【SS② 王族の食事】

 

 食堂は、基本的には、私たちのように城に住み込みで働く者たちが、食事をとる場所です。


 もちろん、王族のためのお食事の場所は、こことはまた別にあります。

 十年前、内緒でエルシオ様に連れられてそのプライベートダイニングルームに足を踏み入れたことがありますが、そのあまりの広さと豪華さに目を剥いた記憶があります。


 あれはたしか、私が六歳になったばかりの頃のことでした。



 そこは、長細いお部屋でした。

 光沢のある漆黒の長いテーブルが部屋の奥に向かって悠然と伸びておりました。


 長机を囲うようにして、いかにも座り心地の良さそうな布張りの椅子の一つ一つが、大きく間隔をあけてぽつりぽつりと飛び石のように並んでいました。

 頭の上では豪奢なシャンデリアがきらきらと金色の光を跳ね飛ばしており、周りを見渡せばこの世界が誇る有名画家の大きな絵が幾枚も。

 部屋の最奥ではマントルピースが赤々と燃えていました。


『エルシオ様達は……普段、ここでお食事をされているのですね』


 たしかにそこは、思わず感嘆の息が漏れ出てしまうほどに、絢爛豪華なお部屋でした。


 しかし。


『あまりにも椅子と椅子の間隔が開きすぎていて……隣の人とお話しするのも、難しそうです』


 それが、このお部屋に入った時に直感的に抱いた素直な感想でした。


 この大きくて豪勢なお部屋でお食事をとることが許されるのは、王族のみ。

 わずか、数名で食事をとるにしては、あまりにも広すぎる。

 この部屋で、和気あいあいとした和やかな食事をとっている様子は、哀しいことに全く思い描けなかったのでした。


 この寂寞感を、私は一年前にも経験したのでした。

 初めてエルシオ様のお部屋に入らせていただいた時と、同じ。


 虚をつかれたような顔で私を見ているエルシオ様に気づき、私は慌てて手を振りました。


『も、申し訳ございません……差し出がましいことを申してしまいました』

『いや。ネリの言う通り、ここに出てくる料理は確かに一級品ばかりだが、どこか味気ない』


 そう言って淋しそうなお顔をした彼に、とてつもなく胸が疼きました。


 当時九歳だったエルシオ様はあどけなさを残しつつも着実に美青年へと成長しはじめつつあり、今の完成された美貌とはまた別の魅力をお持ちでした。真剣に心の柔らかい部分をさらそうとしてくれていた当時の彼には本当に申し訳ないですが、あの時の私は、愁いを帯びてより艶やかさを増した彼の横顔から目をそらせず、シチュエーションを全く無視したドキドキを味わっていました。


 アンニュイな雰囲気のせいか、いつも以上に色気が立ち昇っている気がしたものでした。まだ九歳なのに末恐ろしい麗しさだったのです。心拍数が跳ね上がらない方がおかしいくらいに。


 私がそのような不埒な思いを抱いているとは露知らず、無垢なエルシオ様はそっと私の服の裾をつままれたのでした。


 エルシオ様の、高貴な御指が私の服の裾を掴んでおられる! 


 呼吸が浅くなっていくのを気づかれまいと必死に平静を装っている間にも、エルシオ様は私を見やっては目を伏せ、それを何度も繰り返したのち、力なく視線を床に落としました。


 伏せられた紅蓮の瞳は、いつになく少しだけ潤んでいて、心臓を素手で掴まれるようでした。このままキュン死にさせられるのではないかと焦り始めたところで、エルシオ様が床に向かって風に吹かれたら消えてしまいそうな小さな声で仰ったのでした。


『……将来、ネリが大きくなった頃には、ネリも私達と一緒にここで食事をとることになる。息の詰まるような思いを、ネリにもさせてしまうかもしれない』


 へ……?

 あまりにも声が小さすぎて、聞き取れなかった。

 私としたことが、エルシオ様の尊いお言葉を聞き漏らすなんて、なんというもったいないことを……! 


 間抜けにも彼のお言葉を聞き漏らした私は、ぼうっとエルシオ様のご尊顔を見つめ返したのでした。


 再びお顔をあげなさったエルシオ様の瞳には呆けている私が映っていました。

 パチパチとマントルピースで薪の爆ぜる音だけがこの部屋を支配し、それがやけにあの時の私の心臓をざわつかせて――


『……それでも、どうか私の傍にいてほしい』


 ――その言葉は私の胸の真ん中にすっと落ちて、火花のように激しく光りました。次の瞬間、心臓がぎゅうっと締め付けられて、血は奔走し煮えたぎるように熱くなりました。


 部屋の端で燃えているマントルピースよりも赤い瞳が、視線を逸らすことすらも許さぬ凄まじさで私を見つめていたのでした。

 その瞳には、火のように強く、揺るぎのない意志が波打っていて。


 なるほど。 


 長い間心閉ざしきりだったエルシオ様は人を信じることを恐れ、他人を拒絶して生きてきました。そこを、無理やりこじ開けた私に対して彼が思慕のような感情を抱くのは考えてみれば当たり前のことだったのかもしれません。


 今彼がこんな風に私を求めてくれているのは、本来この瞳が向けられるべき運命のお相手にエルシオ様がまだ出逢っていないからだ。

 彼が今私に抱いている感覚は、親鳥にすり寄りたい雛のようなものに過ぎなくて、所詮は彼と彼女が出逢うまでの間に合わせに過ぎない。


 いつかはティア様のもとに羽ばたいていってしまうエルシオ様。

 だからこれは、時が満ちればすぐに忘れ去られる、仮初の淡い情。


 分かっているのに、彼の真っ直ぐな言葉にこんなにも胸を締め付けられてしまうことが、あの時の私には少し哀しかった。


 どこか切羽詰まっているようなご様子の彼を安心させたくて、私は微笑みました。


『貴方様がお望みならば、ネリはいつでも貴方様のお傍におりますよ。貴方様のお傍に置かせてもらえるのならば、私はどこにいたって幸せですから』


 私は、期間限定で、偽物なのだということは痛いほどにわかっている。

 でも時が満ちるまではどうか、貴方の言葉にこんなにも心揺らされてしまうことを、どうか赦してください。

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