第26話

 すると、まるでタイミングを見計らっていたかのように銃声が響き渡ってきた。明らかに敵襲だ。

 俺は咄嗟に腰のホルスターに手を伸ばそうとして、しかし、そこに拳銃がないことを察した。当然だ。独居房に入れられた人間が武器を携帯しているわけがない。


「全員そこを動くな!!」


 大声が大ホールいっぱいに木霊する。シャンデリアが銃撃で落下し、急に照明が暗くなった。


「この司令部は、我々『血の統一戦線』が占拠した!! 無駄な抵抗は止めろ!!」


 大部分の人々が伏せる中、小振りの自動小銃を手に叫んでいる男がいる。テロリストの隊長だろう。『血の統一戦線』という名は聞き覚えがある。敵国の特殊潜入部隊の通称だ。

 しかし、一体どこから潜り込んだのか?


「ちょ、ちょっと離してよ! 痛いじゃない!」


 リールの声がする。伏せたままそちらに首を巡らせると、テロリストのメンバーが彼女を引き連れ、隣部屋へと渡っていくところだった。

 あの先に脱出口があるのだろうが、一体どこに繋がっているんだ?


「う、うわ! 撃たないでくれ!」


 再び響いた声に、俺ははっとした。この声、ルイか! 

 呼応して叫びかけそうになったところを、俺はなんとか我慢した。ルイはそのまま、リールが連行されたのと同じ部屋へと連行されていく。


 俺は察した。きっと、テロリストたちは俺たちの拉致または殺害を目的に送り込まれたのだ。だから最新鋭機を扱えるリールと、その整備や部品開発が可能なルイをさらっていくつもりなのだろう。


 それに対し、リアン中尉は殺害された。士官だから、拉致するよりは殺してしまった方が都合がいいと判断されたのかもしれない。

 待てよ。ということは、俺も拉致または殺害の目標とされているかもしれない。制服姿の士官が大半を占めるこのホールで、この血塗れの作業服姿は相当目立つはず。

 そこまで考えが及んだ時、俺の視界で何かが動いた。それは、リアン中尉の目だ。彼女の見開かれた瞳が、鏡のように俺を見返している。それと、俺の背後から忍び寄る者の姿を。


『ありがとうございます、中尉』


 そう念じた俺は、勢いよく振り返って両腕を突き出した。

 バシン、と響く鈍い打撃音。俺の両手は、背後から迫っていたテロリストの手首を握り返していた。その手には大振りのナイフが握られている。

 俺が反応したのが意外だったのか、相手はすぐにナイフを取り落とした。カラン、という軽い落下音が響く。俺はそのまま腕を思いっきり捻り、足を引っかけて相手を転倒させた。


「おい、ガキ一人に何をやってるんだ!?」


 テロリストの隊長の怒号が飛ぶ。しかし、俺は無視して屈み、ナイフを取り上げて思いっきり相手の首筋に突き立てた。

 すぐに引き抜く。相手は声もなく、プシュッ、と軽い音と共に、血を噴水のようにまき散らした。


「貴様!!」


 隊長が銃を構える。だが、俺は怯むことなく振り返り、ナイフを投擲。ナイフは隊長の眉間に綺麗に刺さった。

 微かな動揺が敵に広がるが、残る四名はすぐさま銃口をこちらに向けた。


 俺はさっさとしゃがみ込んだ。俺の身体があった場所に、無数の弾丸が殺到する。

 だが、俺は自分でも意外なほど冷静だった。リアン中尉の遺言が、俺に冷静さをもたらしてくれているようだ。


 刺殺したテロリストの死体へと這いずり、その腰から拳銃を引き抜く。セーフティを解除し、こちらは撃たずに敵の発砲音から射線を読む。

 テロリストに対して、死角はいくらでもあった。俺が匍匐前進していれば、屈みこんだ制服組の連中が邪魔で俺に狙いをつけられない。これは一つの賭けだったが、敵も大量虐殺をするつもりはなかったらしい。好都合だ。


「さっきのガキは!? 隊長を殺った奴はどこだ!?」

「どこかで身を低くしているはずだ、探せ!」

「畜生! こんな腕利きの戦闘員が司令部にいるなんて、聞いてねえぞ!」


 ああ、そうかい。生憎、俺の立場は整備士だったからな。

 敵は、四人のうち二人がホールの壁沿いを回り、残る二人が中央に踏み込んで捜索することにしたようだ。

 だが俺は腹這いで、人混みに潜んでいる。耳を澄まし、常時変わっていく敵の配置を把握しながら。まさか隊長が殺されるとは思っていなかったのか、相手は動揺している。人質を取るだけの余裕はないようだ。


 しばらく息を潜めていると、敵の一人がちょうど近づいてきた。それも真正面から。

 俺はゆっくりと腕を伸ばし、拳銃を相手の足に向けた。

 あと五メートル、四メートル、三メートル、二メートル――今だ!


 俺は無造作に三発発砲。相手が叫びながらこちらに倒れ込むのを見つめ、その頭頂部に銃口を押し当てた。さらに二発。零距離で放たれた弾丸は、すぐさま相手の頭蓋骨を粉砕し、脳漿を俺の顔に浴びせかけた。


「おい、そこだ!」

「み、見えねえぞ!」

「また一人やられた!」


 俺は間髪入れずに拳銃を放棄。射殺した相手の身体から自動小銃を取り外し、自分で装備した。恐らく三秒以内で済ませられたはずだ。

 それから、立ち上がると同時に相手の身体を引っ張り上げ、盾にする。一瞬、残る三人のテロリストたちが怯むのが感じられた。明らかに絶命している仲間が立ち上がったように見えただろうから。


 俺はその息を飲む気配から、三人の位置を把握。死体を盾にしたまま、片手で自動小銃を速射した。

 テロリストの一人が仰向けに倒れ込む。しかし、俺の手には鈍い感覚しか流れてこない。やはり防弾ベストくらいは着用していたか。

 倒した相手を無視し、俺はその場で一回転しながらフルオートで弾丸をばら撒いた。三百六十度だ。相手の体格が似たようなものであったことが幸いし、高さを調整する手間が省けた。一人は眉間に穴が空き即死、もう一人は首筋の動脈から血飛沫を上げた。


 ちょうど弾切れを起こしたのを確認して、俺はテロリストたちの死体から弾倉を拝借すべく駆け出した。拉致された二人を救出しなくては。平和ボケした司令部の衛兵たちはあてにできない。

 俺はさっと屈みこみ、相手の腰元から弾倉を取り外そうとした。しかし、俺は前のめりに転倒した。いや、引き倒された。


「うおっ!?」


 殺したと思った相手は、まだ息があったのだ。防弾ベストを着ていた奴だ。完全に俺は油断していた。

 相手は俺を掴んだまま半回転し、俺に馬乗りになった。腰元から大振りのナイフを取り出す。

 このままでは、確実に喉をやられる――。俺は咄嗟に左腕をかざし、無理やり盾にした。


「ッ!」


 激痛に息が詰まる。肘に突き立てられたナイフは、それから僅かにずれて俺の上腕の筋肉を裂いた。俺は右腕で相手の手首を握り込み、ナイフを押し上げようとする。相手もナイフを押し込んでくる。

 俺は、ギチギチと自分の筋組織が切り裂かれていくのが分かった。だが、ここで退くわけにはいかない。左腕を逸らしてしまったら、次は首をやられる。

 相手も歯を食いしばり、必死の形相だった。唾と汗と若干の血の混じった液体が、俺の顔に滴ってくる。


 どのくらいの時間が経っただろう。誰も助太刀してくれないところを見ると、十数秒といったところだろうか。

 仕方ない。俺はなんとか息を吸い込み、腹から叫んだ。


「左腕くらい、くれてやる!!」


 それと同時、相手は驚いたかのように目を見開いた。直後、俺は思いっきり膝を曲げ、相手の腹部を蹴りつけた。いつかロンファにやられたことだ。

 ザクリ、と生々しい音を立てて、ナイフが俺の左腕から離れた。相手も防弾ベスト越しとはいえ、胴体にダメージが及んでいたのだろう。思いの外呆気なく吹っ飛んだ。

 すると、ようやく状況を飲み込んだらしい周囲の衛兵たちが銃を突きつけ、そのまま相手をハチの巣にした。防弾ベスト越しとはいえ、これだけの弾丸を浴びて生きていられるとは思えない。

 俺は自分の役割が終わったことを察し、仰向けに寝転がった。不思議と、左腕は痛くはなかった。感覚そのものがなかった。


「ああ……」


 今日何度目かのため息をついて、俺は自分に気絶することを許してやった。

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