第9話

「誰か俺たちを援護してくれ! ステッパーの装備の換装作業に移る!」


 俺がそう叫んだ頃には、格納庫は色とりどりの制服に占められていた。空色の制服の整備士たちが飛び出してくるのに合わせ、小火器を手にした戦闘員が彼らを援護する。深緑色の制服だ。

 ちなみにステッパーのパイロットは、えんじ色の制服を着ていた。今は大方脱ぎ捨てられているが。


「整備士は伏せながら動け! 戦闘員は窓に警戒しろ!」


 先ほどまでの緊張感はどこへやら。いや、今も皆緊張していることには変わりない。だが、准将の演説を聞いている時にはなかった闘争心が漲っている。アドレナリンが湧き出しているのだ。


 ちょうど俺たちの動きを見計らったかのように、窓という窓が一斉に割れた。そこからぬっ、と銃器が姿を現す。が、俺たちとて戦闘の素人ではない。既に状況を把握していた戦闘員たちは、極めて精確に窓に照準を合わせていた。

 コンテナやステッパーの陰に隠れて移動する、俺たち整備士。俺も戦うことはできるが、自分用の自動小銃を取りに行く時間が惜しい。今は整備に集中すべきだ。俺が言い出しっぺでもあるわけだし。


「ルイ、無事か!?」

「デルタ、どこにいる?」


 ほっとした。ルイは無事だ。だが、問題はここから。銃撃戦はあちこちで始まっている。この弾丸の飛び交う中、俺たちは換装用の火器を運び、接続しなければないのだ。


「B1装備だ! グレネードランチャー、あるだけ運んで来たぞ!」

「よし、伏せてろ!」

「衛生兵とパイロットはまだ出てくるな! 今ステッパーを起動させる!」


 俺は中腰になりながら、周囲を見渡した。

 あちこちから銃声が響き渡ってくる。ガンガンと敵の弾丸がコンテナに跳弾する。

 俺は慌ててコンテナ陰に掛けられていたヘルメットを被った。どれだけ役に立つかは微妙だが。


 その時だった。俺の視界に、奇妙な人影が入ってきた。基地がこんな状況に陥っているにも関わらず、ぼんやり立ち尽くしているのだ。制服は着用していない。

 何者だ? いや、そんなことより、早く退避させなければ。


「おい、何やってんだ馬鹿!!」


 叫びながら俺は人影に突進し、背後から押し倒した。


「きゃあっ!」

「!?」


 女? しかもこの身長では、まるで子供じゃないか。こんな危険地帯にある基地に、どうして子供が紛れ込んでいるんだ?

 いや、詮索は後だ。俺はヘルメットを外し、少女に被せてやろうとした。しかし、少女はいやいやをするようにして俺から逃れようとする。やはり、今がどんな状況なのか分かっていないのだ。俺は少女の後ろ襟を掴んで引っ張り上げ、反転させてコンテナに背を押し当てた。

 次の瞬間、はっとした。何故ならその少女に、俺は見覚えがあったからだ。

初対面であることは間違いない。だが、彼女にそっくりな女性を、俺は知っている。


「お前、リアン中尉の……?」


 そう言いかけた瞬間だった。チリッ、と鋭利な音がした。ここは跳弾が激しい。危険だ。


「伏せろっ!!」


 俺は少女の両肩を掴み、向かって左に引き倒そうとした――次の瞬間だった。


「ッ!」

「きゃっ!」


 短い悲鳴を上げる少女。同時に俺は息を詰まらせた。右肩に鋭い痛みが走ったのだ。撃たれたらしい。

 僅かな鮮血を浴び、目を丸くしている少女。俺は左腕一本で、今度こそ少女にヘルメットを被せた。


「ここを動くなよ、でないと敵の代わりに、俺がお前を撃ち殺すからな!!」


 まずい。言い過ぎたか。少女は答えるでも頷くでもなく、呆然としている。その大きな緑色の瞳に、俺は一瞬、吸い込まれるような錯覚を覚えた。

 次に知覚したのは、自分の右肩の違和感だった。先ほどの感覚からすれば、これは痛みであり、しばらく動かすことは控えた方がいいだろうと判断できる。後で衛生兵に診てもらおう。飽くまで『後で』だ。


「動くんじゃねえぞ!!」


 そう釘を刺してから、俺は少女に背を向けて駆け出した。今の俺は整備士だ。早くロンファの機体に取りかからなければ。

 各ステッパーは、それぞれ専属のパイロットと整備士がついている。フットペダルの固さ、それに伴うスラスター出力が微妙に異なるのだ。俺がロンファと顔を合わせたのは、専属のパイロットと整備士として、一機のステッパーを共有するようになったからという経緯がある。今では犬猿の仲だが。


 ロンファは既に、自分のステッパーのところに辿り着いていた。拳銃を構えつつも、体勢を低くして大人しく頭を抱えている。


「おい、ロンファ!」

「デルタか? 遅えぞ! ビビッて修理倉庫に引っ込んじまったのかと思ったぜ!」

「悪いな、人助けをしてた」

「はあ?」


 いつも俺の臆病さをからかってきたロンファ。だが、俺が素直に謝ったことに驚いたらしく、今は目を丸くしている。


「ってお前、撃たれてるじゃねえか!」

「掠り傷だ、それより早くB1装備を――」

「その腕じゃ換装は無理だ! 誰か、誰かB1装備の部品を持って来てくれ!」


 銃声に負けないように、ロンファは声を張り上げた。俺も負けじと腹から声を出す。


「ロンファの機体が最優先だ! 俺の他に整備士はいないか!?」


 操縦自体なら、ロンファより腕の立つパイロットはいる。オルド大尉でもリアン中尉でもいい。だが、一つ問題がある。それは、地上から天井までの高さだ。

 今後の基地の運用を考えれば、天井に空ける穴は当然少ない方がいい。そのためには、できるだけ真っ直ぐに、可能であれば一回のスラスター噴射で跳び出すことが必要だ。

 ロンファの機体は、本人の希望で軽量化が為されている。腕部や脚部の接続部分が剥き出しになっているのだ。現在のバックスラスター出力で理想的な跳躍ができるのは、この機体しかない。


「待たせたな、ガキ共!」


 はっとして声の方を見ると、グラブ・ゴウル曹長がこちらへ駆けてくるところだった。グレネードランチャーを載せたカートを押している。お互い敬礼は省略だ。

 俺たちと曹長の間は約二十メートル。曹長の走行速度からして、あと四、五秒で俺の手元にランチャーが届く。窓際での戦闘は沈静化してきているから、後は周辺と屋上のステッパーを排除するだけだ。


 俺が安堵し、グラブ曹長に向かって左手を掲げた、まさにその時。

 横からズトトトッ、と凶弾が横切った。と同時に、視界中央で真っ赤な華が散った。この重苦しい掃射音は――きっと敵のステッパーが、壁を破って銃撃してきたのだ。


「曹長!!」


 慌てて駆け寄ろうとするロンファ。はっと我に返った俺は、咄嗟に足をずらし、ロンファをすっ転ばせた。


「いてっ! 何しやがるデルタ!! グラブ曹長が撃たれたんだぞ!!」

「死んだよ!!」


 すると、ロンファの顔から一気に怒気が引いた。


「し、死んだ……?」

「ああそうだ! お前の目は節穴か、ロンファ!!」


 全く、これだから戦闘経験の浅い奴は……。生身の人間の死というものに対し、ロンファはまだ免疫ができていない。少年兵だった俺と違って。


 恐らく敵は、こちらのステッパーを全機強奪するのは困難だと思ったのだろう。こちらのステッパーが損傷することも厭わずに銃撃してきた。

 同時に、一機でも奪還すれば、新技術を自国に取り込むことができると考えを改めたのだ。

 そんな考えで踏み込まれては、俺たちは大方のステッパーを破壊され、基地防衛に致命的な穴を空けることになる。

 とはいっても、敵にとっても俺たちのステッパーは重要な先端技術の詰まった宝箱だ。できる限り傷をつけたくはないだろうが。


 それより、今俺たちが直面している問題は二つ。

 まず、俺一人ではステッパーの武装換装ができないということ。作戦の要であるところの天井突破・奪還の過程は、ここで足踏みをしている。

 もう一つは、ロンファの闘争心が一気に萎えてしまったことだ。


「グ、グラブ曹長……」


 ロンファはグラブ曹長『だったもの』をぼんやり眺めている。ちょうど曹長の腹部を貫通した弾丸は、今は床に突き刺さって硝煙を上げていた。曹長は上半身を消し飛ばされ、下半身の断面が剥き出しになっている。


「おい、ロンファ!!」


 俺は、ぺたりと尻餅をついたロンファの前に回り、肩を揺さぶった。彼の顔面には、曹長の返り血がべったりとついている。

 それに構わず、おれは平手でロンファの頬をぶった。相当強かったのか、カクッとロンファの顔が明後日の方向に向けられる。


「デ、デルタ……」

「エースパイロットが何してんだ!! 早く乗り込め!! 戦ってもらわなきゃ皆死ぬんだよ!!」


 ちょうど俺が叫んだところで、グレネードランチャーを載せたカートがのろのろと走ってきた。把手には、グラブ曹長の肘から上がぶら下がっている。

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