閉鎖主義の彼女は眠りに就く

生島いつつ

序章

プロローグ

 誰もいない鉄骨の柱と梁が剥き出しのこの空間はとても寂しく、ぽっかり穴の空いた僕の心を映し出しているようだ。物はたくさんある。しかしそれはもう思い出ではないかと思うし、一度思考を切り替えれば幻だったのではないかとさえも錯覚する。

 いつもここにいた彼女は眠ってしまい、ここに戻って来ることは叶わない。どれだけ気丈に振舞っても、どれだけ周囲の大人に強がっても、彼女がいないこの場所に来ると僕は言いようのない虚しさに押し潰されそうになる。


 ここに一人だけで来るようになったのは夏からで、とても暑かった。季節は変わり秋になると幾分涼しかった。けど冬に変われば凍えるように寒かった。春になると温かくて、近くの桜が花びらを飛ばしてきた。そしてまた暑い夏になった。


 僕はここで黙々と掃除をする。一つ目の空間はバレーボールコートの片側陣地ほどの広さと形の空間で、床は無機質なコンクリートだ。広い空間ではあるが、物があまりない場所なので掃き掃除だけで終わる。

 二つ目は一つ目の空間の半分より少し広いくらいの空間だが、この建物の中で一番物がある。床は同様にコンクリートで、物を避けながら掃除を進めなくてはならないし、物も拭き取りなどをしなくてはならないから骨が折れる。

 三つ目の空間は靴を脱いで上がり、畳が敷かれている場所もある。物はほとんどないので畳用の箒で掃くだけだ。広さも十畳ほどなので、一つ目や二つ目の空間と比べれば幾分楽である。


 掃除が終わると僕は二つ目の空間に戻り、椅子に座る。デスクの上にはデスクトップパソコンが置かれている。電源は予め入れておいたので起動を待つ手間はなく、僕はマウスとキーボードを操作する。

 あらゆるデータやサイトを確認して、データを補正して、サイトを更新する。しかし知識もなく不器用な僕は、彼女のようにうまくできないことがもどかしい。


 彼女はもういない。眠っている。僕は虚無感に押し潰されそうになりながらも、現状を受け入れ、強がることしかできない。虚しさは自分で消化するしかない。

 僕は彼女と交わした約束を頭の中で復唱する。僕が正気を保ってここに来て動く理由はこの約束しかない。彼女と交わした約束が僕の全てであり、僕の行動原理だ。


 全ての作業が終わると僕は、建物を出て燦燦と照りつける太陽に晒された。思わず眉を顰めるが、強い日差しが弱まってくれることはない。

 そして僕が今立つこの場所で、初めて彼女を見掛けた日を思い出す。それは春だった。

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