第肆話 【1】
スイトンさんに連れられて、僕達は更に上へと登って行きます。因みに、楓ちゃんは僕の影の妖術で、縄で縛ったようにしながら引っ張っています。
「姉さん……そろそろ解いて欲しいっすよ」
「だ~め」
またむちゃくちゃな事をされては困りますからね。それに、いざという時は楓ちゃんを囮に……なんて事が頭を過ぎっちゃいましたね。いけないいけない、いくら楓ちゃんでもそれは可哀想です。
「姉さん、なにか良からぬ事でも考えてたっすか?」
「ん~ん、そんな事ないよ~」
表情で読まれちゃったのかな。楓ちゃんが図星な事を言ってきて、内心焦っちゃいました。
「そろそろだ。奴が現れる場所に着くぞ」
すると、スイトンさんが足を止め、そして僕達の方を振り向きます。どうやら、いつもスイトンさんがその妖怪と戦っている場所に着いたようです。
地面が所々に抉れていますね。激闘を繰り広げている……そんな感じがして、僕はちょっと身を引き締めます。
「そもそも奴は夜行日、陰陽道でいうところの、忌み日に現れるのだが……ここ数日は頻繁に現れるようになっている。その原因も分からんし、普通より強力になっている奴に、中々対処出来ずにいるんだ。頼んだぞ」
「そうですか。よし、楓ちゃん。お願いだから、大人しくしておいてね」
スイトンさんにそう言われると、楓ちゃんをこのままにしておくわけにはいかないですね。影の妖術を解いて、楓ちゃんを自由にします。
「んっ、分かったっす。流石に自分でも分かるっすよ。真剣にならなければいけない時くらいは」
「そう言って真剣になった時ってあります?」
「失礼な! あるっすよ!」
「いつ?」
「え~と……」
考えている時点でもうダメじゃないですか。僕の影の妖術から解放されて、伸び伸びしているけれど、本当に真剣になってくれるのかな? 不安です。
「むっ、来たぞ!」
すると、スイトンさんが急に険しい顔付きになり、ある一点を見つめます。
その先からは妖魔も大量にやって来ているけれど、それと同時に何かが走る音も聞こえてきます。
これ、馬の走る音? なんで山に馬が……。
「楓ちゃん、いつでも戦える準備をしておいて……」
「大丈夫っすよ! 自分の忍術で落とし穴を作るっす!」
「また勝手な事を……! ダメですよ!」
だけど、楓ちゃんは僕の制止も聞かずに、地面に両手を付けました。
「土遁、
「ちょっ……!!」
嫌な予感がするよ。僕達の足下がズボッと抜けて、大きな落とし穴になっちゃうんじゃないんですか?! だけど、楓ちゃんが叫んでから、そんな気配が一切ないです。
「…………あれ?」
不思議に思った僕が首を傾げると……。
「ヒヒヒ~ン!!」
「うぉわっ!!」
遠くの方で何かが落ちる音と、馬の悲鳴と誰かの悲鳴が聞こえてきました。嘘でしょう……まさか楓ちゃんの妖術が成功して……。
「誰だ~!! こんな所に落とし穴を仕掛けたのは!」
「成功してる!!」
そして続く相手の叫び声に、思わず僕も叫んじゃいました。本当に成功したなんて……信じられない。
「ふっふ~ん。どうっすか! 自分も役に立つんっすよ!」
「たまたま成功したからって、あんまり調子には乗らないようにね……楓ちゃん」
まぁ、一つ気になるのが、楓ちゃんの足下がちょっとだけ陥没しているような気がするんだよね……。
「さぁ! 捕まえに行く……っすわぁあ!!」
「全くもう……」
そして、楓ちゃんが意気揚々と一歩踏み出した瞬間、目の前に出来ていたもう一つの落とし穴に、綺麗にはまりました。だから言ったのに……。
「おい、その狸……モグラの穴とか言ったな?」
「そうですね……つまり……」
そこら中に落とし穴があるということです。やってくれたね、楓ちゃん……やっぱり縛り付けておいた方が良かったのかな?
すると、僕達の前方から何かが飛び上がり、こちらに向かって飛び込んできます。大きな馬……に何か小さなものが乗っている? ただ、着地は大丈夫でしょうか?
「ヒヒ~ン!!」
「ここもかぁぁあ!!」
やっぱり……楓ちゃんが落ちたちょっと前に着地したけれど、そこも落とし穴がありましたね。豪快に落ちちゃったよ。これ、いったいどれだけの数の落とし穴が出来たのでしょう? 僕達動けない。
「くっ、ちくしょっ。やってくれるな、貴様等ぁ! 蹴り飛ばしてやる!」
すると、そこから這い上がってきた馬が、凄い早さでこちらに走って来ます。
対処はしたいけれど、問題なのが、僕達の周りにも落とし穴があるかも知れないということ。下手に動いて落ちたら危ないんだよね。
「くっ……!!」
そんな事を考えていると、こっちにやって来た馬が後ろを向き、そのまま僕達を蹴り上げてきます。
それを僕は、尻尾で受け止めて防いだけれど、馬の蹴りは強いから、ちょっと後ろにのけ反りそうになっちゃったよ。
「ほう、受け止めるか」
「そりゃね。というかあなたは……」
「『夜行さん』という妖怪だな。出歩いている人達を、馬で蹴り飛ばす妖怪だ」
ちょくちょく手配書に乗っていた妖怪さんでしたね。大きな1つ目をした、小さめの鬼です。馬の背中にちょこんと乗っている姿は、あんまり凶暴そうには見えないです。
ただ、夜行さんは対策があったから、何回か捕まっているはず……それなのに、今回は苦戦させられているんですね。
「スイトンさん、この妖怪さんの対策――」
「うむ、分かっている。とっくにその対策はした。だが、効果がないんだ」
「嘘でしょう……」
確か、草履を頭に乗せて伏せていたら、通り過ぎたはずです。そこを後ろから捕まえたりしていたみたいだけれど……というか、一つおかしな部分がありました。馬です。
夜行さんといえば、首切り馬に乗っているのが普通だけど、この夜行さんは頭のある、普通の馬に乗っていました。どういう事?
「スイトンさん……夜行さんの馬……」
「うむ、それは私も気付いていた。というか、その馬から何か感じないか?」
「んっ……んん~」
そう言われたら、馬からも強力な妖気が……というか、馬から風が……。
「姉さん~!! そんな事よりも一大事っす~!!」
一大事なのはこっちもなんだけど。落とし穴に落ちていた楓ちゃんが、何だか慌ててこっちに向かって来ます。
「もう、楓ちゃん。こっちの方が……っていっけない!」
なんと楓ちゃんの後ろから、数体の妖魔がこっちに向かって来ていました。
この辺りは妖魔が大量に発生していたっけ……夜行さんばかりに気を取られているわけにはいかなかったですね。
「あ~もう、夜行さんだけでも大変なのに、とにかく一旦逃げ……ぎゃん!!」
誰ですか! ここに落とし穴を仕掛けたのは! って、楓ちゃんだ!! 慌てて後退ったら思い切り落ちちゃいました。
「いかん……こちらは余り動けないのに、夜行さんと妖魔の対応は……」
流石にこの状況を前に、スイトンさんも困惑しちゃってます。でもちょっと待って、夜行さんの姿がないような気がします。どこに行ったのですか?! 今すぐ探さないと。
「……いつつ、楓ちゃんは妖魔の対応!」
「無理っす!!」
「それじゃあ夜行さんを探して!」
何とか落とし穴から這いずり出ると、僕は楓ちゃんに指示を出します。というか、この落とし穴結構深いですよ。
とにかく妖魔の対応が無理なら、楓ちゃんに夜行さんを探して貰って、その間に僕が妖魔を――
「居たぞ! 空だ!」
「なっ……?!」
すると、スイトンさんが空を指差して叫びます。そこには、空を舞う何体かの妖魔に紛れて、風のように飛ぶ馬の姿がありました。もちろん、その背には夜行さんが乗っています。
だけど、夜行さんにあんな能力はない。あの馬は間違いなく、夜行さんの馬じゃない。それじゃあ、あの馬はいったいなんなんですか……。
もし別の妖怪の馬だったのなら、なんで夜行さんを背中に乗せているんですか? 分からない……分からない事だらけだよ、もう。
「というか、空飛べるなら落とし穴の意味無かったっすね」
「……楓ちゃん、今すぐにそのお口にチャックをして下さい」
「んっ……」
楓ちゃん、それは自爆しているからね。後でお説教だからね。気付きたくない事に気付いちゃったからね。
そして、僕が怒っている事が分かったのか、楓ちゃんは大人しく口にチャックをする素振りをしました。可愛いけれど、それでは許しませんからね。
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