第11話 撮影会
撮影スタジオの機材に触れてみるとそれなりにグレードの高い物を使っていることがわかった。つまりこれだけの物を揃えたということは、篠森さんが言うように事業として成り立つほど稼いでいることを意味する。恐れ入るばかりである。
すると篠森さんが衣装部屋から出てきた。それに僕は目を奪われた。
茶色を基調とした清楚な柄のワンピースに、その綺麗な黒髪を二つ結びにして、眼鏡は外している。薄く化粧も施していて頬はチークでほんのりピンク色だ。それはとても清潔感があって可愛いと思った。
「どうかな?」
「う、うん。凄く似合ってる」
女子を褒めるなんてあまり慣れていない僕だが、この時は感動の方が大きく、恥ずかしいながらも言わずにはいられなかった。しかし篠森さんはキリッと睨むように僕を見据えると、僕の思考とは方向違いのことを言った。
「違う。この服がどうかって聞いてるの」
「あ、ごめん。凄く可愛い服だと思う」
ファッションに疎い僕なのであまり気の利いたことも言えていないなと思う。篠森さんは少し俯いて顔を紅潮させたようにも見えるが、チークも塗っているしそれはメイクのせいだろう。
「撮影はどうやって進めようか?」
「沖原君に任せる」
篠森さんが撮影に関しては丸投げとも取れるようなことを言うので僕は一瞬唖然としたのだが、なんとか表情を戻し再び問い掛けた。
「えっと、顔出しNGだよね?」
「それは気にしないで。ネットにアップする前にうまく加工するから」
なるほどと思う。彼女ならそういう操作は慣れているだろうし、僕は僕の思うままに撮って後のことは篠森さんに任せようと思う。そもそも僕は画像の加工をしたことがないので、手を出せる領域ではない。
こうして僕と篠森さんの撮影会は始まった。打診を受けた当初は自信がなくて渋った僕だが、いざ始まってみると篠森さんを撮ることは楽しく、シャッターを押す指が止まらなかった。
撮影開始から篠森さんは二回ほど着替えて、合計三着の装いを僕に見せてくれた。そして最後はコスプレ用の学生服で、それはブレザータイプなのだが、城田高校のブレザーの制服よりも華美である。
「えっとさ……」
「何?」
冷たい視線で僕を見る篠森さんはこの服から眼鏡を掛けている。髪型は二つ結びのままで化粧も落としていないので、とても可愛く、こうすれば眼鏡も魅力を引き立てるアイテムの一つになるのだなと僕は感心していた。……のだが。
「その座り方、スカートの中が見えそうで……」
篠森さんは今、短いスカートを穿いている。普段学校ではひざ上くらいの長さで、それは特段一般的でもあるのだが、彼女の様相だと地味にも見える。しかし今は魅力的な様相でいて太ももが露わになった裾の短いスカートに紺のハイソックスだ。その格好で床まで下したロールスクリーンの上に彼女は体操座りをしている。
篠森さんは僕の言葉を聞いて刺々しい様子でそっぽを向くと、手を太ももの裏側にやりスカートで隠した。怒らせてしまっただろうか。とは言え、言わないのもどうかと思ったのだが、やっぱり余計な一言だっただろうか。すると篠森さんが言った。
「カメラマンの沖原君に見られるのは仕方ないって思ってる。写真に写りこまないようにだけして」
それを聞いて一瞬納得しそうになるが、考え直す。そう思うのならばなぜ隠すのかとも思うが、見せられても動揺する。僕は女子が苦手というわけではないが、そこまで免疫があるわけでもない。相手が僕の視線に気づいていなければ僕も年頃の男子らしく心弾むものだが、相手がわかっている上だと目のやり場に困るのが本音だ。
「わ、わかった」
結局は篠森さんのリクエストに承諾するしかないのだが。こうして刺激の大きな撮影会初日はやがて幕を下ろし、篠森さんは城田高校の制服に着替えて、僕たちは衣装部屋の四人掛けのテーブルで一息吐いたのだ。
「ありがとう」
「あ、いや……」
コーヒーを飲みながらの会話だがどこかぎこちない。尤も、篠森さんとは今までぎこちないことの方が断然多かったのだが。篠森さんが用意してくれたコーヒーが空腹の胃を刺激する。すりガラスの外は暗くなっていて、時刻はもう十九時を過ぎていた。
「私一人だとあそこまで撮れないから助かった」
「役に立てて良かったよ」
撮影が終わった後はスタジオのノートパソコンで画像も確認し、篠森さんは一枚一枚を真剣に見て、納得の表情を見せてくれた。それに僕は安堵したものだ。
「篠森さんが授業中にスマホを頻繁に確認してるのってこのことと関係があるの?」
「うん。ブログのアクセス数チェック。ツイッターの確認。ネットオークションの対応」
「そっか。ツイッターもやってんだ」
「ブログの更新告知がほとんどよ。服の説明文はツイッターの文字数じゃ足りないし、画像もそれほど載せられないから」
しかし、ぎこちないとは言っても一度流れに乗れば普通に話してくれる。僕達の距離感は随分変わったと思う。一年生の時の僕がこの様子を見たらさぞ驚くことだろう。
「沖原君はなんでバイトをしてるの?」
「え?」
少し驚いた。篠森さんが僕に興味を示すような質問をするから。だからすぐにはそんな声しか出なかったのだが、篠森さんは続けた。
「あ、いや。最初はお金いらないって言ってたのに、バイトはしてるって言うからお金を稼ぐ以外の理由があるのかと思って」
篠森さんの質問の意図はそこにあったようで、なるほどと納得するものの、やはり僕に興味を示してくれているようなのでそれが嬉しくも思う。尤も、興味と言ってもどの程度のものかは知る由もないし、考えたところで感情表現の薄い篠森さんを思い返すと落ち込みそうなので考えない。あくまで他の人よりはという程度だ。
「撮影旅行に行きたくて」
「撮影旅行?」
少しだけ篠森さんの声が弾んだように聞こえ、僕の回答に興味を示したように感じた。あくまでもほんの少しだけだが。それでも話題になりそうだと嬉しくなり、コミュニケーションが取れそうなことに期待をして僕は続けた。
「うん。色んな場所を回ってたくさん写真が撮りたい」
そう答えると篠森さんはじっと僕を見据えるものだから、僕は何かまずいことでも言ったのかと冷や汗を感じる。結局金のためにアルバイトをしているのだが、まさかそんなことで怒っていやしないかと不安になる。すると篠森さんの今はリップを塗られた小さな唇が動いた。
「世界?」
「後々は世界もと思うけど、まずは国内からがいいなって思ってる」
思いの外、普通の質問が返ってきたので僕が安堵したことは言うまでもない。無表情でじっと見据える時の篠森さんの目はとても冷たく、どこか恐怖すらも感じるから。
結局それ以降は大した会話もなく篠森さんがコーヒーカップを片付け、僕達は一緒に工場を出た。ブレザーを着ているせいかこの時間でもあまり肌寒さは感じない。僕は自転車を解錠してスタンドを上げると篠森さんに聞いた。
「家までは遠いの?」
「歩いて二十分くらい」
「結構あるね。送ってくよ」
「え?」
肩に通学鞄を掛けた篠森さんはきょとんとした表情を見せる。風で靡く彼女の黒髪はとても綺麗で、赤外線センサーによって工場の入り口で点灯している防犯灯はスポットライトのように篠森さんを照らす。薄く化粧を施し、二つ結びの髪型の彼女を闇の中の一点の光のように浮かび上がらせていた。
「あ、ごめん。家知られるのが嫌だったかな」
僕は閉鎖主義の印象がある篠森さんのことを思い出して頭を掻いた。しかし篠森さんは俯き加減で首を横に振る。その時に舞う黒髪が一本一本視認でき、それは防犯ライトの光の中で幻想的にも感じた。
「お願いします」
篠森さんは俯いたまま肩から通学鞄を外すと、僕に差し出してきたので、僕は笑顔で首肯して篠森さんの通学鞄を受け取った。それを自転車の前籠に入れ、自転車に跨ると首を回して篠森さんを見たのだが、二回目ともなると彼女は僕が言葉を発する前に荷台に横向で腰を据えた。思わず僕から笑みが零れる。
僕はペダルに足を掛けるとグッと力を入れて自転車を漕ぎ始めた。走り出すと夜風が少し冷たくも感じるが、それがどこか心地よくも感じた。小柄で軽そうな篠森さんだが、その体重を自転車の後方に感じて僕は体全体で風を切ったのだ。
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