第10話

 ロンファのことはさておき、まずはステッパーの武装の換装作業が必要だ。


「誰か! 誰か来てくれ、整備士!!」


 と、俺が叫んだ時、


「デルタ! デルタ!!」

「ルイ! 来てくれたのか!!」


 匍匐前進でルイが後ろから這い寄ってきた。さっき彼の安全を確認した時はキャットウォークの上にいたはずだが、こんな姿勢で階段を下りてきたのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。

 俺はぐっと顔を近づけ、『換装を頼む』と一言。


「分かった! ちょっとどいてくれ、デルタ」

「あ、いや、それが……」


 俺は正直、狼狽した。グラブ曹長の無惨な遺体を、ルイに見せることは許されないと思ったのだ。


「どうしたんだ? 早くどいてくれよ、デルタ!」

「ルイ、それが……」


 と言いかけた直後、熱風が俺たち三人の顔に吹きかかった。味方のステッパーが起動し、軽くジャンプして敵機に斬りかかったようだ。『ようだ』というのは、状況が完全に掴めていなかったから。どうやら味方機は、俺たちのそばのコンテナを跳び越え、近接戦闘用のナイフで戦っているらしい。

 その熱風に押されて、グラブ曹長の遺体が床を滑っていく。そして別なコンテナの陰に隠れ、俺たちの視界から外れた。


「おい、デルタ、デルタってば!」


 肩を揺さぶられ、俺はルイの顔に目を戻した。


「怪我してるから整備できないんだろ? 僕に任せてくれ!」

「ああ、頼む!」

「よし、それじゃあ……うっ!」


 肩から提げた工具袋から器具を取り出そうとしたルイは、短い呻き声を上げた。彼の視線の先には、床にへばりついた血だまりがある。


「デルタ、まさか君……!」

「違う、俺の血じゃない! それより、ランチャーはここにあるから、さっさと換装しちまってくれ!」

「分かった!」


 ルイが作業に取りかかると、ロンファが姿勢を低くしながら近づいてきた。正気に戻ったらしい。


「デルタ、癪だがてめえには一つ借りだな」

「いらん。それより、さっきの曲芸作戦はできるんだろ?」

「は? 俺を誰だと思っていやがる?」


 思いっきり顔をしかめたロンファから目を逸らし、俺は僅かに口元を緩めた。ロンファの様子はいつもどおり。これでルイの換装作業が終われば、先ほど頭に浮かんできた二つの問題点は解決だ。

 となれば、俺に課された任務は二人の身の安全を守ることだ。


「ルイ、換装が完了したらすぐにロンファを機体に乗せろ! ロンファ、作戦の成功はお前にかかってる! 一発かましてやれ!」

「おうさ!!」


 その返答を聞いてから、俺は二人に背を向けて匍匐前進を始めた。向かうのは格納庫の正面ゲートだ。ここから最寄りのガンラックはそこにある。

 パイロット待ちのステッパーの陰に隠れ、状況を窺う。そこでは、凄まじい戦いが繰り広げられていた。

 

 つるりと丸っこい印象を与える、白い味方機。それに対し、ステッパー用のナイフを振り回す敵機は、深緑色でゴツゴツしている。

 両手に小振りの(といっても刀身一メートルはあるが)ナイフを握った敵機。それに対し、味方機は屋内用のサブマシンガンで敵を牽制しつつ、空いた片手でエレクトリック・スピアーを突き出している。

 バックステップでナイフをかわし、細かく銃撃する味方機。その弾丸はキリキリと弾かれ、スピアーもその隙の大きさゆえに、未だに繰り出すことが為されないでいる。

 やはり敵は、俺たちの機体が欲しいのだ。だからこそ、強力な武器を持てないでいる。

 それはお互い様だろうが、互いに一歩も退かない状況だった。敵機は旧式の割に、かなり機敏な挙動を見せている。


 しかし、それも数秒間に起こったこと。突き出されたスピアーに対し、敵機は半回転。素早く半身を翻したことで、コクピットの代わりに左腕を犠牲にした。左腕の装甲板で、スピアーの貫通を防いだのだ。スピアーから凄まじい電撃が迸り、敵機はガクン、と項垂れる。一旦左腕からスピアーを引き抜いた味方機は、とどめにコクピットをスピアーで貫通しようとした。

 しかし、敵機は停止しなかった。ありったけのジェネレーター出力で、バシュッっと跳び上がる。

 左腕がゴトン、と落ちたのを見て、俺は察した。電撃がコクピットやジェネレーターに至る寸前、敵機はわざと、左腕をパージしたのだ。これでは、ほとんど本体にダメージは及ばない。


 やるな、と整備士なりに俺は思った。

 しかしそれも一瞬のこと。背後から素早く、もう一機の味方機が敵機に拳を振り下ろしたのだ。ゴッという鈍い打撃音と共に、敵機は床に叩きつけられる。これには流石のキャノピーももたなかった。ヒビが入り、その内側が激しく揺さぶられる。

 

 そうして、敵機は停止した。パイロットは脳震盪でも起こしたか、打ち所が悪くて死んでしまったか。

 そんなことには頓着する余裕はない。味方機がサブマシンガンで、敵機のバックスラスターを破壊する。ボン、と軽い音を立てて、背部のジェネレーターが爆発した。そこから上がる煙と炎の中に、小さな雷のような可視電磁が音もなくうねっている。


《こちら二番機、侵入した敵ステッパーを撃破。敵は旧式だが、パイロットの練度は高い。各員警戒!》


『了解!』という復唱が、あちらこちらから飛んでくる。俺は念のため、一旦その場を離れ、別ルートで格納庫の正面ゲートに向かった。屈み走りと匍匐前進を組み合わせ、俺は銃弾の飛び交う格納庫内を駆ける。約三十秒ほどの時間をかけて、対人火器の並んだガンラックに到着した。

 手に取ったのは、やや口径の小さいランチャー。ただし、発射するのはグレネードではない。煙幕弾だ。

 待機中だった味方のステッパーの陰で、俺は動作不良がないことを確認した。それから両腕でランチャーを抱え、身を低くして、先ほどの走路を逆走する。


 格納庫の左端を、窓の向こうを警戒しながらダッシュ。あと二十秒ほどでルイたちの元へ戻れる。そう思った、次の瞬間だった。


「うっ!!」


 目の前を、爆風が吹き抜けていった。格納庫の壁が吹き飛ばされ、ばらばらとその破片が降り注ぐ。これはステッパーの攻撃ではない。歩兵携行用の対人兵器だ。


「チッ!」


 俺はランチャーをそばに置き、拳銃を抜いた。しかし、この距離で敵の得物――恐らく自動小銃だろう――に太刀打ちはできまい。どうする?

 俺が身を隠すため、ランチャーを担ぎなおしたその時だった。

 金属板のひしゃげる悲鳴のような音が、頭上から降ってきた。同時に大量の薬莢も。


《ロンファの元へ急げ、デルタ!》


 オルド大尉の声だ。どうやらステッパーに乗り込み、コンテナの上に着地したらしい。


《ここからは敵のステッパーが侵入してくる恐れがある! 俺に任せて、お前はロンファとルイの援護をしろ!》

「り、了解!」


 俺はランチャーを抱え、格納庫の中央へと向かった。


 戻ってみると、複数の戦闘員が必死にルイを援護していた。ロンファの機体を半ば盾にして、銃撃を繰り返している。ここに敵のステッパーが下りて来たら大変だ。

 と、思ったまさにその瞬間だった。

 スラスター全開で、敵機が壁を破って跳び込んできた。床に着地することなく、滑って接近。戦闘員数人が、車に轢かれる要領で弾き飛ばされた。


「この野郎!」


 俺はロンファに跳びかかって、強引に回避させる。


「ひっ!」


 ロンファの機体に取りついていたルイが悲鳴を上げる。敵機はと言えば、ロンファ機のすぐそばまで滑走してきた。こいつも短いナイフを擁した二刀流だ。


「喰らえ!」


 俺は煙幕弾を、敵機のキャノピーに向かって連射した。敵機は腕をかざして防御態勢をとったが、そこまでするほどの破壊力はない。問題は、当たった後のことだ。


「ルイ、ロンファをこの機体に乗せろ!」

「で、でもまだ装備が……」

「いいから早く!」


 ルイはロンファ機のキャノピーを展開させ、ロンファの尻を押してコクピットに滑り込ませた。その頃には、敵機の周囲だけでなく俺たちの方にも煙幕が漂ってきている。


「よし! ルイ、機体から離れろ!」


 ルイはぱっと手を離し、受け身を取りながら床に落ちた。直後、ルイの頭があったところを敵機の短刀が通り抜ける。しかし、この程度でキャノピーは破れない。敵としては、早く背後に回り込んでジェネレーターに斬り込みたいところだろう。

 だが、この期に及んでようやく煙幕弾がその真価を発揮した。敵機はナイフを振りかざしながら、しかしまともに斬りかかることができなくなっている。


 俺の勘は当たったようだ。『勘』というのは、敵機は旧式だから、赤外線モニターが搭載されていないだろう、というもの。対するこちらは最新鋭機だ。赤外線、つまり熱源を探知して作動できる。

 俺はパイロットとの通信機をルイの手からもぎ取り、思いっきり声を張り上げた。


「グレネードランチャーはすぐそばに置いてある! 拾えるな!?」

《もちろんだ!》

「さっさと装備しろ、そしてぶっ放せ!!」


 そう言って、俺はルイの後ろ襟を掴んで引き倒し、うつ伏せに寝かせた。

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