第6話

「君の気持ちは伝わっているさ、デルタ」


 俺の心境を察してか、ルイが肩に手を載せてくる。これがルイでなかったら、俺は羞恥心のあまり、その手を振り払っていたことだろう。しかし、俺の親友と呼べるのは今のところ彼しかいない。否、彼しか残っていない。

 ルイの両親は、この国が誇るロボット技術者だった。敵国が開発したステッパーなる新兵器を早期に分析し、それを上回る高性能機としてのステッパーを生み出した。今俺たちが戦争を続けていられるのは、彼の両親のお陰といっても過言ではない。

 

 しかし。

『戦争を続ける』ことにどんな意義があるのだろうか? ルイは常に温厚な性格でいてくれるが――ロンファとは大違いだ――、戦争があったがために、俺同様に孤児になってしまったという過去を持つ。そんな彼が、戦争続行を望んでいるものだろうか? 

 もちろん、戦勝国になれればそれに越したことはない。そして敗戦国になることは許されない。だが、十年以上戦争をしてきて、国境線が大きく変わったという話は聞いていない。

 現実的に可能性のある道は、どこかで妥協点を見つけ、できるだけ早く和睦・休戦することだろうと思う。このままこの戦争が長期化してしまうよりは。

 だが、政府のお偉方がどう思っているのかは分からない。こんな辺境の基地に、ロクな情報など流れてはこないのだ。


 それでも一つ、不吉な噂を耳にした。それは、『政府がルイ・ローデンを国防局本部に取り込もうとしている』という話だ。

 この基地の中でも、ずば抜けた修理技術を有するルイ。それは、整備士長であるグラブ曹長も認めるところだ。


 確かに首都で働くことになれば、ルイの生存率は高まるはずだ。だが、仕事のポジションとしては、両親と同じ技術設計部門になるだろう。自分が両親の二の舞にならないか、不安はないのだろうか?


「なあ、ルイ」

「何だい、デルタ? 随分神妙な面持ちじゃないか」

「……いや、何でもない」


 俺はさっとルイから顔を逸らし、損傷機に目を遣った。今の俺に、それを尋ねる勇気はない。『ルイ、お前は両親と同じように殺される不安はないのか』と。


「ジェネレーターは損傷なし、と。やはり右足のパーツを換装すればまた戦えそうだ。どう思う、デルタ?」

「ん? あ、ああ、俺もそう思う」

「ほう?」


 いつも難癖をつけてくる俺が素直に頷いたことに、軽い驚きを覚えたらしい。肩眉を上げてみせるルイ。


「あー、動力パイプはどこから外したらいいもんかな」


 俺は自分が何も考えていなかったことを悟られまいと、ルイに質問した。


「そうだね、この損傷の具合だったら――」


 ルイが機体の脚部に手を当て、焦げた部分を覗き込もうとしたその時だった。


《総員起こし! 総員起こし! 全パイロット、戦闘員、整備士は、直ちに第一ブリーフィング・ルームへ!》


 俺は咄嗟に耳を塞いだ。そのくらいの大音量で、格納庫のスピーカーが叫んだのだ。


「おい、これじゃあ音量だけで敵に見つかっちまうぞ!」

「それは流石にないだろう、デルタ」

「よく平気でいられるな、ルイ。俺はただ、この音量を皮肉るために――」

「愚痴は後からいくらでも聞くよ。とにかく、僕らも行こう」


 歩き出す俺たちの上から、仲間たちの声がする。困惑したり、狼狽したり、慌てたり。

 だが一番多いのは、ロンファを始めとしたパイロット連中の言葉だ。


「畜生、昨日は第二種警戒態勢で徹夜だったんだぞ!」


 そんなロンファの言葉に、皆が賛同する。


「敵襲じゃねえんだろ? 人様の睡眠を何だと思っていやがる!」

「ふあー……。一体何だってんだ?」

「まだ三十分しか寝てねえのに、くそったれが!」


 すると、スピーカーからではなく格納庫の奥から、すさまじい怒声が飛んできた。


「なにグダグダしていやがるんだ、てめえら!!」


 空気が振動した、というより風が吹き抜けたかのような大音声。

 オルド・カッター大尉だ。最古参のパイロットであり、この基地の最高責任者も兼ねる実力者。浅黒い肌に、長身で筋肉隆々とした体躯。口の端を引きつらせているのは、いつかの古傷だと聞いている。そんな彼の血走った瞳に縫いつけられ、皆が沈黙し、身動きできずにいる。


「部屋に戻って正装しろ! 今この基地には、ランス・リンドバーグ准将がいらしているのだぞ!!」


『そりゃあ誰だ?』などと、馬鹿な呟きをする者はいなかった。いや、知らなかったとしても、自分の無知をさらけ出すことはしないだろう。

 オルド大尉の背後からは、黒々とした殺気が漂っている。『知らない』と答えようものなら、大尉の目から光線が出て頭部を貫通されそうだ。


 それはさておき。


「リンドバーグ准将か……」


 俺はどうも抵抗感が拭いきれなかった。もちろん、このタイミングで准将たる武人がこの基地を訪れること自体に疑問はある。だがそれ以上につっかかるのは、リンドバーグ准将が、この国でのステッパー開発の主導者でもあったということだ。 まさか直々に、ルイを首都の国防局本部へといざなうためにやって来たのではあるまいか。それは准将の演説を聞いてみる他ないだろう。


 俺は浅くて長いため息をつきながら、ルイの方を見遣った。すると、俺と同じことを考えていたのか、ルイは顎に手を遣って俯いていた。

 わざと明るい調子を装って、俺はルイの背を叩く。


「なにボサッとしてんだ? 大尉に注意される前に、さっさと行こうぜ」

「ああ、そうだね、デルタ」


         ※


 一旦部屋に戻り、朝用の抗不安剤を飲み干してから、俺は軍服に着替えた。この暑いのに詰襟とは……。

 俺はやや苛立ちを覚えていたが、きっとルイはそんな風には思っていないだろう。彼には自己顕示欲こそないものの、やや子供っぽいところがある。メカニック、すなわち非戦闘員用の薄い青色――『空色』とでも言うべきだろうか――の制服を着る時は、いつも上機嫌だ。仮に、こんな蒸し暑い日でも。

 俺が自室の扉を開けると、案の定、いかにも楽し気な様子のルイが立っていた。


「やあ、デルタ!」

「なあ、『やあ』ってさっき会ったばっかりじゃないか?」

「気にするなよ、そんな細かいこと!」


 メカニックとしては一流なのに、『そんな細かいこと』とは。聞いて呆れる。『そんな細かいこと』を疎かにしないことが、メカニックとしての基本じゃないのか。

 確かにルイは人懐っこい性格だが、このはしゃぎ様はなんだ。祭りを翌日に控えたガキか。

 皮肉ってやりたいのは山々だったが、しかしルイを落ち込ませる気にもなれず、俺は無言で彼の前を通り過ぎた。


「あっ、待ってくれよ、デルタ!」

「俺はお前のお守りじゃねえぞ。キビキビ歩け!」

「もう、なんだよその仏頂面は!」


 仏頂面は元からだ、馬鹿野郎。


 俺たちが第一ブリーフィング・ルームへ入ると、流石に准将を迎えるだけあって冷房が入っていた。逆に冷房が入っているのは、ここと来客室のみ。居住者の人権は黙殺されているらしい。

 大学の講堂や映画館のような、段差のついた大きな会議室。それが第一ブリーフィング・ルームだ。まあ、大学も映画館も写真でしか見たことはないのだが。

 俺たちが入ったのは部屋の前方からなので、下の席、すなわち前列から席を探していくことになる。パイロットだろうがメカニックだろうが、今回は自由に座っていいらしい。気楽なものだ。今回はこれでいいのか。准将の補佐役であろう将校たちも、どこか気楽な調子だし。


 ルイは鼻歌を歌い、手先をパタパタ言わせながら、俺の半歩先を歩んでいく。彼に支給された制服の上着は、袖が長すぎるのだ。本当にこいつは感情の移り変わりが激しい。メカを相手にしている時の集中力、注意力、洞察力はどこへ行ってしまったのか。こいつが少年兵だったら、いざという時にパニックになって真っ先に的にされるだろうな。


 その時だった。


「ほら、デルタ!」

「え?」


 振り向いて、軽く俺の背に手を伸ばすルイ。そこには、誰あろうリアン中尉が座っていた。隣は空いている。


「早く座ってくれよ。このブリーフィング・ルームって、意外と狭いんだからさ」

「なっ……。だったらお前が座れよ、ルイ!」

「ちょっとお腹が痛くてね。会議の途中にお手洗に行くかもしれない」

「はあ!?」


 途中退室など許されるわけがないだろうが。


「お前、一体何言って――」


 と俺が言いかけたところで、リアン中尉と目が合ってしまった。物憂げに頬杖をついていた彼女が、ふっとこちらに意識を向けたのだ。


「あら、二人共どうかしたの?」

「あっ、い、いえ、その、あの……」


 しどろもどろになる俺。自分がどこを向いているのかも分からない。一体何をやっているんだ、俺は。

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