第23話 犯人
翌日、僕と篠森さんの学校での扱いはガラッと変わった。一番の変化はまず、僕と篠森さんが付き合っていることになったことだ。それが事実なら僕にとってはどれだけ嬉しいことか、しかし残念ながら校内での認識である。
原因は昨日の帰りに手を繋いで帰ったこと以外になく、朝登校をするなり高橋さんからの視線は痛かった。それでも僕と篠森さんは反って開き直ってしまい、面倒臭いからこのまま通そうということで話を合わせた。
そして僕への嫌がらせも始まった。まず登校をするなり僕の席が動かされ、篠森さんの席とくっつけられていた。そして机の中には怪文書。
『手近な女で済ませるのって楽?』
見た瞬間、腸が煮えくり返ったが、篠森さんも言うように犯人はわからないわけで、僕はその怪文書を丸めた。ゴミ箱まで足が一歩進んだが、証拠品なので思い止まり丸めた怪文書をポケットに突っ込んだ。
更に通路がクランクするので、篠森さんの席とは離し定位置に戻した。そして篠森さんと話したり、お互い黙って自分のことをしたりしながら始業の予鈴を聞いた。
「セイ、おっす」
「あ、匠。おはよう」
篠森さんと僕の席の間を通過するなり、僕の前の席の住人、岡田匠は僕の肩を叩きながら挨拶をしてくれる。匠は普段どおりにしてくれるようだが、実はそうしてくれるのは匠だけではない。クラスの男子が全員そうで、いつものように明るく朝の挨拶をくれた。つまり僕と篠森さんを嫌悪するのは女子だけのようだ。
なんとなく篠森さんのいじめの加害者は女子だと思ってはいたが、これは確信に変わった。尤も、当初の予想に根拠はない。ただなんとなくなのだが、僕にいじめの事実を教えてくれた高橋さんのグループは違うと思っている。
女子の態度はあからさまで、更には笑えない嫌がらせをしてくる。午前の授業で移動教室から戻って来ると僕と篠森さんの席にはそれぞれ避妊具が置いてあった。
「気にしないで」
「うん……」
篠森さんが先にクラス教室に戻っていて自席の前で立ち尽くしていたので、僕はすかさず篠森さんの席から避妊具を回収したのだが、篠森さんは幾分元気がなさそうだった。こういうことが苦手なのだという一面を見せたことがあるので、彼女を思うとやりきれない。
僕が知る以前は、他にどんないじめがあったのだろうと身震いすらもする。彼女に聞いたところで教えてはくれないのだが。クラスの態度からして加害者が女子なのは間違いと思うのだが、女子がこんな下品な嫌がらせまでするのかと呆れる思いもある。
更に今度は僕の教科書が無くなった。昼休みになるとすぐに探し始めたのだが、それに篠森さんが付き合ってくれた。しかし、見つかることはなかったし、女子を一人ひとり問い詰めようにも白を切られることは目に見えているのでそれはしなかった。
そして一度教室の外まで探しに出て、篠森さんと二人して諦めて教室に戻ってきた時だ。
「え? 匠?」
僕は窓際一番後ろの自分の席を見て驚いた。幾らかのグループを作って弁当を食べるクラス内の女子達はひそひそ話をして僕の席を見ているし、僕と一緒に教室に入った篠森さんも目を見開いている。クラスメイトの多くは既に昼食を済ませていているようだ。
「よう、セイ。飯食おうぜ。篠森さんはそこな」
教室の入り口に立つ僕と篠森さんに、手を上げて明るい口調と表情でそんなことを言う匠。男子は自分の席にて一人で弁当を食べる生徒が多いクラスで、固まる女子に席を取られて仲のいい生徒と食べるグループが一部あるくらいだ。
僕も一人で食べる生徒で、その隣では篠森さんもいつも一人で食べている。しかし今、僕の席に前の席の匠が自分の机を後ろ向きにしてくっつけていた。
「何やってんだ? 早く飯食おうぜ」
続ける匠に唖然としながらも僕と篠森さんは近づいた。そして驚くのは、篠森さんの席も僕の席にくっつけられていて、更には篠森さんの前の席も反対向きにくっつけられていて、匠の他に二人の男子生徒がいる。一人分の椅子はどこかから持って来たようだ。今、四席で一つの島を作っていた。
「五人で食おうぜ」
僕と篠森さんが自分の席に着くと、一人の男子生徒が言った。彼ともう一人の男子生徒は普段匠と仲のいいクラスメイトで、女子に人気の匠を筆頭に目立っている三人だ。ここにいる五人だけがまだこのクラス内で食事を始めてもいない。
「犯人たぶんだけど牧野のグループだ」
匠のその言葉に僕と篠森さんが力んだ。匠のその言葉は僕と篠森さんに対するいじめの犯人を指しているとすぐにわかった。僕は牧野がいる廊下寄り前方の彼女の自席を見ると、牧野は僕と目が合うなり面白くなさそうにそっぽを向いた。
「お前は男子の誰からも人望があるし、そのお前が選んだ彼女なら篠森さんだっていい人に決まってるってのが俺らの総意。そもそもいじめなんてアホなことに関与するつもりはないし、それどころかここまでひどくなると見過ごせねぇわ」
なんだか照れくさいことを言う中学からの友人は、容姿のみならずこんなに格好いい奴だっただろうかと思う。ただ、協力的なことはとてもありがたく、いい友達を持ったと感謝で胸が熱くなる。
「世の中スクールカーストってのがあってな、それはこの学校でも例外じゃないわけよ。俺らはお前に付くから、後はスクールカースト上位の俺らが何とかしてやる」
そんなことを言う匠に唖然とするのだが、他の二人の男子も頼もしい笑顔で同調気味だ。その中の一人が補足をするように言った。
「牧野って一年の時も大人しい女子を見つけていじめてたんだよ」
「お前達を叩くって内容のグループラインのスクショを入手したから、牧野が主犯なのは確かな情報だ」
もう一人の男子生徒が続く。大人しい人を見つけていじめるなんて価値観は僕には全く理解できない。性根が腐っていると思う。そんな人だとわかると関わる気も失せるわけで、ここは匠の言うように彼らに任せて、僕は篠森さんの傍にいたいと思った。
そして何度目かの「食おうぜ」を言われてやっと僕と篠森さんは弁当を出したのだ。篠森さんは親から弁当を作ってもらえないので自分で作っているのだが、この日の弁当はいつものとおりとても美味しそうだった。
「食べずに待ってくれてたの?」
「ん? まぁな」
箸を咥えながらなのでこもった感じの声で答える匠の意識は既に食事に向いているようだ。他の男子生徒も、一人は弁当で一人は購買で買ったパンなのだが、既に食事を始めている。僕と篠森さんも机に出した弁当を食べ始めた。
篠森さんは相変わらず無口なのだが、匠も他の男子生徒も時々どこか微笑ましそうに僕達を見るので、気分を害している様子はないと安堵する。
教科書が紛失した五限目の科目の教科書は、他のクラスの生徒から借りてきて授業を受けた。時間的余裕があれば借りてくることは可能だ。牧野は面白くなさそうに僕を一瞥した。それを僕は見逃さなかった。尤も、僕としては篠森さんと机をくっつけて授業を受けるのも悪くないと思っているのだが、状況が状況だけにそんな邪な考えは排除する。
そして教科書は帰りのホームルームまでに僕の机の中に戻っていた。一体いつの間にと思うが、戻ったことで証拠は残らないし、そのしたたかさが巧妙だと思い、思わず溜息が漏れる。いじめの実態が明るみにならないよううまくやっているのだろう。
ただ、それならばグループラインのスクリーンショットが出回ったこの状況で、今後はあまり大きな動きはできないのではないかと楽観視する自分もいた。
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