第8話 その真の姿は

 アメジストの瞳を不機嫌そうにすわらせ、私のことをきつく睨み付けるシャルロ様は先ほどまでの甘言botも同然であった彼とはまるで別人のようです。その変わり身の早さには毎度のことながら感心してしまいます。


「ハイハイ。それは悪かったですね」

「ちょっと! 今、軽くあしらったよね!? 仮にも僕はこの国の第二王子だよ? 敬意が足りなさ過ぎる!」

「滅相もない! シャルロ様のこともきちんとお慕いしておりますよ」


 エルシオ様には遠く及びませんけれども、貴方も一応前世から応援していた攻略対象の内の一人ですので。


 そんなことを口にしようものなら烈火のごとくお怒りになられるのは自明の理なので、そっと心の中にとどめておきます。それに、シャルロ様ともかれこれ十二年ほどの長い付き合いになりますが、未だに前世云々に関しては軽率に触れられない領域なのです。


 彼は、私の浮かべた精一杯の作り笑顔を、まるで虫けらでも見るかのように冷ややかな目で見ました。


「含みのある言い方だね。どうせ、『エルシオ様には適わないけど』とかろくでもないことでも考えてるんでしょ」

「何で分かったんですか!? シャルロ様ってエスパーだったのですね!」

「っ! ちょっとは否定しなよね。ホントにムカつく」


 はぁ、と海よりも深いため息をつき、シャルロ様はぼやくように仰いました。


「全く。僕には、あの堅物兄様のどこがそんなに魅力的なのかさっぱり分からないよ。あっ、『エルシオ様のことを否定する言葉はたとえシャルロ様であろうとも許しません!』って言うのは禁止ね。聞き飽きたから」


 凄い。

 私の思考回路を完全に掌握なさっている。


 初めてお会いして彼に『想像よりも可愛くない』と理不尽に罵られたあの日から早十二年、このような軽口を叩き合い続けてきた成果が如実に発言に表れております。


 重ねてきた月日の長さを考えたら、なんだか急に目の前のシャルロ様に対して親愛の情が湧き出してきました。前世には画面の向こう側にいて、決して手の届かないお人だったけれども、今ではこんなくだらないやり取りを当たり前のように交わせている。とても感慨深いです。 


「シャルロ様は、よく私のことをご存知でいらっしゃる。これも私への愛故でしょうか」

「は、はあっ!? だ、だだだだだだだれが、色気も可愛げもないネリのことなんて――」

「ああっ! どうでも良い話をしてたら、折角の焼きたてのスコーンが冷めきってしまいました! ほら、早くおあがりください」


 白磁の頬にほんのり朱色を散らしたシャルロ様は私に急かされるや、急に憮然とした顔つきになりました。


「ネリの馬鹿!!」


 子供のように捨て台詞を残し、談話室の中に入るため、逃げる様に一旦その場を立ち去られたのでした。


 いつも思わされることですが、女性に対して余裕ぶって接していた彼とはまるで別人のようです。


 第二王子シャルロ=ラフネカース=ヴィグレントは、先ほどまでのルヴィアンヌ様とのやり取りが証明している通りに、この国では悪名高いタラシ王子です。


 しかし、それは世を忍ぶ仮初の姿といえましょう。


 何を隠そう、その真の姿は王道をまっしぐらに爆走するツンデレキャラなのです。


 この一見不可解な現象について、前世自他共に認める『ときめき★王国物語』ヲタクであったこの私が解説致しましょう。


 ゲームでも、シャルロは自分に落とせない女性等この世に存在するはずがないと本気で思い込んで生きてきたような人です。


 この部分だけ聞きかじると、夢見がちな妄想男子もいたものだと一笑に付されそうですが、事実、彼はその自分の信念を体現するかのように生きることができてしまった。

 夢物語のような現実味のない話を、実現するだけの力を持ってしまっていたのです。恵まれた類まれなる美貌に加えて、女性が望む通りの甘い言葉、エスコートの数々を、誰に教わるでもなく、自然に身につけた彼は無敵でした。


 そこに、ティアというヒロインが現れて、彼の信念とすら呼べるものは、初めて打ち砕かれます。


 自分の夢に向かってひたむきに走り続けていた彼女は、最初、薄ぺっらい言葉を繰り出す浮ついたシャルロには見向きもしないのです。


 シャルロにとって、彼女との出逢いは衝撃そのものでした。


 この女は、自分のアイデンティティとも呼べる大事なものを脅かしかねない危険な存在である。


 自分に落とせない女性なんぞこの世にいるわけはない。

 証明しなければ気が済まない。


 このような思考回路に陥り、ムキになってヒートアップした彼は、中々振り向いてくれないティアに対してどんどん余裕がなくなっていきます。


 今までまともな恋をしてこなかった分、彼の本気の恋愛偏差値は恐らく小学生レベルなのでした。好きな女の子に対してだけは、やたらと冷たくあたり、中々素直になれない男の子。あの感じです。


 彼はその典型であり、気づけばティアに対してだけは、超絶ツンデレキャラになってしまうというわけなのです。


 兎にも角にも、絶滅危惧種とすら思えるほどに王道をゆくそのツンデレが世間に波紋を呼び起こし、彼は乙女ゲーマーのある一定層から絶大な支持を得たのです。



 この世界のシャルロ様もまた、ゲームの彼と全く同じような思考回路をお持ちでした。


 そんな彼にとっては、『何があろうとエルシオ様一筋です!』という強い意志を持っていた私は、ある意味超絶規格外で、理解の域を超えている存在であったのだと思います。


 でも、同時に、本当にそれだけに過ぎないのです。


 今、シャルロ様が私に対して抱いているのは、恐らく、不可解な珍獣に対しての戸惑いであり困惑。

 ゲームの彼がティアに抱いていた恋心とは、全く似て非なるもの。


 だって、私は、選ばれしティア=ファーニセスとは違う。

 この世界においては、単なる脇役に過ぎない。

 王子様方に何かと気遣っていただけるのは、全て家柄の恩恵にあずかったというだけのこと。

 どんなに近づけた気がしても、それだけは履き違えてはいけないのです。

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