第17話

 いや、そんなことは後で確かめればいい。問題は、今この状況下でいかにして生き延びるか、だ。

 輸送機の方は諦めざるを得まい。俺とリンドバーグ准将が乗り込むのが少し早かったら、二人共機内で蒸し焼きにされていただろう。 

 幸い、敵は戦闘機や爆撃機を送り込んではこなかった。空対地装備はないものと見える。だが、輸送機が落とされた以上、被害は甚大だ。少なくとも少年兵部隊は全滅した。

 どうすればいい……?


 その時だった。俺の後方から、ヘリの回転翼の音が響いてきた。当然、それは不思議なことではないのだが、俺の耳は、急速接近中のヘリが戦闘ヘリではないことを伝えている。

 振り替えって目視すると――。


「戻ってきたのか!?」


 先ほど輸送機から脱出した中型ヘリ。リンドバーグ准将を拾いにきたのだろう。敵の火力も弱まっている。しかし、それでも准将を救助するのは困難だ。

 それでも俺は准将を呼びに行こうと、格納庫に引き返した。


「リンドバーグ准将!」

「デルタ伍長か?」

「は、はッ?」


 司令室にいるはずの准将が、格納庫のキャットウォークにいた。一階から二階へと、階段を上っている。


「デルタ伍長、昨日の敵襲時に対空砲は使用したか?」

「いえ、敵は地上部隊ばかりでしたので……」

「よし」


 何を合点したのか、不自由な左足をカツカツと鳴らしながら、准将は歩いていく。その先には、屋上に出るための梯子がある。


「君は整備士だったな。対空砲の整備はできているのだろう?」

「はッ、敵もこの基地の占拠を優先したため、対空砲は破壊されていませんでしたが……」


『よし』と再び言ってから、准将は梯子に手をかけた。


「准将! 危険です!」

「裏から逃げろ!」

「はッ!?」

「私が対空砲で援護するから、君は中型ヘリに回収してもらうんだ!」


 なんだと? しかしそうしたら……。


「准将、あなたはどうなさるんです!?」

「老いぼれに気を遣うな! 君やルイ伍長は今後の我が国に必要な人材だ! 早く逃げろ!」


 それから准将は、壁に備えつけられていた無線機を手に取った。


《総員、敵の攻撃が止むまで地下壕に退避せよ! 繰り返す――》


 まさか、一人でも多くの基地構成員を生かすために、一人だけで対空砲を扱うつもりか!


「准将! でしたら私が対空砲を――!」

「デルタ伍長!!」


 准将の叫び声が、格納庫内にぐわんぐわんと響き渡った。

 俺が思わず姿勢を正すと、准将はふっと頬を緩め、こう言った。


「今度自分の目をじっくり見てみるといい」


『命令だ』。そう明言してから、准将は器用に左足を使って、止める間もなく屋上に出てしまった。


 恐らく一秒もかからないくらい。呆然としていた俺は、はっと我に返った。


「皆、准将の命令に従って地下壕へ!」


 そう叫んでから修理倉庫を抜け、俺は外へ飛び出した。

 直後、中型ヘリ――武装していないから、これが俺を回収しにきたヘリだろう――が緩やかに着陸するところだった。基地全体が遮蔽物になって、爆音はどこか遠く聞こえる。

 それに混じって、バタタタタタタタ、という対空砲特有の射撃音が聞こえてきた。

 俺が中型ヘリに乗り込むと、そこには見知った顔が並んでいた。


「デルタ!!」

「ルイ? ルイ!! やっぱり脱出してたんだな!!」


 俺は中型ヘリの元へ駆け寄り、親友に抱き着くようにして身体を機内に押し込んだ。


「上げてください!」


 この声はリアン中尉のもの。ルイから視線をずらせば、そこにはリールとロンファが顔を並べていた。


《了解》


 リアン中尉に応えた声。バルシェ少佐だ。このヘリはバルシェ少佐が操縦しているらしい。


《無事か? デルタ伍長》

 

 微かに顔をこちらに向ける少佐。


「あっ、少佐! 今、リンドバーグ准将が!!」

《分かっている》


 言葉を発する間に、軽く重さがかかる。


「おっと!」


 ヘリが離陸したようだ。俺は慌ててシートベルトを締める。しかし、すぐに意識は逸れた。

 少佐は今、何と言った? 『分かっている』だと?


「少佐、一体どういう意味です!? まさか今の敵の動きや昨日の敵襲も……!」

《議論は後だ、デルタ伍長》


 俺は足元から脳天まで、一気に燃え上がるような錯覚に囚われた。


「貴様、最初から分かっていて……!」

「ごめんなさいね、デルタくん」

「中尉は黙っていてください! てめえ、一体――」


 そこで俺の視界は固まった。首筋に、軽くも鋭い痛みが走る。最後に目に入ったのは、注射器を握って苦悶の表情を浮かべたリアン中尉だった。


         ※


「――少年兵たちはやはり……。ああ、准将は名誉の戦死を遂げられた。その上、大型輸送機も撃墜された。予想以上に、甚大な被害になってしまったな」

「……」


 淡々とした声音に耳をくすぐられ、俺は意識を取り戻した。

 目は閉じたままだが、明るい部屋にいることは察せられた。病院のように薬品臭い、しかし清潔な香りがする。無線で会話をしているのはバルシェ少佐だろう。

 俺はベッドに寝かされているようだ。ふう、と短く息をつく。すると、


「デルタ!」

「デルタくん!」


 顔の両側から声がした。と同時に、ゴツン、という打撃音。


「!?」


 思わず目を見開いたが、俺が殴られたわけではない。


「いたたた……」

「す、すみません、リアン中尉……」


 ルイとリアン中尉が、自分の額を押さえながら俯いている。俺の左右から顔を出したルイと中尉が、頭をぶつけたらしい。


「あ、大丈夫……ですか?」

「ええ、あなたは?」

「さっき、俺に鎮静剤を打ったんですね」

「ごめん、デルタくん。あのまま放っておいたら、あなた、バルシェ少佐を殺しかねない勢いだったから。そうしたら墜落して皆死んじゃうし」

「う……」


 俺は気まずくなり、『す、すみません』とだけ告げて再び目を閉じた。


「もう少し待ってね、まだあなたが歩けるかどうか、分からないから。お水、取ってくるわ」


 俺は『すみません』と繰り返した。


「なあ、ここはどこだ?」

「首都防衛線の端くれだよ、くそったれ」


 む。この口の悪さは――。答えたのはルイではあるまい。


「ロンファ、お前……」


 俺はすっと心が落ち着くのを感じた。怒りなのか悲しみなのか分からない負の感情をぶつける相手ができた、と思ったのだ。


「反論できる状態だと思ってんのか? デルタ」

「そりゃあな、くそったれと呼ばれて心地のいい人間はいねえだろう」


 上半身を起こし、ロンファを真っ直ぐに見つめた。当のロンファはといえば、壁に背を預け、胸の前で腕を組んで俯いている。俺は視線に力を込めたが、しかし、理論武装はロンファの方が一枚上手だった。


「デルタ、てめえはな、ヘリのパイロットに殴りかかったんだぞ? 階級はどうあれ、一度乗ったら最高指揮官はパイロットだ。そんなバルシェ少佐に飛びつこうとしたら、何があっても止めるのが道理だろう」


  俺は声もなく唇を噛みしめた。ロンファの言い分はもっともだ。しかも今の俺は、鎮静剤で立ち上がることすらできない。

 そんな俺の悔しさの炎に油を注いだのは、こともあろうにルイだった。


「ロンファの言う通りだと思うよ、デルタ」

「ルイ、お前……!」


 俺はできる限り首を捻り、非難の目をルイに向けた。しかし、ルイは哀れなものを見るように俺を見下ろすばかり。


「申し訳ないけれどね、デルタ。リアン中尉も同じ考えだと思うよ」

「あたしもよ、デルタ伍長」


 思いの外近くからかけられた声に、俺ははっと息を飲んだ。


「あ、リール軍曹……」

「敬礼なんてしなくていいわ。あたし、すぐに鉄砲を持ち出す人なんて嫌いだもの。そんな人に気を遣われても嬉しくない」

「なっ!」


 ぷいっと顔を逸らすリール。ふっくらした頬が、今は憎たらしさを引き立てていた。

 年齢差もあるし、彼女に手を上げる気は毛頭ない。だが、リアン中尉にはきちんと躾をしてほしい。そんな気持ちだ。


「さあさあ、喧嘩なんて止めて、落ち着きなさい、皆」

「お姉ちゃん! デルタ伍長はやっぱり暴力的だよ! 軍法会議にかけようよ!」


 すると、リアン中尉は俺のベッドわきのデスクにグラスを置き、リールの頭にポン、と手を置いた。


「今は軍の中にいるのよ、リール軍曹。『お姉ちゃん』は止めなさい。何度も言っているでしょう?」

「あ、ごめんなさい、おね……じゃなくて、リアン中尉」

「それに、デルタ伍長は大変な苦労をしてここにいるの。暴力的なんじゃなくて、緊張感が強いのよ。このくらいは分かってあげられるわよね? あなたは上官なんだから」

「むう……」


 リールは不承不承といった様子で、


「あたしも気をつけるから、あなたも気をつけなさいね、デルタ伍長」


 と言い放った。流石に敬礼する気になれなかった俺は、『気をつけます』という趣旨のことをぼそぼそと口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る