第19話

 はっと、リアン中尉は息を飲んだ。一気に二人の知人を喪って、ショックは大きいだろう。だが今はそんなことに構ってはいられない。なんとかして、この銃撃から抜け出さねば。

 俺は少し躊躇ったが、少佐の遺体をずらし――途中、血の海で足を滑らせた――、運転席に乗り込んだ。飽くまでこれは軍用ジープだ。ただの銃撃で装甲が破られはしまい。だが、相手の装備が分からない。対戦車ロケット砲など持ち出されたら、ひとたまりもない。


 俺は残る三人に伏せているように言ってから、運転席の状況を確かめた。ハンドルは少佐の腕もろとも消し飛び、前輪が片方吹っ飛んでいる。これで走れるのか? 

 思索していても何も進展はない。俺はパーキングになっていたギアをドライブに。辛うじて残っていたアクセルペダルを軽く踏み込んだ――エンジンや運転系統は無事であるようだ。


「皆、行くぞ!」


 誰の返答も待たずに、俺はジープを発進させた。どうやって方向を操作するか? 知るか、そんなこと。取り敢えず、敵の銃撃から逃れられればいい。

 ぐっと背中がシートに押しつけられる感覚と共に、ジープは急発進した。


 軽く周囲を見渡すと、車外もまた阿鼻叫喚の様相を呈していた。先ほど少佐を殺した爆弾は、効果域を狭く、ただし破壊力を高めるように調整されていたらしい。しかし、人通りが多かったこともあり、死傷者はだいぶ出ているようだ。

 それに加え、俺たちのジープを狙って四方八方から銃撃が加えられている。その巻き添えも多数出ているはずだ。早くこの場を離脱しなければ。

 すると、ようやく道路の向こうから機動隊の車列が見えた。黒光りする長方形の車体が、ネオンや爆発による火災に照らされている。


 俺はこのまま突っ走り、十字路の先にある電気店に突っ込むことで停車しようとした。その頃には、既に機動隊が俺たちを援護してくれているはず――と思った矢先のことだった。

 俺が殺気を感じ、バックミラーに目を遣ると、後方の屋上で何かが光った。はっとして振り返る。そして、ぞっとした。

 一筋の煙の尾を引きながら、高速で何かが飛んでくる。いや、あれは対戦車ロケット砲に違いない。


「チッ!」


 慌ててハンドルを切る。すると、俺たちとすれ違うはずだった機動隊の装甲バンが吹っ飛んだ。『きゃあっ!』というリールの悲鳴が聞こえてくる。

 爆光と共に、装甲バンが宙を舞う。なんて火力だ、このロケット砲は。バルシェ少佐の言葉が蘇る――『諜報部がしっかりしていない』という旨の台詞が。よくもこれほどの重火器の流入を許したものだ。

 吹っ飛んだ車両の後に続いていた装甲バンが、通路を塞がれて停車する。初めは三台だったようだが、これでは何台来てもいい的になるだけだ。


 装甲バンとすれ違い終えた俺たちのジープは、辛うじて俺の荒い操縦に耐えきった。計画通り、急ハンドルを切って直進する速度を殺し、ジープは無人となった電気屋に突っ込んで停車する。ガラスが割れて、派手な音を立てる。同時に俺は、素早くジープから飛び降りた。


「デルタ、どこへ!?」

「お前らはここに残ってろ、ルイ!」


 俺はジープで駆け抜けてきた道路を、一目散に逆走した。


「ちょ、ちょっと、デルタくん!?」

「やっぱり首都防衛部は油断していたんだ! 中尉、ステッパーの出動を防衛本部に要請してください! 車両で道路からの接近は危険です!」

「りょ、了解!」


         ※


 俺は体勢を低く保ちながら、装甲バンの後ろから近づいていく。あたりはところどころから火の手が上がっていた。ネオンの破損によるものだろう、火花も飛んでいる。

 流石に接近は危険だと思ったのか、三台目のバンはだいぶ手前に停まっていた。そして、ちょうど人員輸送コンテナが展開し、荷台の後部から機動隊員たちが降りてくるところだった。


「な、なんだね君は!? 早く避難を――」

「陸軍首都防衛部隊に配属されましたデルタ伍長です。このままでは被害が増える。早急に対策本部と連絡を取りたいのですが」


 すると機動隊員は敬礼して、素直に無線機を手渡してきた。チャンネルは合わされているようだ。


「こちら陸軍首都防衛部隊、デルタ伍長です。司令官に取り次ぎを願います!」


 数秒の後、司令官が出た。案の定、名前を覚える暇はない。ただ、相手がひどく狼狽していることは分かった。装甲バンの陰に入り、無線機を握りしめながら、俺は状況を説明した。


《君の言いたいことは分かった。だが、そもそも敵はどうやって入ってきたんだ? 前線からここまでは五百キロも離れているのに! ただでさえ泥沼の混戦状態の防衛線を抜けてくるなど――》

「今はそんなことを議論している場合じゃないでしょう!!」


 俺は思わず声を荒げた。


「まずは、ビル屋上から銃撃をしているテロリストの排除です。ステッパーを一個小隊、直ちに現場に急行させてください。座標は――」


 そばにいた機動隊員から地図を引ったくり、数字とアルファベットの羅列を読み上げる。


《りょ、了解した。志願者を――》


 これでは呆れて物も言えない。誰が出動するか? そんなことを議論している場合ではなかろうに。


「通常のローテーションで構いません! あなたたちだって、戦闘のプロなんでしょう!?」

《そ、そうだ! 市街地戦仕様のステッパー一個小隊を当該座標へ――》

「俺にじゃなくて、直属の部下におっしゃてください! 以上!」


 俺は一方的に無線を切った。地図と無線機を先ほどの機動隊員に押しつけ、今度はヘルメットに手をかける。


「な、何を……?」

「このヘルメット、通信機が内蔵されていますね? 全員に指示してください、物陰に隠れながら、ステッパーの到着まで市民の安全を確保しろと」

「そんな、ここは街中で――」


 カチン。俺の脳内で何かが弾けた。


「馬鹿野郎!! 今までの経過を見てなかったのか!? 街中だろうが密林だろうが砂漠だろうが湿地だろうが、ここはもう立派な戦場なんだぞ!!」


 すると、俺の気迫に圧倒されたのか、機動隊員はコクコクと首を上下に振って通信を開始した。


「よっと!」


 俺は装甲バンの荷台に乗り込み、武器を漁る。探しているのは照明弾と、それを打ち上げるロケット砲だ。ロケット砲といっても、火器を発射するわけではないので、できるだけ簡素なものがいい。


「あった!」


 俺は手早く照明弾をロケット砲に詰め、荷台から飛び降りた。そして装甲バンの陰から様子を窺いつつ、斜め六十度ほどの方向に向かって照明弾を発射した。

 数秒後、パン、と軽い破裂音を立てて、緑色の照明弾が炸裂した。あわよくば相手の視界を塞ぐことができればと思っていたのだが、どうだろうか。


 さっとあたりを見渡すと、俺の指示に従って、機動隊員たちは民間人や負傷者の支援に回っていた。今俺にできることは、彼らの退避路を確保することだ。

 再び荷台に乗り込み、適切な武器を選択する。

 自動小銃では駄目だ。上方から狙われている状況下で、十分な牽制効果は期待できない。かといって、実弾のロケット砲を撃ち込むわけにもいかないだろう。敵の陣取ったビルの下層フロアに、民間人が残っている可能性がある。彼らの身を危険にさらしたくはない。


 そうこうしているうちに、敵は再び銃撃を開始した。照明弾の効果が切れたのだ。目くらましのための照明弾の使用だったが、二度目は通用しないだろう。

 やはりステッパーに来てもらわなければ――。


 その時、俺の脳裏に一つの考えがよぎった。もし俺がステッパーのパイロットになれたとして、今目の前に機体があったら、俺は乗り込むだろうか?

 じとり、と背中から汗が噴き出す感覚が走る。最初に去来したのは恐怖心だ。


 多くの仲間たちの命を奪ってきたステッパー。あんな無機質な、悪魔のような機体に乗り込む自分の姿など、到底想像できない。

 整備士として毎日いじってきたのだから、基本的な操縦はできるだろう。しかしだからといって、その恐怖が払拭されることはない。

 俺には無理だ。


 感慨にふけっていたのは、恐らく二、三秒ほどのことだったと思う。俺はすぐに、状況打開のための攻撃案を考え始めた。

 しかし、そんな必要のない事態が、装甲バンの外で起こっていた。


 聞こえてきたのは、おおっ、という機動隊員たちの感嘆の声。それに混じって、聞き覚えのないスラスターの駆動音がした。


「まさか……」


 俺は言葉を零しながら、荷台を降りて慎重に視線を上に。するとそこでは、今までに見たことのないステッパーが、踊るようにして敵を蹴散らしていた。


 従来の機体よりも、さらに丸みを帯びた近未来的なフォルム。眼下の炎を照らしだす、銀色の装甲。そして背部に増設された、二門の直方体大型スラスター。

 火器は搭載しておらず、コンバットナイフ二丁を逆手持ちにして、敵をバッサバッサと斬っていく。


「新型……?」


 それにあの戦い方は、リアン中尉そっくりだ。いや、僅かに異なる。

 こまめに跳んで相手の上方を取ろうとする中尉の戦い方とは違い、あのパイロットは跳躍による急襲やバックステップを行わない。だが、それでも舞い踊るように敵を殲滅していく姿は中尉の戦い方そっくりで――。

 まさか。

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