第15話

「リンドバーグ准将、それは一体……!」

「口を慎みたまえ、デルタ伍長!」


 バルシェ少佐に阻まれ、俺はぐっと言葉を飲み込む。だが、尋ねたかったことの回答は、誰よりも俺が分かっているつもりだ。


『基地を任せるゲリラ部隊の編成はどのようなものですか?』


 決まっている。少年兵たちを使うのだ。捨て駒として。

 少年兵にステッパーを使いこなすのは、十中八九不可能だ。それを打開するには、半ば特攻しろと言い聞かせるしかない。かつての俺たちを死地に向かわせたように。


「君の懸念は分かっているつもりだ、デルタ伍長。だが、私とて作戦司令室の椅子にふんぞり返って、口先ばかりでこの地位に収まったわけではない。とっくに気づいているだろう、私の左足が義足であるということは?」

「は、はッ」


 唐突に畳みかけるように話をされて、俺は戸惑った。敵襲を受ける前の、おぞましいまでのオーラは鳴りを潜め、准将はぐったりとした様子で椅子に腰を下ろしている。


「義足……?」


 小さな呟きを漏らすルイ。回答はない。しかし、直後に准将の取った行動ほど、明快な答えはなかった。准将が、制服の左足の裾を捲り上げたのだ。そこには――。


 ルイの目が大きく見開かれるのが、俺の視界の隅に入ってくる。その視線の先で、准将は小鳥がさえずるような、甲高い金属音を立てながら、左足を取り外した。それをそっと、机の上に置く。


「忘れもしない、三十二年前の九月七日、荒野で敵と交戦状態に入った時のことだ。私は足だけで済んだがね」


『戦友は足どころか、全身が飛び散って死んだのだ』。そんな准将の声が聞こえてくるような錯覚に、俺は陥った。


「正確には、当時はまだ戦争にはなっていない。だが、隣国との関係が冷え切っていた時期だ。敵との遭遇も、少なからずあった」


 遠くを見るような目で、准将は続ける。


「君たち――特にデルタ伍長には及ばないだろうが、私とて生身で戦ってきた人間だ。危惧は分かる。だが、できる限り『悲しまれることなく死ぬことができる人間』を利用するほか、この戦争に勝つ手段はない」


 次の瞬間のこと。俺の視界には、ぼんやりとした茶色い電灯が映っていた。背中をしたたかに打ちつけたらしく、軽い鈍痛がする。何があった?


「デルタ!」

「デルタくん!」

「お前、一体何を……!?」


 ルイ、リアン中尉、ロンファと、順番に声が聞こえてくる。


「デルタ伍長、そこまでして軍法会議にかけられたいかね?」


 意地の悪さと厭味ったらしさを兼ね備えた声は、バルシェ少佐のもの。その声に、俺ははっと、自分がしようとしていたことが何だったのかを思い出した。

 リンドバーグ准将に、殴りかかろうとしたのだ。きっとそれを少佐が受け止め、俺を突き飛ばしたのだろう。


「止めんか、少佐」

「しかし、私の任務は准将を補佐し、お守りすることです」

「ならば君は必要ない。ここに集った少年少女たちには、十分すぎるほどの責め苦を味わわせた。暗殺されるなり、暴行されるなりといったことは覚悟の上だ」


 すっと俺を見下ろす准将。


「あの勢いだと歯が二、三本は飛んだと思うが、私の背負った罪業に比べれば軽いものだよ」


 一体何度目になるのだろうか、准将は長いため息をつきながら、姿勢を崩してソファに身体を埋めた。


「デルタ……」


 俺はルイの手を借りて、ゆっくりと立ち上がった。


「デルタ伍長、きっと君は、私とは一生相容れることはないだろう。だからこそ、私は君と真剣に向き合うし、君の背負った重荷を分かち合う覚悟はしているつもりだ」


 遠い目になっていた視覚の照準を室内に戻し、准将は俺と視線を合わせた。初対面の時に感じさせられた畏怖の念は、自然と取り払われてしまったようだ。

 准将の瞳は、俺以上に俺のことを知っている、というような鋭さを伴っていた。しかし、緊張感や不快な感情を呼び起こすものではない。


『俺のことを知っている』――その意味するところは、俺が『ステッパーという兵器に頼りつつも、憎しみを捨てきれないでいる』ということを承知している、ということだろう。


「皆、すまない。私とデルタ伍長の二人きりにしてもらえるかね」


 そう告げる准将。その声には、皆に対する威厳よりも、気遣わしげな気配が感じられた。


「し、しかし准将……!」

「口を出すな、バルシェ少佐。命令だ」


 取りつく島もない言い方の准将。少佐は軽く肩を上下させてから、率先して司令室を出ていった。


「さあ、私たちも」


 そう言ったのはリアン中尉だ。ルイもロンファも、扉の前で待機している中尉の前を通って退室していく。その時、誰かの視線を感じて、俺は周囲に目を遣った。

 どこからだ? と考えていると、ちょうどリアン中尉に手を引かれているリールの姿が目に入ってきた。なんということはない、彼女が俺を睨みつけていたのだ。確かに、自分に『殺すぞ』などと言ってきた相手に、易々と心を開くことはできないだろう。


 気になったのは、リールがちゃっかり、ルイの作業着の袖を掴んでいたということ。確かに、ルイの腕前が一部の他基地でも噂になるほどの実力であることは知っていた。そんなルイにリールが憧れているであろうことは、先ほどの会話で明らかだ。

 しかし出会って早々に密着状態とは。

 別にリールに好いてほしいとは思わないが、共に首都防衛部隊に編入されるのだ。一つ屋根の下で同じ釜の飯を食うのだから、俺もある程度の相互理解は図っておくべきかもしれない。難儀だろうが。


 そんな俺を現実遊離状態から引き戻したのは、准将の一言だ。


「さ、座ってくれ。デルタ伍長」

「は、はッ」

「敬礼はいらんよ。私は君と似たような体験をして――しかし真逆の考え方をしている者として、意見交換をしたいだけだ。ルイくんを相手にしているとでも思って、楽にしてくれ」

「……」


 そう言われてしまうと、言葉の返しようがない。

 俺がどうしたものかと内心首を捻っていると、義足を着け終えた准将が立ち上がるところだった。俺と向かい合うようにして、反対側のソファに腰を下ろす。


「一杯、いかがかな?」

「は、はあ」


 間抜けな音が喉から出てしまったが、実際俺の思考は複雑だった。そもそも、俺は酒を飲んだことがない。しかし、付き合わなければ無礼だろう。俺は准将に促されるまま、グラスを前に押し出し、琥珀色の液体を注いでもらった。


「恐れ入ります」

「構わんよ、そう堅苦しくならずとも。まずは乾杯だ。今日を生き延びられたことに」

「はい」


 カツン、と二つのグラスが音を立てる。先ほどまでの緊張感がいっぺんに瓦解していくようだ、と俺は思った。


 初めて俺たちの前で演台に立った時のようなオーラは、今は全くというほど感じられない。このリンドバーグ准将という人間は、相手に対する緊張感の上げ下げが容易にできる、そんな人種なのだろう。


 それはさておき。

 俺は両手で握り込んだグラスを、ゆっくりと目の高さに上げた。ふっと、息が詰まるような、しかし芳醇な香りが鼻腔を占める。少年兵時代、リーダーに支給されていたのはこういうものか。

 俺はそれ以上何も考えず、無造作に口をつけた。


「!?」


 そして、途端にむせ返った。


「大丈夫かね? ああ、もっと飲みやすいものを用意させればよかったな。このウィスキーは、度数が高すぎるかもしれん」


 ウィスキー? 度数? 何のことだ?

 俺が戸惑っていると、


「炭酸水だ。今はこれしかないが……。すまない、付き合ってくれ」

「は、はい……」

 

 准将は三つ目のグラスを引き寄せ、酒が入っていたのとは別なボトルから透明な液体を注いで差し出してきた。


「ありがとうございます」


 そう俺が言い終わる頃には、准将は一杯目の酒を飲み干すところだった。しかし、その顔色は全く変わりない。


「私を憎んでいるだろう、デルタ伍長?」

「!」


 面と向かって尋ねかけられ、俺は狼狽した。


「い、いえ、しかし……」

「無理もない。親なしとはいえ、まだ年端のゆかぬ少年少女を戦場に駆りだそうというのだからな。君も五年前、オルド大尉たちに救出されるまではそのような扱いだったのだし。多くの戦友の死を見てきただろう」


 俺は視線を下げ、『おっしゃる通りです』と一言。


「確かに、私が推進しているステッパー改良研究開発費を、貧しい子供たちに分け与える食料品にすることは簡単だ」


 二杯目に口をつける准将。


「だが、ステッパーなくしてこの戦争は終わらない。つまり勝機を見出すことはできない」

「……」


『承知しています』と堂々と言えればよかったのだろう。しかし、仲間たちが次々にステッパーの餌食になっていくのを見た後となっては、その事実を肯定するのは困難だった。

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