第参話 【2】
あの後狐の姿に変化し、楓ちゃんをその背に乗せて走り、妖魔の追撃を逃れ、何とか山の中腹付近まで来られました。とは言え、スイトンさんがどこにいるのかは詳しく聞いていません。手当たり次第に探すしかないかな。
「楓ちゃん、そろそろ降りてくれる?」
「嫌っす! 姉さんの狐モードなんてそうそうないっすからね。いっぱいモフモフしておくっす!」
そう言うと、楓ちゃんは僕の背中に顔を埋めて、匂いを嗅いだり顔をグリグリし始めました。くすぐったいってば。
「ていっ!」
「ぎゃんっす!」
このままだと任務を忘れて、僕をモフモフする事に没頭されそうだったから、背中の楓ちゃんを振り落としておきました。
ただその時、楓ちゃんはどんくさい事に、縦に反転して頭から落ちました。なにやってるの……。
「全くもう……こんな事している場合じゃないんだよ。何とか妖魔からは振り切ったけれど、いつまた襲われるか分からないんだから」
「はいっす!」
ひっくり返りながら返事されても、いまいち真剣さが伝わらないです。
それはそうと、今の内に草むらに隠れて戻らないと、狐の姿から戻る時、どうしても裸になっちゃうんです。服なんて、狐の姿では着られないし、破れちゃいますよ。
「しっかし、そのスイトンさんってどこにいるんっすかね~」
「おじいちゃん曰く、妖魔の妖気だけじゃなく、少しおかしな妖気も感じるんだって」
「おかしな妖気っすか~」
僕もこの山に来てから、その妖気は感じています。どこか不安定で、今にも爆発しそうな危ない妖気をね……。
そして着替え終わった僕は、草むらから出て、その先の道を眺めます。なだらかに登っているけれど、そこまでキツくはないですね。ハイキングコース程度の山って感じです。でも妖魔のせいで、周りに人は居ません。
「さっ、行くよ~楓ちゃん~」
「了解っす~」
そのまま一緒に並んで、その先へと進もうとした時、僕は楓ちゃんのいる上空から、強い妖気を察知しました。
「楓ちゃん危ない!!」
「ぎゃん!!!!」
咄嗟に楓ちゃんを押して、そこから退かすけれど、勢いが強すぎたかな、楓ちゃんが何かに激突しちゃいました。
だけどその直後、何かが静かに降りて来て、僕に向かって刃物で斬りつけてきます。
「くっ……!!」
体を引いていたから、ちょっと掠めただけですみました。だけど、この太刀筋はかなりの手練れだよね。まさか……。
「むっ……胴と生き別れにさせて、引き裂いてやろうと思うたが、避けるとは……悪人のくせに――」
「僕達のどこが悪人に見えますか? スイトンさん」
「なに? むぅ……確かに邪心があまり感じられん。いかんいかん……気が立っておったわ。失礼」
おじいちゃんに聞いた通りの様相。全身毛むくじゃらで下駄を履いていて、更には顔の半分くらいあるんじゃないかと思うほどの、大きな口があります。この妖怪が、おじいちゃんの言っていた『スイトン』ですね。
体は人間の体に近いけれど、それ以外が異様だから、何も知らずにいきなり現れたらビックリしちゃいそうですね。
それにしても、体と同じくらいか、それより大きそうな太刀を持って振り回すなんて、このスイトンさんは凄いかも知れません。普通のスイトンさんは、刀なんて使いませんからね。
「ふむ……私の太刀筋を読むとは、狐の小娘はやるようだな。だが……」
「何ですか? 僕の実力にまだ不安でも?」
「いや、そちらの忍びの小娘は大丈夫なのかと思ってな」
「……あっ」
そう言えば、思い切り突き飛ばした後に、何かにぶつかる音がして、楓ちゃんが痛そうな声を上げていたような……。
そんな事を思って楓ちゃんの方を見てみたら、案の定木に激突していて、情けない格好を晒していました。
「姉さん酷いっす……」
「いや、あの……スイトンさんの攻撃から助けようとしてね……」
そもそも、避けそうになかった楓ちゃんが悪いよ。だから、お詫びとして何かさせろって目を向けられても、僕は知りません。
「それで、お前達は何しにここに?」
「そうでした。鞍馬天狗の翁に言われて、スイトンさんの助太刀に来ました」
「むっ? 翁が言っていた強力な助太刀っとはお前か」
「そうです」
強力な助太刀……ですか。何だか悪い気はしないけれど、天狗になってはいけませんね。それに何だか、背後からジェラシーな視線が……。
「な~んで、姉さんだけっすか~! 自分も強力な助っ人すよ!」
「そう言いながら僕の尻尾を狙わない!! 影の操!」
木にぶつかった後、何とか倒れないようにしながら、こっちに向かってよろよろと歩いて来ているのは気付いていたからね。
その後僕の尻尾を、背後から両手で、しかも思い切り鷲づかみにしようとした楓ちゃんを避けて、影の妖術で動きを止めました。
「酷いっすよ~!! 自分だって忍術扱えるっすよ!」
「それ妖術で誤魔化しているだけでしょう?! 本当に忍術が使えるなら、僕のその妖術から抜けてみて下さい!」
「言ったっすね~見てるっすよ!」
すると、楓ちゃんは目を閉じて何か集中し出しました。どうせ抜けられないと思うから、今の内にスイトンさんから事情を聞きましょう。
「大丈夫なのか?」
「あっ、大丈夫です。詳しい話を聞かせて下さい」
そんな僕達のやり取りを見て、スイトンさんは少し不安そうな顔付きになりました。でも、僕の実力はもう申し分ないと思ってくれたのか、スイトンさんは太刀を背中に担ぐようにすると、ゆっくりと話し始めました。
「実は、この辺りに悪さをする妖怪がいてな。私はそれを退治しに来たのだが……普通の妖怪の数倍強くてな。それに、この妖魔の集団よ。どうにも手が付けられなくなってしまったわい」
「それで、センターに助けを?」
「うむ……」
普通よりも強い……嫌な予感はします。
また酒呑童子さんが、何か企んでるのでしょうか? そういう薬をばらまいていたし、もしかしたらそれが残っていて、薬を飲んでしまった妖怪が暴れているのかも。これは気が抜けなくなりました。
「ぬぬぬ……姉さんの影の妖術を~操る!」
「無理だってば……」
そんな僕の後ろから、楓ちゃんの必死な声が聞こえてくるけれど、神通力も得た僕の妖術は、そう簡単には――
「出来たっす~!!」
「……えっ?」
――と思っていたら、なんと楓ちゃんが、得意気な感じで僕の影の妖術を操れたと言ってきます。だから、慌てて後ろを見たけれど……これ違う。
「影の鎧っす! どうっすか? 格好いいっすよね?!」
「楓ちゃん楓ちゃん……それ、僕の妖術に変に干渉したから、妖術が強力になって、体に纏わり付いて余計に締め上げてるだけじゃ……」
「ふふふ。姉さんとの合作……す、素晴らし……っす。ぐっ、苦しい……」
「わぁぁあ!! 楓ちゃん!!」
締め上げてる締め上げてる! 思い切り締め上げて首入っちゃってるから! 本当に余計な事ばかりするよね、楓ちゃんは。とにかく、影の操を解除して……って、出来ない。
「……あれ? あれ? 楓ちゃん、これどう干渉したの?! 僕の妖術なのに、僕の管理下から離れちゃってるよ!」
「うっ、くっ……自分のものに……しよう……と」
あ~それで僕の妖術を奪って、自由に使えるようにしようとしたんだね。
楓ちゃん、君はいつの間にそんなに妖術が使えるようになったの? いや、化け狸だから、自分の妖術を僕に近い妖術に化かせることで、それをやろうとしたんだね……でも、失敗したと。
「もうこれしかないや。術式吸収」
とにかく、影の操で解除が出来ないとなると、これで自分の妖術を吸収して、楓ちゃんを解放するしかありませんでした。
そして、楓ちゃんの体を縛り上げている影に指を当て、影の妖術を吸収して――
「強化解放。影の操」
――強化した影の妖術で、再度楓ちゃんを縛り付けておきます。
「ぬぁぁ! ちょっと、なんでっすか?! 酷いっすよ、姉さん~!!」
「良いから大人しくしていて下さい」
「は、はいっす……」
僕がちょっと怒り気味に言ったら、やっと楓ちゃんは大人しくなりました。ちょっと調子に乗りすぎましたね、楓ちゃん。
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