第16話

「君たち若者に、これほど過酷な現状で生きていくことを強いてしまっていることを、悔やまなかった日はない。だからこそ、君たちが少年兵などという危険な任務に就かなくてもいいように、ステッパーの技術開発に予算を割いたのだ」

「でも、その間の防衛線の維持はどうするんです? ステッパーのより早い量産と普及を図るには……」

「そう、どうしても少年兵たちに頼らざるを得ない」


 そう言って、准将は二杯目を空にする。しかしそこに、気分の高揚は全く見受けられない。俺はグラスを両手で握り込んだまま、何も言えずに准将を見つめている。


「我々は明日、航空支援の下で首都防衛線まで退避する。ここにいる戦闘員、整備士、パイロットは順次だ。代わりに、少年兵たちが送り込まれてくる。総勢二百名、といったところだろう」


 二百名……。当然、この基地に送り込まれてすぐには、彼らはどこに何が置かれているかも分からないだろう。――そんな状態で、一体どれだけ持ちこたえられる?


「君の、私に対する個人的な問いかけについては一通り答えたつもりだ。いかがかな? デルタ伍長」

「えっ?」


 俺は思わず目を上げた。俺が何か、准将に質問しただろうか。


「ああ、説明不足だった。私が言いたいのは、ちゃんと話ができたかどうか、ということだ。私を殴り殺そうとした君の気が済むような内容の話を」


 ぎゅっと自分の掌に、爪が食い込むのを感じる。だが、それは准将を殴ろうとしてのことではない。どうしようもない熱い感情が、体内の血管という血管を駆け巡っている。


「くっ……」


 俺は口元を押さえた。嘔吐しそうな気もするが、そもそも吐くものが胃袋の中にない。

 今日は実にいろいろなことがあった。お陰で、かつての仲間たちの顔を思い出すのも久々に思えてくる。


「リーダー、アルファ、ブラボー、チャーリー……」


 彼らの死に意味はあったのか? 犬死にだったのか? 彼らの人生は、一体なんだったんだ?


 俺は呻き声を上げながら、両の掌で目元と口元を覆った。准将に涙を見られたくなかったからではない。感情が顔から飛び出して、とんでもないことになりそうだったからだ。

 完全に顔を覆っていたので、俺は准将の接近に気づけなかった。彼は俺の頭に手を載せ、こう尋ねた。


「私を殴りたいかね、デルタ伍長」

「……」

「構うことはない。ただ、殺されてしまうと厄介だ。『私が君をそそのかしたのだ』という証言ができなくなってしまうからな」

「……」

「私はしばらく、ここに立っていることにする。君の好きにするといい」


 その後、俺がどんな行動を取ったのか、自分でも分からなくなってしまった。とにかく、その日の記憶はそこで途切れた。


         ※


 グオン、グオン、グオン、グオン……。

 

 あの日と同じ光景を目にすることになるとは、予期していなかった。灰色の雲に閉ざされた空に、三角形のフォルムの巨大な影が入ってくる。俺が整備士として拾われたあの日と同じだ。

 ロープ代わりの超強硬度ワイヤーが、何十本も降ろされる。地上の整備士たちが、その先端を地面にしっかりと埋め込んで固定。両腕の親指を上げて、準備完了を示した。

 改めて上を見上げると、輸送機下部のハッチが開放されるところだった。ワイヤーに四隅を固定され、ゆっくりと降りてくるコンテナ。小さな滑車がワイヤーに接続されていて、油圧調整で上げ下げができるようになっているのだ。

 

 ギリギリ、ギリギリ……。


 胸騒ぎを駆り立てるような音が鼓膜を打つ。そうして二百メートルほどの低空から、コンテナの第一陣が降ろされてきた。

 武装を解き、貨物取扱用装備に換装されたステッパーたちが、ゆっくりと接地作業をする。コンテナがガラガラと無造作な音を立て、開かれる。そこから現れたのは、案の定、俺よりも幼い少年たちだった。片手で自動小銃を握りしめ、のろのろとした足取りで降りてくる。

 俺がぼんやり眺めていると、一人の少年が駆け寄ってきた。拙い敬礼をしてから名乗ったが、残念ながら記憶には残らなかった。


「恐れ入ります! リンドバーグ准将はどちらにいらっしゃいますでしょうか?」

「准将は……まだ基地内の自室だ。案内する」


 そう言いながら、少年兵の背後に目を遣る。そこにあるのはコンテナだ。あんなものに入れられて吊り上げられるとは……。少し気が滅入った。


 まあ、それはいいとして。


「とりあえず、格納庫を抜けて左に入れば司令室やブリーフィング・ルームに続いてる。ついて来て――」


 と言いかけた、その時だった。視界の隅に、眩い光の筋が幾本も走った。非常事態用の照明弾だ。連続して次々と上げられていく。


「畜生、こんな時に!!」

「あ、あの、デルタ伍長、これは……」


 俺は勢いで少年兵の襟を引っ掴んだ。そのまま思いっきり突き飛ばす。乾いた地面から砂埃が舞う。


「うわっ! 伍長、一体何を……?」

「まず伏せろ! そしてお前はこのガキ共のリーダーだな? 全員を早く屋内へ避難させろ! 残ったコンテナはまだ上空の輸送機で待機だ!」


 少年兵は一瞬ポカンとしたが、背後から差した爆光に気づき、慌てて振り返った。

 俺は腰元から無線機を取り出し、怒鳴りつけた。

 

「おい、そっちからは見えてるだろうな!? 敵襲だ!」

《承知している! 君も物陰に隠れていろ、デルタ伍長!》


 答えたのはバルシェ少佐だった。


「そちらには皆、いるんですよね!?」


『皆』とは輸送機に先にヘリで上がった者たち。すなわちリアン中尉、リール軍曹、ロンファ、ルイ、それに当のバルシェ少佐の五名のことだ。地上には、少年兵たちに基地を案内するために俺が、講和を聞かせるためにリンドバーグ准将が残っている。


 少佐は皆が無事であることを告げ、一方的に無線を切った。

 巨大な輸送機の先頭部、すなわちブリッジの方向から音がする。ブリッジは敵機に対し、迎撃態勢を取ろうとしているのだ。敵は――戦闘ヘリか!

 そこまで気づいた時、こちらからも凶暴な金属音が炸裂した。輸送機の護衛についていた味方のヘリが、機銃で応戦を開始したのだ

 続いて空気が弾けるような、バシュン、という音が数回。誘導弾を放ったらしい。その軌道を目で追うと、敵機が真っ赤に燃え盛りながら墜落するところだった。

 ふっと一息つく。しかし、戦闘ヘリの性能は敵国と拮抗しているはずだ。そのうちこちらも撃墜される機体が――。


 と思った直後、ドォン、という重い爆発音が降ってきた。バラバラになった味方機が、ゆるゆると落ちてくる。


「お前ら、早く基地に入れ! 死にてえのか!」


 と叫んだ頃には手遅れだった。接地されたコンテナの上に、墜落したヘリが覆い被さった。

 ぐしゃり、と紙を丸めるような音。それと共に、十数名の少年兵を載せたコンテナは呆気なく圧し潰された。


「ああっ、皆!!」

「伏せてろって言ってんだろうが!!」


 俺は強引に、少年兵の頭を地に押しつける。

 それと同時に、太鼓を無造作に、暴力的に打ち鳴らすような音が響いてきた。輸送機下部に装備された大口径空対空砲が火を噴いたのだ。ゴトン、と地面にめり込むほどの勢いで薬莢が降ってくる。これを喰らって生き残れる者はいまい。空にも、地にも。


 これなら敵を追い払える。そう思った直後、俺は自身の愚を呪った。敵のヘリが退避もせずに、一直線に突っ込んできたのだ。


「特攻か!?」


 まさかヘリで特攻してくるとは。いや、だからこそ意表を突く狙いがあってのことなのだろう。特攻ヘリはありったけのミサイルを全弾発射し、尾翼から焼かれながらも輸送機のブリッジに突っ込んだ。


 次の瞬間、ぐらり、と輸送機が傾いた。


「ああ……」


 俺は呆然と、小さな爆発を繰り返す輸送機を見つめていた。それはやがて、輸送機の中央部にまで及んだ。特攻ヘリは、相当量の爆薬を詰んで突撃を敢行したらしい。

 仲間たちが。輸送機のクルーたちが。降りてくるはずだった少年兵たちが。皆が、ゆっくりと燃え盛る機体と共に、奈落の底へと落ちていく。生存者は皆無だろう。


 しかし、希望は失われていなかった。呆然と立ち尽くす俺の視界の隅で、脱出したヘリが一機捕捉できたのだ。あれに乗っているのは……?

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