第弐話

 翌日、僕は早速何か動けることはないかと、再びおじいちゃんの家へとやって来ました。

 白狐さんと黒狐さんは、香奈恵ちゃんと飛君の修行に付いて貰っています。というか、2人に捕まった感じですね。


 2人とも、何か僕の力になりたいと思ってくれていて、それで強くなりたいらしいけれど、僕としては無理をして欲しくはないんですよね。でも、2人は引き下がらないので、しばらく好きなようにさせてみます。


 その間に、色々と片付けちゃえば良いからね。


「と言うわけでおじいちゃん! 何から片付ける?!」


「その前に椿宛てに任務じゃい」


「へっ?」


 やる気満々の僕を前にして、おじいちゃんは机に目を落としたまま、任務の紙切れを目の前にチラつかせて来ました。いや、今任務やってる場合じゃないのに……。


「お、おじいちゃん……今は任務よりも……」


「今、何か出来ることがあるのか?」


「うぐっ……」


 机に目を落としたまま、おじいちゃんは続けてきます。


「今は相手の出方を伺い、相手の尻尾を掴むために、情報収集をしている段階じゃ。椿、お前さんは重要戦力じゃ。いざという時の為に、今は焦らずに任務をこなしておいてくれんか?」


 確かに一理あるよ。僕はまた焦っちゃってました。でも、事態はのっぴきならない状況だから、早く何とかした方が良いとも思うんだ。

 だけど、それで相手に一杯食わされたら話にならないから、ここは我慢して落ち着いて、情報収集に徹した方が良いのでしょうね。


「ふぅ……ごめんなさい。僕、また焦ってたよ。分かりました。それで、その任務って何ですか?」


「うむ。『スイトン』からのSOSでな。悪者が近くを彷徨いているが、自分では太刀打ち出来ないと言って、助けを求めてきた。しかも、強い者が必要じゃと言っとる。そこで、センターが椿、お前さんを指名したというわけじゃ」


 おじいちゃんは書類の片付けに追われているのか、喋りながらも顔は上げずに一心不乱です。


 因みに『スイトン』は妖怪の名前です。小麦粉で作った、あの『すいとん』とは違いますからね。出汁がしっかりしてたら凄く美味しいけどね。

 じゃなくて……スイトンはスイーっと降りて、トンと1本足で着地する所から付けられたんだよ。


 悪人を一刀両断して去って行くから、良い妖怪さんなんだけど、そのスイトンさんが助けを求めるなんて、よっぽどの相手なんですね。


「分かりました。僕が助けに行ってきます」


 僕はすっくと立ち上がり、部屋から出ようとしたけれど、おじいちゃんが更に続けてきます。


「ちょっと待つんじゃ。今回は2人で行ってくれんか? 丁度暇な奴が1人おっての」


「2人で? もう1人誰か来るの?」


 相手にもよるけれど、だいたい最近は、僕1人でも任務がこなせているから大丈夫なんだけどね。

 それでもやっぱり、1人多いと楽に終わらせられるんだよね。来てくれるなら嬉しいけれど、誰だろう。


「自分っす!! 姉さん~!!」


「それじゃあ行ってくるね、おじいちゃん」


「待って待って! 待つっす!! 酷いすよ、姉さん~!!」


「ぎゃんっ?! 尻尾掴まないで!」


 着いてくる妖怪って、化け狸の楓ちゃんの事?! 無視して行こうとしたけれど、思い切り尻尾を掴まれたよ。そこはかとなく不安なんだけど!

 この子の場合、結構な確率で足を引っ張ってくるから、実質負担が倍増するよ。


「姉さんとチーム組んでるじゃないですか~5人で~」


「はて? 何の事かな?」


 確かにチームは組んでいるけれど、複数人でなら楓ちゃんの足の引っ張りも、フォロー出来ているんです。でも、僕1人ならそのフォローも大変なんです。


「自分もまた強くなってるんっすよ! もう足を引っ張る自分じゃないっす!」


「本当にぃ~?」


「なんすか? その疑いの目。大丈夫っすよ! 見てて下さいっす!」


 すると、楓ちゃんは僕から距離を置き、両手を組みました。まだくノ一の格好をしているし、忍者になりたいみたいなんです。本人は、もう立派なくノ一のつもりなんだろうけれど、僕からしたらまだまだなんですよ。


「忍法影潜り!」


 そして心配する僕を余所に、楓ちゃんがそう叫び、地面の中に溶けるかのようにして消えました。

 まさか、自分の影に潜ったの?! 凄い! そんな術が使えるようになったなんて。言ったとおり、足手まといにならないくらいには強くなってるんですね。


「どうっすか!」


「凄いよ楓ちゃん! ちゃんと術が使えるようになったんだね、成長したんだね!」


「ふふ~ん」


 楓ちゃんの声が影から聞こえてきて、何だか不気味な感じがするけれど、これなら一緒に連れて行っても良いかも知れません。


「…………」


「楓ちゃん? 良く分かったから、そこから出て来て」


「んっと……えっと」


 あれ、楓ちゃんが影から中々出て来ませんね。まさか……。


「これ、どうやって出るっすか?」


「楓ちゃん……その術何回か使ってるんじゃ……」


「初めて使うっす」


 やっぱり楓ちゃんは楓ちゃんでした。

 強くなっていても、その性格が直っていないと意味ないよね?! 全くもう……それ任務中でやられていたら、僕の手を煩わせる事になってたよ。


「やっぱり僕1人で行きます」


「待ってくれっす~!!」


「うぐっ! 僕の影に引っ付かないで!!」


 楓ちゃんが影に入ったまま動いてきて、僕の影に引っ付いてきました。その後、何だかゾクッとして動けなくなったんだけど?! これ、そういう術ですか……。


「椿、そう言わずに連れて行け。いい加減こちらも、楓の始末書を書かないようにしたいんじゃ」


 あ……そう言えば楓ちゃんは、任務で色々とやっちゃってるんです。鞍馬天狗のおじいちゃんは、その度に始末書を書いていて、殆ど毎回と言っていいほどに書いているんでした。

 今書いているのも、始末書っぽいですね……おじいちゃんがウンザリしながら、ため息交じりにそんな事を言ってきました。


「それで椿よ、特別号はいつじゃ?」


 違った。おじいちゃんが読んでいるの、僕のファンクラブの会員誌だった。無駄に緊張しちゃって損したよ。


「そんなの読んでる暇があるなら、せめて物部天獄って人の場所くらい探してよね」


「分かっとるわい。じゃが焦るな。それと、楓への始末書の量も尋常じゃないんじゃ。何とか使えるようにしてくれんかの?」


 使えるように……ですか。それは僕も頑張ってるんだけどね……この有様なんです。


「はぁ……しょうが無いですね。楓ちゃんも連れて行きます」


「やったっす!! 自分、活躍するっすよ!」


「その影から出て来てから言ってくれるかな?!」


「出られないっす」


 相変わらず楓ちゃんは、地面にへばり付いている自分の丸い影から出られていません。

 何とか自分で出てもらおうと、ずっと放っておいたけけれど、やっぱり出られないみたいですね。


「もう……仕方がないなぁ。忍法『影大砲』」


「あぎゃっす!! ぎゃふっ!」


 忍法とか言っちゃったけれど、単純に楓ちゃんが潜り込んだ影に、僕の妖気を送り込んで、僕がその影を操れるようにしたんです。あとは簡単です。その影の中から楓ちゃんを弾き飛ばせば良いだけです。

 楓ちゃんはそのまま、天井に大の字になってぶつかったけれど、余りのことに驚いたのか、そのまま地面に落下しました。


「……ひ、酷いっすよ。姉さん……」


「自業自得ですよ」


 先が思いやられるけれど、普通の任務なら、今まで通りにこなせば何とかなるでしょう。


「あぁ、そうじゃ。スイトンが助けを求めた場所は、今まで以上に妖魔が多発しておるようじゃ。気を付けて行ってくれ」


 そして、出発の準備をしようとした僕に、おじいちゃんが更に追撃をしてきました。

 そういう情報は1度に全部言ってくれませんか? 毎回小出しにするよね……おじいちゃん。


「おぉ……腕が鳴るっす!」


 それを聞いた楓ちゃんはやる気満々になってしまって、僕は逆に、どうやって楓ちゃんの暴走を止めようかと考え、ウンザリしちゃいました。

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