第2話
「チームリーダーへ、こちらチャーリー! 敵は爆発物を所持! 投擲式か発射式かは不明! 全員、立ち上がっている敵兵には警戒しろ!」
《チームリーダー、了解》
《アルファ、了解!》
《こちらブラボー! チャーリー、お前無事か!?》
「ああ、大丈夫だ!」
そこまでの会話を聞いたその時、くらり、と自分の足がもつれた。
「うわ!?」
「おい、何してるんだ、デルタ!」
俺を引っ張り起こそうとするチャーリー。その額はぱっくりと割れて、片方の目が塞がれている。俺は必死にマシンガンに手を伸ばしたが、チャーリーはそんな俺を怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎! さっさと移動しねえと動きを読まれる! 今度は俺たち自身が吹っ飛ぶぞ!」
「でも武器が……」
「ライフルを使え! アルファ、生きてるな?」
《ああ!》
銃声に混じって、咳き込みながら聞こえてくるアルファの声。
「手榴弾だ! あるだけ投げろ! できるだけ敵がまとまっているところに!」
《いい判断だ、チャーリー。ブラボーは孤立している敵兵を優先的に排除しろ》
《了解だ、リーダー殿!》
俺は廊下を駆けながら、窓から外を覗き見た。森林と廃墟の間に、多数の死体が転がっている。ある者は腹を撃ち抜かれ、ある者は四肢をふっ飛ばされ、またある者は臓物をぶちまけながら喚いている。
なんとか接近を試みる者もいるが、次々と額を撃ち抜かれている。ブラボーの腕は流石だ。
俺たち五人は、この少人数では十分すぎるほどの戦果を挙げていた。少なくとも、こちら側は死者を出すことなく、これだけの阿鼻叫喚の図を展開してみせたのだ。
だが、そこに栄誉や誇らしさは存在しない。訓練とチームワークの賜物、としか言い様がないのだ。逆に言えば、俺たちとて自分たちが生き残ることだけで精一杯。隙を見せれば、チャーリーのように負傷することになる。まあ、片目を失明するだけで済むのだから、それは僥倖と言えるかもしれないが。
《こちらアルファ、手榴弾が尽きた! それに、ここからじゃライフルの狙いがつけられない! 指示を頼む!》
《チームリーダーよりアルファ、この廃墟の設計図は頭に入っているな? 一旦屋上を空けて、三階まで降りろ》
《それからチャーリーやデルタの上に出るんだな? りょうか――》
その時だった。
《待て、焦るなアルファ!!》
チャーリーが叫ぶ。が、その言葉尻は爆発音に紛れ、聞こえなくなってしまった。
「デルタ、無事か!?」
「あ、ああ!」
しかし、前方に目を戻したチャーリーは、腹這いのまま呻き声を上げた。
「ど、どうしたんだ!?」
「アルファがやられた! 皆、アルファがやられたぞ!!」
視線を先に遣る。そこにあったのは、円形に広がった血溜まりだ。
「あ、アルファ……?」
呟いた直後、何かが俺の後頭部に降ってきた。
「何だ……?」
『アルファがやられたらしい』というぼんやりとした感覚で、俺は『それ』を拾い上げた。そして――絶叫した。
腕。肘から先、骨や太い動脈の露出した腕が、今自分の手に載っている。よく見ると、これは右手で、人差し指にはサファイアのはめ込まれた指輪が通してある。アルファが、母親の形見だと言っていた。つまり、これは間違いなくアルファの腕であり、その持ち主であるアルファは木っ端微塵になってしまったのだ。
呆然とへたり込む俺の腕を、チャーリーが無理やり引っ張り込む。
「アルファは死んだ! そんなもん捨てて、俺に続け!」
「で、でも!」
俺はアルファの遺体――と言えるほどのものも残っていない、肉片の中――から動きたくはなかった。あのアルファが死んだのだ。ついさっきまで、一緒に栄養ゼリーの不味さに苦笑し合っていたアルファが。
せめて自分が鎮魂の祈りを捧げなければ、と思うのは傲慢だろうか。その答えは、すぐに無線機から聞こえてきた。
《チームリーダーより各員、敵のステッパーを確認した!!》
珍しく冷静さを欠いたリーダーの声。ブラボーの『マジかよ!?』という、悲鳴に似た声が俺たちの絶望感に拍車をかける。
『ステッパー』――。汎用型対人歩行ロボット兵器。つい三、四年前から戦場を跋扈し始めた、軽量耐爆素材と防弾ガラスから成る機械歩兵。高い機動性と空中姿勢維持性能を持つ。
歩行原理は知らない。何故歩く必要があるのかも知らない。また、どうしてそんな気の抜けた名前がつけられているのかも知らない。ただ一つ確かなのは、自分が立ち止まってしまったが故に、ステッパーに攻撃の隙を与えてしまったことだ。
「ッ!」
俺は蛇に睨まれた蛙も同然だった。
防弾ガラス越しに、ヘッドギアを被ったパイロットと目が合ったような気がした。明らかに敵のパイロットは、俺のことを次の目標に据えていたはずだ。ステッパーの右腕に装着された、三連装ガトリング砲が回転を始める。
逃げられない。俺もアルファ同様、あれに木端微塵にされてしまうのだ。
そう思った直後のこと。
俺の左肩に、鈍痛が走った。右側頭部を壁にぶつけ、三半規管が一瞬麻痺し、耳が遠くなる。
そんな俺の耳に捻じ込まれるように、ガトリング砲の大音響が響き渡る。唸りを上げるその先にいたのは――。
「チャーリー!!」
俺が叫んだ時には、俺の視界は真っ赤だった。いや、紅色だ。赤よりも鮮やかな紅。一瞬で、チャーリーは粉微塵になってしまった。
「デルタよりリーダー、ちゃ、チャーリーが……!」
《デルタ、撤退しろ! ライフル程度で歯が立つ相手じゃない!》
《こちらブラボー、連中のキャノピー、対戦車ライフルも通さねえぞ!!》
ブラボーの声すら悲鳴になっていた。見れば、森林から飛び出すように跳ねながら、数機のステッパーがこちらに向かってくるところだった。
《リーダーより生存者各員へ、総員撤退!》
すると、俺に銃口を向けていたステッパーが、背部から反りの入った大型ナイフを取り出した。空中制止状態からもう一段ホバリングし、一気に高度を上げていく。
やっとのことで腹這いになり、頭部に手を遣る俺。そんな俺が気づいたのは、どうやら俺たちの無線は敵に筒抜けだったらしい、ということだ。俺を見逃し、代わりにリーダーを殺すつもりなのだろう。
《繰り返す! 総員てった――》
続いて無線に入ってきた、ザン、という軽い擦過音。すると、壁に開いた穴から見えてしまった。頭部から真っ逆さまに落ちていく、リーダーの上半身が。
あまりの斬撃に、臓物が飛び出る間もなかったらしい。下半身もまた、上半身とは別々に屋上から落ちていく。俺の目前を通過して。
《デルタ、デルタ聞こえるか? ブラボーだ!》
「お、俺たちはどうしたらいい!?」
《お前は逃げろ》
「えっ……」
言われている意味が分からない。
《俺はせめて、一機くらいは道連れにしてやる! だからお前は逃げろ!》
「ちょっ、ブラボー、何を……!」
無線越しに聞こえてくる、カチン、という金属音。まさか――。
「待ってくれブラボー! 手榴弾なんか通用しないぞ!!」
《零距離ならまだ見込みがある! 敵の腕の一本くらいはぶっ飛ばすから、その間にお前は逃げろ!》
ガシャリと鳴って無線は聞こえなくなった。ブラボーはもう意を固めてしまったらしい。
「おいブラボー! ブラボー!!」
《……》
もはや、無線機からは虚しい砂嵐のノイズしか聞こえてこない。
安全確認もせずに、俺は窓から顔を出した。すると真下、一階から人影が飛び出した。あのすっとしたノッポな体格は、明らかにブラボーだ。否、ブラボー『だった』。
伏せていた敵兵たちが、ブラボーに一斉射撃を加えたのだ。ステッパーを守るべく、前進してきていたらしい。
はっと息を飲む間に、ブラボーは肉片へと変わってしまった。特攻も虚しく、手榴弾はその場で爆発する。
「ッ!!」
ブラボーの血飛沫がステッパーのキャノピーに降りかかり、その視界を遮る。まごついているのか、奇妙な駆動音を上げるステッパー。
残されたのは俺だけだ。ここで、戦友たちと共に俺は死ぬのだ。
敵は小隊を増強したらしく、今やこの廃墟は、五十名近い敵兵たちに包囲されている。足止めという、今回の作戦は失敗だろう。
でも。たとえそれでも。せめて、一矢報いてやる。
俺は自分にも支給されていた手榴弾を握り込んだ。
リーダー、アルファ、ブラボー、そしてチャーリー。お前たちの無念、この俺が晴らしてやる。
特攻を仕掛けたブラボーが最後の一人、と敵は勘違いしたらしい。屋上でリーダーを斬殺したステッパーが下りてくる。奴の足の間に潜り込み、自爆してやる
俺が手榴弾のピンを外そうとした、その時だった。
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