第30話
三秒、五秒、十秒……。敵は襲ってこない。集音装置の感度を上げ、しばらく待機してみたものの、何も反応がない。どうしたことか。
敵機はもうここにはいないのか? いや、いるはずだ。先ほどの俺の仮説――実用試験も兼ねて俺を待ち構えているという考えがあたっていれば。こういう時、焦ったら負けだ。しかし、無駄に敵の歩兵たちの逃走時間を稼がせるわけにもいかない。
さて、どうする?
俺はしばし黙考した後、ある考えに辿り着いた。幸いにも、俺が慌てて羽織った防弾ベストには、手榴弾が装着されている。これは使えるな。
再び軽い擦過音を立てて、キャノピーを展開。排水溝の急カーブの向こうの気配を探る。すると、ステッパーの計測機器では測り切れなかった気配を、俺は肌で感じ取った。
「いるな……」
小さく呟く。そして、手にした手榴弾の種類を確認。『発熱手榴弾につき、赤外線センサーに異常が生じる恐れあり』とのこと。好都合だ。俺は右腕一本で手榴弾を握り込み、口でピンを抜いて、カーブの向こう側へと放り投げた。
すぐさま座席に戻り、キャノピーを閉じる。すると、重い爆発音ではなく、小さな破裂音が響いてきた。ただし、いくつも折り重なって聞こえてくる。パチパチパチ、と万雷の拍手のように。
俺はキャノピーの中で耳を澄まし――確認した。敵機と思われるステッパーが、地団駄を踏むような駆動音を立てたのだ。それからコクピットの赤外線センサーを切り、光学センサーに設定。ぐるりと直角に機体を回転させ、急カーブの向こう側へと振り返った。
いた。忘れもしない、あの異形のフォルム。
小ぶりのコクピットに、背部スラスター直結の煙突のような二本の放熱塔。間違いなく、奴だ。
俺はすかさず銃撃を開始した。ズドドドッ、という発砲音と、薬莢が床に落ちるチリチリという音が混ざり合い、凄まじい騒音となる。音が反響しやすいこの場では特にそうだ。
俺の読み通り、敵機も赤外線に頼って周囲の情報を得ていたらしく、すぐには回避できずにいる。それでもそのキャノピーは、こちらのマシンガンの弾丸を弾き切った。
「チッ!」
舌打ちを一つ。そしてバックステップ。ステッパーにしか扱えないような重火器をもってしても傷をつけられないとあっては、なかなか立ち回りは苦戦することになる。
すると、今度は敵機が攻勢に出た。こちらがステッパーであることを確認し――つまりはマシンガンでこちらの動きを封じるのは困難と判断し、跳びかかってきたのだ。右腕部のマシンガンでこちらを牽制しながら、左腕部の大型ナイフの先端を振り下ろしてくる。
「くっ!」
機体を反転させてナイフをかわすが、それも敵の計算の内だった。俺のサイドステップにピッタリ寄り添うようにして、ナイフを振るってくる。
足を負傷していなかった俺は、なんとか踊るようにして斬撃をかわしていく。だが、敵がこれほどの使い手ならば、いずれ隅に追い込まれてしまうだろう。
「だったら……!」
俺は思い切って前に出た。エレクトリック・スピアーの出番だ。
左腕は操縦できないので、取り敢えずスピアーを帯電させてから回転し、無理やり敵機に突き刺そうと試みる。
回避する相手の軌道を読み、マシンガンを突きつける。零距離ならば――!
しかし、それは甘い考えだった。敵は飽くまで最新鋭機なのだ。軽く後方に跳んでバランスを立て直し、ナイフをすっと突き出してくる。
俺も距離を取ろうと試みたが、マシンガンを引くのが間に合わなかった。慌てて手放すと、マシンガンはまるで竹のように縦に真っ二つに割られてしまった。
すかさず敵機は距離を取り、自分のマシンガンを構える。こちらに遠距離武器がない以上、相手は遠くから俺を一方的に攻撃することができるのだ。マシンガンの規格は俺の持っていたものと同じようだが、コクピットの装甲は向こうの方が上だろう。こちらは極力回避していかなければ。
盾だ。何かを盾にしなければならない。でなければハチの巣――にはならないだろうが、俺の身体が被弾する恐れがある。そして動けなくなったらお終いだ。
だが、そのあたりに都合よく鉄板などが置かれているはずがない。何か、何か盾になりそうなものは……!
ええい、何でもいい。俺はスピアーを適当に振り回しながら、無造作に右腕を伸ばした。すると、何かを掴み込んだ。これは――もう使われなくなった工業用水用の細い配管だろうか。思いっきり引っ張ると、配管は排水溝の側面からすぐに取り外された。同時に、俺は一つの戦法を思いついた。
敵機の右腕がマシンガンの引き金に指をかける直前、俺は配管を握らせた右腕を突き出した。ただし、配管の先端は敵機に向けられてはおらず、配管の中央が右腕に握り込まれている。訝しんだのだろう、敵機は一瞬の隙を見せた。
今だ。俺は右の手首と、その先の配管を高速回転させた。敵機が銃撃を加えてくるが、円形の盾のようになった回る配管に、ほとんどの弾丸が弾かれる。
意表を突かれた形の敵機に向かい、今度は俺が跳躍した。マシンガンによるこちらの損傷は軽微だ。このまま、上方からスピアーでコクピットを貫通してやる。
俺は配管を前方に放り投げ、左腕のスピアーに右腕を添えた。そのまま、落下する姿勢で背部スラスターを噴かす。落下の勢い、スラスターの出力、それにスピアーの帯びた電撃。
俺は勝利を確信した。
「くたばれえええええええ!!」
しかし、スピアーは狙いが逸れた。相手がマシンガンを捨て、こちらに跳躍してきたのだ。
「!?」
スピアーは、敵機の大型放熱塔の片方に突き刺さった。例の二本ある放熱塔のうちの一本だ。
コクピットに刺さらなかったからといって、電撃で敵機の操縦系統を麻痺させることはできるはず。そのためのスピアーなのだから――という考えは、すぐに霧散させられた。
一度空中で交差したヴァイオレットと敵機。再び振り返ってみると、しかし、敵機はやや動きが鈍ったようだが、操縦に致命的な支障は出ていないように見えた。
そうか。絶縁体か。あの特徴的な放熱口は、スピアーや電撃攻撃に耐えられるよう、強化ゴムで造られているのだ。敵機の全身も、放熱口が一つやられても行動できるよう工夫されているに違いない。
しかし、敵機にも問題があった。マシンガンが弾切れを起こしたようなのだ。カチリ、と引き金の音が響いたが、マズルフラッシュは見られない。それを確認したのか、敵は自らマシンガンをわきへ投げ捨てた。
時を同じくして、俺は機体の右腕部をパージしていた。ガタン、と鈍い戸を立てて、右腕が落ちる。それから、敵機がナイフでこちらを牽制しているのを確認。こちらもスピアーで、敵機の接近を妨害する。
スピアーを突き出しつつ、コクピットのコンソールに指を躍らせる。
「これか!」
俺はコクピットに密着する形のサブアームを用いて、右腕にロケット砲を装備した。貫通性はあまり期待できないが、遠距離火器はこれしかない。要は、使わない手はない。弾数は三発。
俺がロケット砲を取り出すのを見て、敵機は距離を取った。確かに、最新鋭機の機動性なら、発砲されてもかわすことは十分可能だろう。
バックステップを繰り返し、後退していく敵機。何を考えているんだ?
そう俺が訝しんだ時、敵機は思いがけない行動に出た。ナイフを放り投げたのだ。だが、それは俺に対してではない。この排水溝の、天井に向かってだ。直後、ズズン、と重い爆音が天井から降ってきた。同時に光と雨が差し込んでくる。
そうか。流石にここまでは、味方もトラップの有無を確認できていなかったのだ。
ここまで俺が健闘するとは思っていなかったのだろう、敵機は一旦地上に出て、こちらを迎え撃つつもりだ。
どうする? このまま追いかけても、敵機の速度ではすぐに引き返されて――いや、待てよ。
こちらは相手の背部スラスター放熱口を破壊したのだ。最新鋭機とはいえ、万全の状態ではない。このまま追いかければ、敵機を撃破し、リールの救出も可能かもしれない。
そうは言っても、流石に最新鋭機だ。天井に空いた穴に向かって軽々と跳躍し、小回りを利かせて排水溝から抜け出していった。
それを追いかける前に、俺はルイに情報を求めた。
「ルイ、敵機が地上に出た! 現在位置は?」
《中心市街地だ! 一応住民の退避は済んでいるが……》
「つまり、もう一暴れしても構わないんだな?」
《ぼ、僕の権限ではなんとも……》
権限? なんだ、ルイはそんなことを気にしているのか。だったら無視だな。
俺はロケット砲を、敵機の開けた穴に向けて発射。地上への脱出口を広げる。よし、これならこちらも地上に出られる。
「待ってろよ、リール軍曹」
小さく呟く。そして、豪雨とネオンの交錯する地上を見上げた。空中で二回、スラスターを噴射して、俺は地上へと飛び出した。
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