第20話

 あっという間、としか言いようがなかった。首都防衛部隊のステッパー隊が屋上の確保にあたった時には、既に機動している敵機は一機として残ってはいなかった。


「貸せ!」


 俺は、ぼんやり屋上を眺めていた機動隊員からヘルメットをかっぱらい、新型機との通信を試みた。


「こちら首都防衛部隊整備士伍長、デルタ。お前、まさか……」

《鉄砲屋のデルタ伍長? 人に向かって『お前』は失礼よ、私は軍曹なんだから》


 信じ難かったが、俺の本能はそれが事実だと告げている。『事実』、リール・ネド軍曹は紛れもなくエースパイロットだ。

 そうか。だから、リンドバーグ准将に同行してきたり、俺よりも階級が上だったりしたわけか。


 俺が通信を切ったのと同時に、ようやく軍用ヘリの回転翼の音が聞こえ始めた。戦闘ヘリとは音が異なる。ステッパーではなく、戦闘員を運んで来たらしい。だが、今更そんな必要があるだろうか?


「上空警戒中のヘリへ、この付近のビルの屋上の状況はどうなっていますか?」

《こちら偵察観測機、現在調査中。付近の十二ブロックを完全封鎖、上空のドローンも退避済み》

「了解。ビル一つ一つに関して、状況の変化が認められ次第連絡を」

《了解》


 夜闇を切り裂くように、軍用ヘリのサーチライトが行き来する。屋上の敵勢力はリール機によって全滅したとして、地上の様子はどうだろうか。

 鼻をひくつかせると、強烈な焦げ臭さに混じって鉄臭さが漂ってきた。


 さっとあたりを見回すと、予想通りの光景が広がっていた。

 あちらこちらに人が倒れ、応急処置を受けている。しかし、ちぎり飛ばされた腕や足がそこら中に転がっているのには、俺も顔をしかめざるを得なかった。

 五年前までは毎日見てきた光景なのにな。


 俺が敵のいたビルを見上げると、何かがキラリ、と光るのが見えた。


「おっと……」


 数歩後退する。すると、ちょうど俺が立っていたところに、件の新型ステッパーが降りてきた。熱風から顔を守ろうと、俺は腕をかざす。しかし、そんな必要はなかった。新型機はほとんど熱を帯びていなかったのだ。

 俺の見たことのない駆動システムだったが、恐らく長時間駆動にも耐えうるように、特殊な冷却機関を内蔵しているのだろう。


 改めて、新型機を見上げる。今までのステッパーより、一回りは小さい。代わりに、バックスラスターに煙突のような突起が二本ある。そうか。あそこが排熱口になっていたのか。


 ガシュン、と音がして、新型機のコクピットが開いた。案の定、降りてきたのはリールだ。得意気に胸を張っている。


「デルタ伍長!」

「は、はッ!」


 俺は踵を合わせて敬礼した。階級に関する疑問がなくなってしまった以上、俺が礼儀を払わないでいるわけにはいかない。


「よくやってくれたわね。いい時間稼ぎになったし」

「……」


 時間稼ぎ、だと? リールが言いたいのは、自分の専用機が運ばれてくるまでの時間、機動隊員たちが持ちこたえたことを言っているのだろう。

 だが、そんな言い草はないのではないか。いや、これは立派な侮辱だ。今回の爆弾テロから始まった、銃撃戦での死傷者に対して。しかも一般の戦場と違い、民間人にも被害者が出ている。

『時間稼ぎ』という言葉は、あまりにも無慈悲で無頓着で、人の心を無視したものだと思われた。


「返事はどうしたの? デルタ伍長」

「……」

「武器っていうのはこういう扱いをするものよ。ただ単に鉄砲を撃つんじゃなくてね。スタイリッシュに、エレガントに! 結果効率よく敵を殲滅できる。分かってるの?」


 もう我慢ならない。俺は顔を上げ、思いの丈を述べようとした。が、その瞬間、彼女の身体は宙を舞っていた。殴り飛ばされたのだ。無論、俺が殴ったわけではない。


「この馬鹿!!」


 俺は唖然とした。リールに殴りかかった張本人、それは実姉であるリアン中尉だったのだ。リールはたまたまその先にいた機動隊員に抱きとめられるようにして、姿勢を維持した。


「あなたは人が傷ついたり、亡くなったりすることに対してあまりにも無頓着なのよ!! 私たちがどんな気持ちで戦っているか、あなたには分からないでしょうね!!」


 リールは目を丸くして、口を開けたまま姉の姿を見つめている。


「はあ……」


 リアン中尉は両手を腰に当て、首を左右に振った。


「もういいわ、救護所に行って、氷水をもらってらっしゃい。早くしないと、ほっぺた腫れるわよ」


 リールは殴られた頬に手を当て、よろよろとふらつきながら俺の視界から消えた。

 俺はちぐはぐな応答しかできなかった。あのリアン中尉ともあろう方が、身内を、それも妹をぶん殴るとは、思いもしなかったのだ。


「あの子、鉄砲は嫌いだって言ってたでしょう?」

「ええ」


 俺は冷静であることをアピールすべく、短い返答にとどめる。


「ちょっと、障害があるのよ、あの子」

「えっ……」


 これには口を封じられてしまった。障害だって? 一体どんな? いや、ここで姉であるリアン中尉に尋ねるのはあまりにも酷だろう。俺は黙り込むしかなかった。

 俺なんかが耳にしてもいい話なのだろうか。そわそわしていると、リアン中尉は背を見せた。


「あそこで一服しましょうか」


 俺がそちらに視線を遣ると、辛うじて無傷の状態のカフェが目に入った。今は夜風が吹いて気持ちのいい時間帯、すなわちかき入れ時だったのだろうが、近くでこれだけの事件が起こってしまってはな……。

 しかし、全く意外なことに、カフェの灯りはついていた。ちなみに、入り口の札も『OPEN』になっている。


 歩き始めた中尉についていくように、俺は足早にそのカフェに向かった。

 中尉が扉のノブを握り、回しながら押し開ける。


「いらっしゃい。こんなタイミングでお越しになるとは、お客さんもだいぶ肝の据わった……ってあんたか、リアン」

「久しぶりね、ローク。『マスター』と呼んだ方がいいかしら?」

「おいおい止めてくれよ、俺とあんたの仲じゃないか」


 むむっ、と俺の心がささくれ立つ。この男は、リアン中尉から見て何者だ? ただでさえ、戦闘終了直後でアドレナリンが溢れているというのに、これ以上刺激されては……。

 ロークと呼ばれたその男は、背の高い、がっちりとした体形の優男だった。今はこのカフェの制服であろうエプロンをしている。

 こんな状況でも店を開けているとは、この人物こそ肝が据わっているだろう。


「ふうん、リアンにもボーイフレンドができたか。ご両親も天国でお喜びだろう」

「そうかもね」


 サイレンの音に振り返ると、カフェの窓の向こう側を、消防車が通過していくところだった。

 って、その前に。


「お、おおっ、俺が、リ、リアン中尉のボーイフレンド……!?」

「ああ、安心してくれ、少年。僕はリアンの叔父だ。歳が近いからよく勘違いされるが、彼女の恋人でも何でもない」

「は、はあ」


 俺は一安心した――が、そんなことで喜怒哀楽に浸っていられる状況でないことは百も承知だ。

 戦闘終了から十分ほどしか経過していないにも関わらず、なんなんだこの気の抜けた雰囲気は? 空気感のあまりのギャップに、俺は追従できない。


「ご注文は? 中尉」

「ここで軍のワードを使うのは止めてよ。せっかく後輩を連れてきたんだから。私たち姉妹の過去を伝えるためにね」

「中尉の、過去……?」


 それはかなり、俺の興味を掻き立てるものだった。これでまた一歩、リアン中尉と心理的距離を詰められるかもしれない。


「ローク、脱線しそうになったら是正して頂戴」

「はいはい。で、どっから話始める気だ、リアン?」

「私たちの両親が、殺害されたところから」


 ロークは微かに眉根に皺を寄せたが、


「お前がそれでいいっていうなら、それしか選択肢はないな」


 と了解の意を示した。

 その頃には、ラムバックとウーロン茶の入ったグラスが俺たちの前に置かれていた。


「私が軍に入隊したのは、私があなたの歳の頃。ステッパーの扱いに才能を見出されて、今はパイロットっていう身分だけれどね」


 そう言って、ラムバックを一口。そして大きなため息をつく。


「でも、私の身近でもっと腕のいい人が見つかったの。類稀なる瞬発力と反射神経を持ち合わせた人物がね」

「それが、リール軍曹……?」


 グラスに口をつけたまま、大きく頷く中尉。


「ただ、リールは障害を負ってしまったのよ。私たちの両親を殺した、ある事件のせいでね」

「事件……? どんな事件です? ってそれより、それは俺が耳にしてもよろしいんですか?」

「ええ。構わないわ。その方が都合がいい。私にとってもリールにとっても」


『よく晴れた、十年前の秋のことだった』――そう言って、中尉は語りだした。

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