第漆話

 あのあと、僕は雪ちゃんを引き連れて彼女の部屋へと向かいます。多分、香奈恵ちゃんはそこにいると思うから。


「つ、椿……ちょっと、何だか怖いんだけど……」


「そりゃね……僕としては、これが本当だとしたら、納得いかないの」


「な、何の事……」


「君の落としたこの写真、これ……分かるよね?」


 そして、僕は影の妖術で雪ちゃんを引っ張りながら、その写真を見せます。

 とりあえず、飯綱さんはまだおじいちゃんと話しています。おじいちゃんが、他にも色々と聞きたい事があったみたいです。


「……えっ? いや、これは……妖術――」


「この時はいつも、他の妖気は感じません」


「えっと、そういう妖具を……」


「この視点からだと、僕も分かります。妖怪さん達が使う妖具なら、誰かが使わないとダメですからね。それじゃあ、それは誰ですか? この時、僕の他に居たのは香奈恵ちゃんだけです」


 そう、雪ちゃんの落とした写真。それは、僕の入浴シーンでした。しかも真正面からです。

 この時、真正面に居たのは一所に入っていた香奈恵ちゃんだけ……雪ちゃんに指示されていたとしても、このアングルで、バッチリと僕の魅力を映し出す技術が、あの子にあるとは思えない!


 だけど、僕の考えが正しければ、これは可能です。


 信じられないけれど……あの子なら……僕の親友だった半妖、辻中香苗つじなかなかえちゃんなら、十分にあり得るのです。


 そして、僕は高鳴る鼓動を抑えながら、雪ちゃんの部屋にソッと近付きます。


「……むぐっ! むぐぐぐ……」


 雪ちゃんが変な事を言わないように、影の妖術で口を押さえながらね。


「ふふ、うふふ……また椿ちゃんの仕事姿が撮れると思うし、その特集を……ん~そろそろ水着姿も欲しいかな~連休の時に新しい水着でも……」


「…………」


 その言葉は香奈恵ちゃんっぽくない。どちらかというと、香苗ちゃん……カナちゃんにそっくりです。


 嘘でしょう……やっぱり、やっぱり君は……。


「んふふふ……椿ちゃんったら、一生懸命お母さんしちゃってぇ! あぁ~可愛い! 私の椿ちゃん……一緒に添い寝も、娘だから出来るんだよね~あぁ、でも大きくなったら1人で寝なさいって言われそう……だけど、それはそれでコッソリと布団に忍び込めば……」


「……それは流石に許可しませんよ、カ・ナ・ちゃ~ん」


「ひえっ?!」


 はい、もう逃げられません。影の妖術で、僕の影の腕をコッソリと近付けさけていたからね。そのまま体に巻き付いて、頭をホールドです。


「あっ、えっ? お、お母さんお帰り! 早かったんだね~あの、それで……これは?」


 へぇ、この後に及んでもまだ娘として振る舞うんだね。でも、分かって欲しいな……もうバレてるって事を……。


 僕の手には例の写真。そして、雪ちゃんが僕の影の妖術で捕獲されている。ここまで揃っていたら、分かるでしょう? 君が、カナちゃんならね。


「……あっ、あぅ……もしかして、詰んでる?」


「そうですね……さっきのもしっかりと聞かせて貰ったよ。そして、そこに広がってる僕の写真の数々……娘がやる行動ではないよね? カナちゃん……」


 すると、香奈恵ちゃんは観念したのか、雪ちゃんに向かって「何やってるの?」という目を向けてきます。


「あぅ……ご、ごめん、香苗……しくじった……」


「あ~もう!! 親友じゃなくて、椿ちゃんの娘としてずっと過ごしたかったのに~!!」


 あっ、カナちゃんが頭を抱えて悶えてます。やっぱり、君は完全にカナちゃんの生まれ変わりだったんですね。


「へぇ、そんな事の為に、僕を騙していたんですね……」


「ち、違っ……そうじゃなくて! 私だって言ったら、親友として接してきそうだったから……わ、私は椿ちゃんの娘として……」


「分かってないなぁ……香奈恵ちゃん」


「うん、だから……そうやってカナちゃんって呼ば……えっ? 今……」


 分かってない、君は僕の事を分かってない。あれからどれだけの時が流れてると思ってるの?

 どれだけ、君にお母さんとしての僕を見せてきたと思ってるの?


 君は僕の大切な人なんだよ。親友として、娘としてね……。


「つ、椿ちゃん……私の事……」


「もちろん、僕の娘だよ……ねぇ、香奈恵ちゃん。だから、僕に隠し事をした罸は与えないとね~」


「えっ、ちょっ、ちょっと……! 流石にあのお尻ペンペンは……!」


「は~い、ジッとしてて下さい~」


 どっちにしても、影の妖術で動けなくしてるから動けないんだけどね。だから、僕は香奈恵ちゃんに近付くと、そのまま思い切り抱き締めました。


「へっ……?」


 何回も何回もしているけれど、それは娘としてです。でも、これは違います。

 ちゃんと約束を守ってくれていたカナちゃんへの感謝と、再会の喜びを伝えるためのハグです。


「つ、椿……ちゃん?」


 僕は、約束を守ってくれなかったと思っていたんだよ……それなのに、君は前みたいにあっけらかんと僕をからかっていて、僕を愛でていて……本当に、君って人は……。


「椿ちゃん……泣いてる?」


「うるさいです。ちょっとジッとしてて下さい」


 泣いてますよ。泣かないわけないじゃないですか……やっと、やっと会えたんだ、僕の娘としてちゃんと生まれ変わってくれたんだから……これでやっと……。


「君のその性格を直すために、しっかりと教育出来ます」


「それが嫌だから隠してたんだけど……」


 真顔で返されました。

 確かに嫌がってましたけどね……でも関係ないんだよ、カナちゃん。僕がしたいんだから……!


「へげぎゅっ?! ちょっ、ちょっと椿ちゃん……ち、力が入ってるって、苦しい!!」


「お母さんでしょ? 香奈恵ちゃん」


「あぐぐ……ごめんなさいお母さん!!」


 僕の肩をタップしてますね、香奈恵ちゃん。だって白狐さんの力を解放して、強く抱きしめてますからね。

 香奈恵ちゃんの尻尾もピーンと立っちゃって苦しそうです。でも、僕を弄んだ罰です。


「なんでもする、なんでもするからもう離して!」


「しょうがないなぁ」


 まぁ、これ以上は止めておきます。その代わり……。


「ほっぺにキスで許して上げます」


「へっ?」


 あっ、香奈恵ちゃんが目を丸くして驚いてます。そりゃそうだよね、こんな事言うなんて、僕が甘えてるみたいだもん。でも違うよ。

 今の香奈恵ちゃんの歳ならば、母娘のスキンシップとしては十分に有りなんです。


「……も、もう。つば……お母さんったら、しょうがないなぁ」


 そして、香奈恵ちゃんは恥ずかしそうにしながら、屈んでいる僕のほっぺに軽くキスをしました。


「ふふ、宜しい。あっ、それと……お帰りカナちゃん」


「うっ……それはズルいなぁ、椿ちゃん。ただいま」


 ちゃんと娘として接しますよ。大丈夫です。

 ただ、たまには親友としての反応もして下さいね。娘と親友と、両方を手に入れたような気分なんですから。


 だけどね……今まで娘として思っていたんだから、そう簡単にカナちゃんとして接せられなかったりするんです。

 やってくれましたね……カナちゃん。これが目的だったんですか……。


 とにかく、もう時間も時間なんで、今日は一旦帰った方が良さそうです。


「さて、香奈恵ちゃん帰るよ」


「あっ、うん、お母さん。でも、ちょっと待って。雪、今度椿ちゃんの水着……へぅっ?!」


「はい、帰るよ~」


 君が1番僕をお母さんとして見てないよね? だから、そのまま香奈恵ちゃんの尻尾を掴んで連れ帰ります。

 僕のファンクラブを助長させない。それはカナちゃんとしての行動じゃないですか。


「香苗……雪お姉ちゃんだから……」


「うぅ……そ、それだけは……」


「雪ちゃん、香奈恵ちゃんだから。もうその名前はダメだよ。僕の娘なんだから」


「お母さん……嬉しいけれど、教育は止めてね……?」


 そして、僕は香奈恵ちゃんの尻尾を引っ張りながら、白狐さん黒狐さんの待つ、僕達の家へと帰ります。


 さぁ、これから香奈恵ちゃんの教育をしっかりしないとね。ふふ……。

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