第参話 【1】
京都市内は、周りを山が囲んでいる盆地になっています。ちょっと歩いたら直ぐ山になるんです。
スイトンさんが居る場所も、そんな京都市内の山の中です。
元々別の地域にいる妖怪達が、なんで京都にいるのか……それもまた謎なんですけど、だいたいは妖怪達の活動の中枢、妖怪センターがあるからだと思うんです。それと、妖界に入ればいつでも別の地域に飛べますからね。
そんな訳で、僕と楓ちゃんはセッセと山登りをしています。
流石に山に登るから、いつもの巫女服だと大変です。今日はジーンズとノンスリーブのシャツの上に、上着を一枚羽織った服装をしています。楓ちゃんは相変わらずくノ一の格好だけどね。
「楓ちゃん、それ暑くないですか?」
山を登りながら、僕は後ろにいる楓ちゃんに聞きます。
「心頭滅却なんとやらですよ~姉さん~」
夏も間近なんだから、そろそろ服装には気を付けないといけないよ。でも、そう言えば楓ちゃんってば、年中くノ一の格好をしていましたね。僕も殆ど巫女服だけど。
「それ、夏本番になったら流石に暑いでしょう?」
「ふっふ~ん、夏は夏で通気性の良いのにしてるっすよ」
通気性の問題でしょうか? それで耐えられるなら良いですけれど、楓ちゃん既に汗だくだよ。
「本当にもう……あっ、楓ちゃん、戦う準備ね」
「えっ? で、出たっすか?!」
「そんなお化けみたいに……うん、妖魔の妖気を感じるよ」
そう言った後に、僕は冷静に御剱を取り出して構え、楓ちゃんも一応クナイを出して構えました。ここまでは問題ないかな。
そして、草むらから飛び出した影をしっかりと確認し、足がもの凄く太い、二足歩行タイプの妖魔だと見てから、僕は御剱を振るいます。
「ぐぉお!!」
「硬っ!」
縦に斬りつけたけれど、思った以上に硬かったですね。ダメージになってないです。それなら、妖術で倒――
「忍法、山嵐~!!」
「えっ……?!」
――そうと思った瞬間、楓ちゃんが叫びました。
忍法って……山嵐って確か、山に吹く風でしょ? そこまでの暴風じゃないような……と思っていたら、楓ちゃんの頭に何か落ちてきたよ。何気に召喚術を使わないで下さい。忍法で言う口寄せですか? それと、その頭の動物……。
「楓ちゃん、それってヤマアラシですか?!」
「えっ……? あ~!! 痛いっす!!」
「楓ちゃん楓ちゃん! 針抜いて針!」
確かヤマアラシは、腰から背中にかけて、鋭い針を持つネズミ目の動物だったよね。ハリネズミと違って、その針は凶器になりうるんだよ。
そして当のヤマアラシは、急に変な所に呼び出されたからか、興奮して威嚇しちゃってます。そして、楓ちゃんの頭に針が……。
「楓ちゃん! ヤマアラシを元の場所に!」
「どうやって戻すっすか~?!」
「それも分からずに口寄せしたのかな?!」
とにかく、このままだと楓ちゃんが大けがをするから、僕は風の妖術を使って、ヤマアラシを刺激しないよう、ゆっくりと楓ちゃんの頭から降ろすと、急いで怪我の処置をします。
白狐さんの力を使えば、ある程度の治癒は出来ます。とりあえず、それで大事には至らなかったけれど、本当にもう……楓ちゃんのバカ。
そしてヤマアラシの方は、楓ちゃんの頭から降ろした瞬間、煙に包まれて消えました。これで大丈夫でしょう。
「さて……楓ちゃ~ん?」
「イダダダ~っす! さっき針が刺さったばかりの頭を、グリグリしないでくれっす~!!」
「だ~れが悪いのかなぁ~?」
「ごめんなさいっす~!!」
これだから楓ちゃんを連れて行くのは嫌だったんです。昔に比べて、多少は妖術や忍術らしきものが使えるようになったみたいだけれど、危なっかしいたらありゃしない。
「んっ? おい、今誰か俺を呼んだか?」
「…………あ~ごめんなさい。別の意味の言葉です~」
「あぁ、そうか。ややこしいな全く……」
草むらから妖怪『山あらし』が出て来ました。
ややこしいってば……その姿もヤマアラシに似ていて、全身に針が生えているんです。
僕が呼んでいない事を伝えると、やれやれといった感じで草むらの中に入って行きました。
何だかごちゃごちゃとして、どったんばったんしちゃったし、その間に妖魔はどこかに行っちゃったし……楓ちゃんのせいだよ……。
とりあえず、僕は気を取り直して再度歩き出すけれど、その瞬間、また妖魔の妖気を感知しました。確かに多いですね。
しかも今度は2体……3体かな。その近くにも、更に何体かいます。これ、相手していたら妖魔に囲まれそうだよ。
「楓ちゃん、走れる?」
「んっ、大丈夫っす」
「よし、それじゃあ走るよ」
「はいっす! あっ、自分忍法で足を速く――」
「却下です」
「即答っすか?! 酷いっす!」
もう忍術は使わないで欲しいかな。危ないから。それに僕の方も、この先何があるか分からないし、神通力は使わずに行かないとね。
「行くよ」
そして、僕は楓ちゃんにそう伝えて走り出します。もちろん妖気は体中に巡らしているから、普通の人より速いですよ。その僕の後に、楓ちゃんもしっかりと着いてきています。
流れる風の匂いが、青々とした木々の良い香りを運んでくれて、こんな状況じゃなければゆっくり森林浴したいなって、そう思っちゃいました。
「ところで姉さん、どこまで行くんっすか?!」
「おじいちゃんに教えてもらった、スイトンさんの活動している山の中腹までだよ。後もう少しのはずだから」
そこでいったい何が起きているのかなんだけど、多分この妖魔の数に対応しきれないから、助けて欲しいって所じゃないかな。
「うぉっと……!! 黒槌土塊!」
そう考えていた僕の目の前に、突然妖魔が現れて、槍みたいに鋭い尻尾を突き出してきました。
反射で直ぐにそれを避けて、僕は尻尾をハンマーみたいに変化させると、それで相手の顔面を打ち付け、そのまま遠くに吹き飛ばします。
「うわっ……わわ! 妖異顕現! 狸腹反鏡! 姉さん妖術、妖術をこっちにお願いするっす!」
「へっ? あぁ、それね! 黒焔狐火!」
逃げようとした僕達に気付いたのかな、妖魔達が一斉に襲いかかってきました。
しかも、楓ちゃんの後ろからも妖魔が迫っていて、側面の草むらからも、別の妖魔が飛び出してきて攻撃をしてきています。
楓ちゃんはそれを避けて、妖術を発動してある物を出しました。狸の銅像の腹に、大きな鏡がついたものです。
これは、妖術を倍返しにする妖術なんです。だから、僕はそれに向かって自分の妖術を放ちました。
跳ね返す方向は、ちゃんと楓ちゃんが調整していました。だから、倍加された僕の妖術は、襲ってくる妖魔達へと襲いかかります。
「ギャァァァアア!!」
「グォォオオオ!!」
黒い炎に焼かれ、妖魔達は叫び声を上げて消滅します。妖魔達は空亡の分身で、子供みたいなもの。妖怪とは違うんだ。
以前の僕は、妖魔ですら殺すのはどうかと思っていたけれど、空亡の分身と分かればもう容赦はしません。
「ふぅ……とりあえず何とかなったのかな?」
「そうっすね。でも、まだ来てるっすか?」
「ん~来てますね」
襲ってきた妖魔達は片付けたけれど、また僕達の方に向かって、何体か妖魔が来ています。急がないとまた襲われるよ。
「先ずはスイトンさんと合流しないと!」
「了解っす!」
このまま妖魔と戦い続けていてもしょうがないから、僕達は再度走り始め――
「あっ、姉さん……おんぶして欲しいっす」
「なんでへたってるの? 楓ちゃん」
――ようとしたら、僕のズボンの裾を引っ張られました。後ろを見たら、楓ちゃんが地面にへたり込んでいます。まさか……。
「妖気、使いすぎたっす……」
「……そんなに妖術使っていないような」
「いや、出るときに忍術も使ったっすから、それもあって……」
「忍術って、妖気使ってるの?」
「はいっす!」
「それ忍術じゃない!!」
やっぱり完全に足手まといじゃないですか! 楓ちゃんのバカ!
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