第13話
「今日の敵襲によって、この基地は総戦力の三割を失いました。重傷者は十五名、軽傷者は二十名、死者は七名。その内訳は、まず整備士が――」
招集がかかってすぐに、この会議は開始された。皆一様に視線を落とし、じっと動かずに、准将の警護を務める士官の報告を聞いている。
確か彼の名はバルシェ・ロンド少佐といったか。随分ひょろりとした印象の優男だが、リンドバーグ准将の補佐官を務めているのだから、頭は相当キレるのだろう。
ちなみに、准将はこの場にはいない。応接室で、大概の状況については別個に報告を受けているのかもしれない。
しかし、一体どれほどの人間がこの会議に集中しているのか。それははなはだ疑問だ。
涙目で鼻をすする者、腕をテーブルに上げて指先を弄ぶ者、頭からどっぷり血飛沫を浴びてしまった者。皆何を考えているのやら。
この第二ブリーフィング・ルームは、第一と違い、随分とこじんまりしている。床に段差はなく、長机がずらり。俺は正面から視線を逸らし、隣に腰を下ろしたルイと視線の先を合わせていた。
そこにあったのは、案の定、オルド大尉が最期に渡そうとした小さなプラスチック・ケースだ。
「大尉……」
ルイは小さく呟き、ぎゅっと瞳を閉じた。
思えば、大尉は俺の前で家族の話をしたことは一切ない。小耳に挟んだこととしては、奥さんと娘さんが首都に疎開している、ということくらい。きっと大尉は、余計な感情を戦場に持ち込みたくなかったのだろう。
ふっと俺は意識を現実に戻した。バルシェ少佐が、丸眼鏡の向こうで淡々と被害状況を述べていく間に、考えてみる。疑問点は二つだ。
まず、俺が戦闘中に出会った少女のこと。何者だったのだろう。あれ以前も以降も見かけていないのだが。
もう一つは、どうしてこの基地の情報が敵に漏れ、かつ、攻撃を受けたのか。敵機は十機近いステッパーと三十名あまりの歩兵で、この基地から軍事機密を盗み出そうとした。どうやって戦線を密かに突破したのか。
そんな思索を巡らせる俺の耳に、唐突に危険な単語が飛び込んできた。
「現在、この状況下において、内通者がいる恐れがあります。スパイです」
ガタタン、と一斉に椅子がずれた。冷たいざわめきが、あちこちで広がっていく。俺も慌てて腰を上げてしまった。
ルイは不安げにこちらを見上げてきたが、そんなことに構ってはいられない。
「誰なんです?」
俺は空を切るような口調でそう言った。ざわめきの中であったにも関わらず、その声はバルシェ少佐に届いたらしい。
「えーっと、君は……」
「デルタ伍長であります。ファースト・ネームはありません」
「ふむ」
バルシェ少佐は特に意に介することもなく、尋ね返してきた。
「ではデルタ伍長、今私に尋ねたのか? スパイは誰かと」
「はッ」
俺は、遅ればせながら敬礼する。
「仮に私に答えられたと仮定して、君は一体どうするつもりか?」
「この場で射殺します」
俺はわざと大きな音を立てて、ホルスターのボタンを外した。
「お、おいデルタ!」
「黙ってろ、ルイ」
俺は少佐から目を離さずに、ルイの心配をふっ飛ばした。一瞥もくれない。
「そんなことをしたら、君もまた軍法会議にかけられるぞ。軍を辞めさせられたら、生きていくあてはあるまい?」
「電気機械の修理屋でもやって食べていきます。ご心配は不要かと」
ルイが俺の袖を引いてくるが、気に留めない。留める余裕がない。
皆が唾を飲んだり、ため息をついたりしている間、俺はずっと少佐と目を合わせていた。俺の本気度が伝わればと思ったのだ。すると少佐は、『ふむ』と短く息をついてからこう言った。
「貴殿の熱意、確かに受け取った。しかし今はまだ、スパイの素性は不明だ。今はまだ銃を収めておきたまえ」
「はッ」
少佐からのリアクションが得られた――今俺が起こすべき行動としては及第点だろう。
と、その時だった。
「准将! どうかお部屋に……!」
「どけ! この基地が攻撃を受けたのだぞ! あんな地下壕に退避させられていなければ、私とて敵機の一つも落とせたものを……!」
「し、しかし!」
准将が怒鳴り声を響かせながら、廊下をやってくる気配がする。同時に、バルシェ少佐は段を下り、入り口へと向かう。ドアノブに手を伸ばした。――と思ったら、勢いよく開いた扉に突き飛ばされてしまった。
「うっ!」
辛うじて転倒を防ぐ少佐。そんな彼の前に、ドアの向こうから現れたのは、誰あろうあのリンドバーグ准将だった。しかしそこに、先ほどまでの威厳や落ち着きはない。左足を引きずりながら、鬼神のようなオーラをまとって入室してきた。
「准将、無理をなさらず!」
「何が無理なものか! わしとて軍人の端くれだ、退役した覚えは……うっ!」
息が止まるような呼吸音の後、ガタン、という転倒音がした。
『准将!』『准将!』と呼びかけながら、補佐官たちが准将に歩み寄る。しかし、今の『ガタン』という音は何だ? 硬質なものがぶつかり合うような音だったが。
「だから今回の前線基地のご訪問には反対したのです! その足ではあまりにも危険です!」
「バルシェ少佐、貴様、私が義足であることを馬鹿にしているのか!?」
なんだと? 義足だって?
准将の足元に目を遣る。そして俺は、目を見開いた。准将の革靴と、捲れたズボンの裾の間から見えてしまったのだ。鈍く光る、金属製の何かが。言うまでもない、これが准将の義足だ。
准将の歩き方をもう一度思い出してみる――少なくとも左足は、膝から下が失われているのだろう。
部下の手を振り払いつつ、演壇に手を着いた准将は、実に素早く立ち上がった。戦闘前の会議中に放たれていたオーラが復活する。しかし、准将の顔に温もりはない。
『休め』の姿勢を取る准将。それを見て、あちこちでまた椅子を引く音、敬礼する音が聞こえてくる。しかし、今回は号令をかけてくれる役――オルド大尉がいないので、タイミングはバラバラだ。
そんなことには頓着せずに、准将は返礼し、直立姿勢に戻ってから『座ってくれたまえ』と一言。
准将は一旦視線を落とし、唇を噛みしめた。シン、と静まり返ったブリーフィング・ルーム内では、誰も声を、挙句呼吸音さえも立てないでいる。
そんな状況で口を開いたのは、俺たちではなく准将の方だった。
「皆、誠に申し訳ない」
敬礼ではなく、深々と頭を下げる准将。ゆっくりと顔を上げていく。そこからは、いかなる表情も見受けられなかった。いや、いつもが穏やかな表情だったから、それが真顔になっているということは、それなりに思うところがあるのかもしれない。
しかし、次に発せられた言葉は俺にとっては意外なものだった。
「無念だ」
すると、入り口近くで人影が動いた。何かを受け取っている。よく見るとそれは小振りな、しかしパンパンに膨れ上がった丈夫な軍用袋だった。目で追っていくと、やがてそれはバルシェ少佐に手渡され、最終的には演壇の上にそっと置かれた。
「私という者がありながら、これほどの犠牲者を出すとは……」
そこでようやく、俺は袋の中身の見当がついた。これはきっと、認識票だ。軍属一人一人が、常に首から提げている小さな小判上の金属板。一つずつは片手に収まる程度の大きさだが、それが袋一杯に入っているとなると、相当な人数の仲間が命を落としたことになる。
准将は、涙を流す様子はなかった。だが、皺の寄った眉間に手を遣り、低く苦し気なため息をついている。すると、ちょうどため息の合間を縫うように、准将は言葉を喉から押し出した。
「皆、被害報告は受けたでしょうな? それでは今回の会議はこれにて解散。戦闘の後始末を頼みます」
それだけを告げて、准将は敬礼した。慌てて起立し、返礼する俺たち。しかしその誰とも目を合わせようとはしない。
降壇する准将を背中を見つめていた俺は、突然自分の名が呼ばれ、びくりと肩を震わせた。
「デルタ伍長!」
声の主はバルシェ少佐だった。
「直ちに応接室……いや、基地管理棟の准将の部屋へ」
「は、はッ」
すると少佐は満足気に頷き、軽く手招きをした。
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