ込んだ。そして、背部スラスターを全開にした。歩行時に真下を向いていた背部スラスターは、今は真横、すなわち真後ろを向いている。
そして敵機は、キャノピーを地面に擦りつけるようにして、一気に突き進んだ。リールが監禁されているショウウィンドウに向かって。
「野郎!!」
作戦の失敗を悟って、リールを道連れにする気だ。
ワイヤーつきのナイフのリーチの正確な長さは分からない。しかし、とにかく止めなければ。
敵機はナイフを投げつけた。真っ直ぐリールに向かっていく。その軌道を変えるには――。
俺もまたスラスター全開で、しかし立ち上がった格好で突進した。敵機に向かって。
「止まれえええええええ!!」
スピアーが敵機のコクピットを貫通するのと、ショウウィンドウに刃が達するのは同時だった。
雷鳴のような鋭利な音を立てて、スピアーは敵機を仕留めた。だが、その手から放たれたナイフはリールの胴体を真っ二つにする軌道で飛んでいく。
俺は再びスラスターを噴射し、敵機に体当たりをかます。すると、ナイフの軌道が僅かにズレた。また、ショウウィンドウが思いの外頑丈だった。
ナイフはショウウィンドウに引っ掛かる。そして、微かにリールの脛を掠めるに留まった。
燃料切れの警報が、ヴァイオレットのコクピット内に反響する。
俺は緊急脱出ボタンでキャノピーのロックを解除し、右腕の掌をついて押し上げ、なんとか這い出した。
「リール……」
雨は相変わらずひどく降り注ぎ、俺の視界を曇らせた。だが、それだけだろうか? もしかしたら、興奮剤の効果が切れてくるのに従って、目が潤んでいるのかもしれない。あるいは、リールを無事救出できることに胸を突き動かされたのか。
「リール!!」
俺は叫んだ。右腕を腰に当てながら。
ようやくといったタイミングで、首都防衛部所属のヘリが上空を旋回し始めた。こんな豪雨の中、よく飛べたものだ。
サーチライトが行き来する中を、俺は右半身を引きずるようにしてリールに近づいていく。
「大丈夫か、リール軍曹!」
「……かった……。それに……た……」
「大丈夫なのかって訊いてんだよ!!」
感情の昂りが収まらない俺は、リールを怒鳴りつけた。しかし、リールの声量にはとても及ばなかった。
「怖かったし痛かったって言ったの!!」
そこで、俺は大きなため息をついた。左腕で頭を掻こうとして、その先にあるべき腕がなかったことに気づく。
そして、はっと息を飲んだ。俺ではなく、リールが。
「デルタ伍長、左腕……!」
「ん、あ、ああ……」
この場で説明するのも躊躇われ、俺は俯く。
「これは……えっと……」
言葉に詰まった俺を沈黙から目覚めさせたのは、軽い発砲音だった。
「え?」
ああ、そうか。敵機のパイロットが死んだかどうかは確認しなかった。俺は今更ながらホルスターに手を伸ばしたが、意識が朦朧としてきて、振り返ることすらままならない。
すると、リールが俺の手から拳銃をもぎ取り、絶叫しながら撃ちまくった。
「うわあああああああ!!」
リールも拳銃の扱いは心得ているはず。きっと、敵のパイロットは絶命しただろう。いや、リールに撃たれなくとも死んでいたかもしれない。
俺はその場にばしゃり、と音を立てて膝を着いた。
「はあ、はあ、はあ、はあ……。あっ、デルタ伍長!!」
俺の上半身はリールに引き留められた。が、彼女一人では支えきれずに、上半身もまた地に着くような形で倒れ込む。
「デ、デルタ伍長! デルタ!!」
「……揺するな……。傷口が大きくなって……」
俺の頬を、雨が伝っていく。それに混じってどこからか、紅く生温かい液体が流れていく。
これは――血だ。頭を撃たれたのだ。こうやって、俺は死んでいくのか。
紅い雨は、ゆっくりと俺の視野を狭め、やがて視覚全てを奪って暗くなった。
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