第11話
まさに次の瞬間、ヒュッ、と何かが空を切る音がした。直後に響いたのは、高い爆発音。煙幕は一気に晴れ渡り、代わりに黒煙がもうもうと立ち昇る。
「やったのか?」
頭を上げかけたルイを、床に押しつけるようにして伏せさせる。
確かに、ルイが敵の撃破を疑ったのも無理はない。零距離からの榴弾砲の直撃だ。キャノピーに砲の先端を押しつけた状態で。
しかし、敵機の操縦系統はまだ生きていた。パイロットも存命のようで、煙を振り払おうと自機の腕を振り回している。やはりな、というのが俺の思うところだ。
「もう一発だ、ロンファ!」
《言われなくとも!》
反動で上に逸らされたランチャーの砲口。ロンファは器用に腕を一回転させ、再度ランチャーを構えた。しかし、敵機の動きはやはり俊敏だった。
一瞬だけ、ドッ、とスラスターを噴かせた敵機は、ロンファ機に上方から体当たりし、押し倒した。
《クソ野郎、何しやがる!!》
罵声を浴びせるロンファ。だが、そんな言葉を乱発しようと状況は変わらない。どころか、敵機はこれを好機と見たのか、再びスラスターを噴かした。今度は背部のバックスラスターのみならず、足の裏のフットスラスターまで全開だ。
「ロンファ!!」
俺は伏せたまま、叫んだ。そして床に押しつけられたまま、滑らされていくロンファ機の先を見る。そこにあったのは――。
「まずい……!」
緊急消火装置。二酸化炭素で格納庫中を満たし、酸素供給を強制的に遮断することで鎮火させるシステムだ。しかし、それほどの二酸化炭素に満たされていれば、同じ室内の者はすぐに中毒になり死に至る。その起動スイッチが、ロンファたちの滑っていく先にあるのだ。
まさか敵も、それを狙っているわけではあるまい。だが、たとえ偶然であろうとも、緊急消火装置が作動してしまっては同じこと。今更どうこう言っていられる状況ではないのだ。
どうにかして、あの二機を止めなければ。しかし、人力で止められる可能性はなきに等しい。どうすればいい……?
俺がごくりと唾を飲んだ、次の瞬間だった。二機の真横から、エレクトリック・スピアーが投擲されてきた。それはちょうど、敵機のキャノピーの損傷部分を砕き、パイロットの身体を腹部から真っ二つにした。
はっとして振り返る。そこには、スピアーを振り投げた味方機の姿があった。
「リアン中尉……?」
間違いない。あの丸さを強調したシルエットはリアン中尉の愛機、ヴァイオレットだ。
ロンファ機に目を戻す。
《うおっ、なんだなんだ!?》
ロンファ本人は気づいていないようだったが、敵機のスラスターは全箇所が停止している。緊急消火装置の二、三メートル手前で、二機は絡まったまま止まった。
《皆、大丈夫?》
「は、はい!」
俺は返答した。先ほどまでの気恥しさはどこへやら、だ。だが、安堵するにはまだ早すぎる。
「ロンファ、立てるか?」
《おう!》
完全に機能を停止した敵機をどかし、立ち上がるロンファ。
「屋上は占拠されたままなんだ、曲芸を頼む!」
《曲芸じゃねえ、技術と訓練の賜物だ!》
そんな言い合いをしながらも、ロンファ機に動きの淀みは見られない。再びランチャーを一回転させたロンファ機は、その右腕を真っ直ぐ天井に向けた。ボッ、と点火されて地を離れる榴弾砲。そこから先は一瞬のことで、天井近くが真っ赤な炎に包まれ、すぐにそれは黒煙に代わって屋上へと吸い出されていった。天井の破片が、バリバリと俺たちに降り注ぐ。停止中のステッパーの陰に入ることで、俺とルイは破片から逃れた。
すると、金属片とスラスター、それに関節部モーターの擦れ合う不快な音が響いてきた。どうやら今の砲撃で空いた屋上の穴に、敵機が足を突っ込み、体勢を崩しているらしい。ギュルルル、ギュルルル、と、実に耳障りだ。
《どけ、ルイ!》
見かけよりずっと軽い落下音がして、ランチャーがロンファ機から手放される。同時に、ロンファ機はそばに置かれていたスピアーを握り込み、『皆、離れていろよ!』と一言。
ジリジリと、ジェネレーターからスラスターへと機動力が注がれていく。
高まってくる耳鳴りが頂点に達した直後、『行くぞ!!』とロンファが叫んだ。そして一瞬の間も置かずに、目にも留まらぬ速さで、跳躍した。
屋上の様子は分からない。だが、ロンファが敵を仕留めたのは確実だ。それは、スピアーによって帯電した敵機の部品と鮮血が滴り落ちてきたことによる。
《あらよっと!》
ロンファ機は天井の耐荷重フックに掴まり、スピアーで串刺しにした敵機を振り落とした。それを見て、俺は咄嗟に周囲に目を遣った。硬質ガラスの破砕音が響く中、俺は目的のものを見つけた。通信機だ。
部品が降る中を這っていき、通信機を握り込む。完全オープン回線にチャンネルを合わせる。そして、叫んだ。
「全パイロットへ! 現在この基地の屋上は、敵機に占拠されている! また、格納庫のゲートから出撃するのも危険だ、敵の勢力が分からない! よって、ここは戦闘員の出番だ! 格納庫天井中央に空いた穴から、ワイヤーガンで屋上へ! 武装は敵機の破壊ではなく、攪乱に使えるものを携帯せよ!」
ここまで叫んでから、俺はいかに自分が喉を酷使したかを思い知った。こんな緊張状態で叫ぶんじゃなかった。ただでさえ渇いていた喉が、もはやガラガラだ。
だが、その後は聞き慣れた重い声が引き継いでくれた。オルド大尉だ。
《全ステッパーは、格納庫内の敵機・敵兵の排除を優先しろ! それが完了次第、対地雷用散布爆薬を一斉射! トラップを完全破壊だ! 足元をよく見ろよ、それができたら屋上のロンファ伍長の援護に回れ!》
再び響く『了解!』という復唱。だが、俺は何かがおかしいことに気づき始めていた。
俺たちが屋上を奪還するのは、この基地を地上で包囲している敵兵士たちを殲滅するためだ。だが、今は屋上に出ることが目的になっている。
どういうことだ……?
その時、背後から脚部の屈折音が聞こえた。味方のステッパーが背後に降り立ったのだ。
《デルタ伍長、ルイ伍長、無事ね?》
聞こえてきたのはリアン中尉の鋭い声。俺は『はい!』と声を張り上げた。
《ここは私たちに任せて、あなたたち整備士は退避しなさい! 今突破口を――》
そこまで言いかけて、迫る危機に気づいたのは俺が先だった。
「中尉!」
《ッ!》
敵機がリアン機の背後から、一本のナイフを両手持ちにして襲いかかってくるところだった。リアン機は脚部を捻り、勢いをつけて方向転換し、ナイフの一撃をキャノピーで受ける。
「うっ!」
バックスラスター全開で、敵機はナイフをキャノピーに押しつけた。リアン機は両腕で敵機の手首を握り込み、なんとか押し返そうとする。しかし、奇襲されたとあって、なかなか上手く体勢を立て直せない。
ピシリ、と鋭利な音を立てて、リアン機のキャノピーにヒビが入る。
「中尉殿!!」
叫びながら、俺はそばに立てかけられていた自動小銃を手に取った。スライディングの要領で、敵機の腕部接続ユニットのそばに滑り込む。装甲板の隙間に銃口を押し当て、中の駆動パイプに狙いをつけた。
「喰らえ!!」
ズタタタタタタタッ、と勢いよく撃ち込んだ。
装甲板に銃撃しては、蚊ほども効かないだろう。だが、この位置ならば……!
弾倉が空になったと同時、俺は銃を投げ捨ててコンテナの陰へ。
俺がそっと覗き込むと、敵機がバランスを崩し、倒れ込むところだった。しかし、片足が使えなくなっただけだ。敵機はリアン機から跳びすさり、片足で回転しながらナイフを投擲してきた。
「ぐっ!」
俺に向かい、まっすぐナイフが跳んでくる。せっかくリアン中尉の危機を救えたと思ったのに、今度は俺が死ぬ番か。まさか、仲間に取り囲まれたこんなところで――。
そう思い、目を閉じる。ルイが俺の名を叫ぶのが聞こえる。リアン中尉の顔が脳裏をよぎる。
「畜生……」
しかし、しばらく待っても、俺の腹部や頭部に痛みは走らない。俺は恐る恐る目を開けた。そこにあったのは――。
「デルタ、これ……!」
ルイの声がする。俺はぶるぶると頭を振って、視界が元に戻るのを待った。そして、改めて視線を遣った先には、ステッパーがいた。しかし、ただの味方機ではない。昨日の急患だった機体だ。キャノピーは取り外され、右足はまだ装着されていない。
こんな機体で、一体誰が?
俺を正気に戻したのは、リアン中尉の悲鳴だった。
「オルド大尉!!」
バコン、と音を立てて、バックスラスターから火を噴く機体。まさか、オルド大尉はこんなお粗末な機体で俺たちの間に割って入ったのか? 俺やリアン中尉を助けるために?
「大尉!!」
俺は慌てて、大尉のステッパーによじ登った。
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