第陸章 泰山圧卵 ~激戦の中の勝敗~

第壱話

 天逆毎さんのところでひとしきり遊んだ僕は、大嶽丸の持っていた顕明連も持たせて貰い、更に神通力を安定させました。

 これでだいぶ空狐の力を扱えるようになったけれど、恐らく空狐はまだ、僕を乗っ取ろうとしているでしょうね。


 それに気を付けながら、僕は動かないといけません。今は人間達の行動も抑えないといけないですからね。


 因みに、大嶽丸は天逆毎さんが面倒を見る事になりました。本人は凄く嫌がっていたけれど、天逆毎さんの機嫌を悪くさせたら吹き飛ばされちゃうからね。しぶしぶと従っていました。


 そして僕達が帰る時に、やっと飯綱さんが戻ってきたけれど、何だかずぶ濡れになっていましたね。海にでも落ちたのかな……。

 そのまままた演奏されそうだったから、急いで飯綱さんを引きずりながら、おじいちゃんの家へと帰ってきました。


「椿ちゃん、お帰りなさ~い!」


「お帰り、椿ちゃん!」


 すると、僕達の帰りを待っていた里子ちゃんと、座敷わらしのわら子ちゃんに出迎えられました。


「わら子ちゃん?! おじいちゃんの家に来て良いの?」


 僕が驚いていると、わら子ちゃんの後ろから龍花さん達4人が現れて、事情を説明してきます。


「椿様、私達が戻っているので、もう大丈夫ですよ」


「まぁ、しばらくは妖界で様子を見ていましたが、酒呑童子の動きが見られなかったので、大丈夫だと判断しました」


「というか、これ以上は座敷様の機嫌が……」


「色々と限界だったと言うことです」


 ご苦労さまです。確かに良く見たら、龍花さん達の着ている服が少し乱れているような……。


「さっ、椿ちゃん。今日はこっちで皆とご飯を食べよう!」


「里子ちゃん、尻尾を引っ張らないで下さい。それに、僕はおじいちゃんに報告する事が……」


「それなら我等がしておく。お前さんは皆の相手をしておくんじゃ」


 すると、里子ちゃんから逃げようとする僕を見て、白狐さんがそう言ってきます。

 あれ、もしかして気を遣わせちゃったかな? 僕が最近頑張り過ぎているから、皆に労わさせようとしているのかな? さっきまで天逆毎さんのところで遊んでいたのに。


 だけど、白狐さんも黒狐さんも優しい顔をしていて、飯綱さんと妲己さんは、僕の尻尾を掴んで引っ張る側に回っていました。なんで?


「まぁ、観念しなさい。あんたさっきは遊びまくって、私を困らせていたからね~今度は私達が困らせる番よ」


「そもそも私は完全に部外者になってたっての! 遊ばせろっての!」


 いや、あの……部外者になっていたのは完全に飯綱さんのせいですからね。


 あとさ……。


「ん~皆と過ごすのは良いけれど……そこのお二人は何をしているの?」


「ドキッ!」


「ギクッ!」


 そうなんです。皆に紛れてバレないようにしていたのは、葛の葉である咲妃ちゃんと、豊川稲荷のトヨちゃんでした。

 自分から「ドキッ」とか「ギクッ」とか言ってどうするの? 何かやましい事でもあるのかな? いや、あるのでしょうね。


「あ、あの~完全に相手にしてやられて、不様な負け狐になってしまった私達なのよ。責められて当然ですよ……そりゃあコソコソしちゃうわよ」


「葛の葉さんは悪くないです……私が見過ごしてしまったから~」


 そう言えばトヨちゃんは、咲妃ちゃんと一緒に行動していましたね。半ば無理やり連れ回されていたけれど。


 とにかく2人は、空亡の復活を阻止するために動いていたけれど、完全にあの陰陽師の4人に、出し抜かれてしまっていたんですね。全然見ないな~と思っていたけれど、後ろめたくて合わす顔が無かったんですね。


 全くもう……2人とも、僕が怒っているとでも思っていたのかな?


「2人とも、僕は怒っていないですよ。何で顔を見せてくれなかったの? 心配したんですよ」


「わ、私達を責めないの? 椿ちゃん」


「当然ですよ」


 そして僕の顔を伺いながら、咲妃ちゃんがそう言ってきます。咲妃ちゃん、君は葛の葉でしょう? 僕より上なのに、何で僕に責められるのを恐がるのかな?


「咲妃ちゃん、あなたの方が歳も何もかも上でしょう? 何で僕を恐がって――」


「だって、嫌われたくはないから」


 何だか、咲妃ちゃんが葛の葉さんに見えなくなってきてしまいました。


「もう……大丈夫ですよ。だって、相手はそれだけの実力を持っていたんでしょう? 例えあなた達が強くても、強力な神通力を扱えても、相手の策略を読み切れなかったらしょうがないですから。僕だってそういう事はあるよ。よっぽど、油断したりしていなければね」


「うっ……!」


「つ、椿ちゃん……ごめんなさい」


 あれ? どういう訳か、咲妃ちゃんとトヨちゃんが更に縮こまっていっています。なんでかな?


「あの、金狐銀狐が封印を強めたから、油断して……ちょっと、お昼寝を……ね」


「あ~なるほど、それでその瞬間を突かれたんですね~」


 とりあえず影の妖術を発動して、2人をくすぐっておきます。


「きゃははは! ご、ごめんなさい! 椿ちゃん!」


「あははは! 許して、許してぇ!!」


 咲妃ちゃんはそれらしく大声で笑っているし、トヨちゃんも必死に耐えながらも笑い転げています。

 どっちにしても、2人の隙を伺っていたのなら、遅かれ早かれこうなっていたのかも知れません。


 だって、空亡だけに集中しているわけにはいかなくなっちゃったからね。


 そして十分満足した僕は、2人を影の妖術から解放します。すると丁度その時、里子ちゃんがおやつを運んで来てくれました。それを見てお腹がなってしまいましたよ。


 天逆毎さんのところには朝早くに行っていて、お昼ご飯を向こうで食べたとはいえ、あれだけ遊んでいたからね。小腹が空いちゃってました。


「は~い、椿ちゃん~今日は新作の……伸びる草だんごさんだよ~」


「危なっ?!」


 里子ちゃんがお皿に乗った団子を机に置いた瞬間、草だんごが急にお餅みたいに伸びて、僕を殴ろうとしてきました。当然妖気を含んでいますからね。妖怪食です。

 ギリギリで避けられたけれど、危うく殴り倒されるところでした。里子ちゃんがニコニコしているし、わざとですね。


「里子ちゃ~ん」


「だって椿ちゃん……最近私と一緒にいてくれないから」


 耳も尻尾も垂れ下げて、寂しそうな表情を浮かべないで下さい。そんな顔をされたら、何も言えないじゃないですか。


「はぁ、しょうがないです。それじゃぁ、このおせんべい……おっと!!」


 その隣には、香ばしい醤油の香りがするおせんべいがあって、普通のおせんべいよりも美味しそうだったから、手を伸ばしたけれど、突然円盤のようにして回転しながら飛んできました。


「…………里子ちゃん、あのね……」


「くそっ、椿ちゃんの尻尾の毛、取れなかった~」


 避けて正解でした。襖におせんべいが当たった瞬間、襖が真っ二つになっていました。切れるはおせんべいですか……なんて物を出しているの、里子ちゃんは! しかもその後、舌打ちしながらとんでもない事を言ったよね。


「僕の尻尾の毛が欲しいからって、ここまでする?」


「椿ちゃん強いんだもん、こうでもしないと……」


「何でそんなに僕の尻尾の毛が欲しいの?」


「……椿ちゃんの匂いが欲しかったの。椿ちゃんがいないときに嗅ぎたかったの!」


 遠慮なしに言ってきましたね。全くもう、それが欲しい為だけにこんな事をしたんですか……。

 落ち着いておやつも食べられないから、尻尾の毛の1本や2本くらい上げた方が良いかも知れません。


「もう、しょうがないなぁ……つっ! はい、里子ちゃん」


「えっ、つ、椿ちゃん?」


 僕が自分の尻尾の毛を2~3本抜いてから、それを里子ちゃんに渡そうとすると、里子ちゃんが目を丸くてして驚きました。

 否定するとでも思ったの? 僕だって何でもかんでも否定はしないし、別にこれくらいなら平気だと思ったらやってあげますよ。


 それに、里子ちゃんには寂しい思いをさせているからね。これくらいはね。


「僕だって、里子ちゃんと遊んだりしたい時はあるよ。でも、まだまだ落ち着いていないからね。色々と落ち着いたらまた遊ぼう」


「椿ちゃん~! ありがとう!!」


 そして、里子ちゃんが僕の尻尾の毛を受け取ると、感激のあまり泣き出してしまいました。大げさだってば……。


 でもその後、里子ちゃんの後ろには他の妖怪さん達が並んでいました。

 全員里子ちゃんと同じものが欲しいのかな?! 僕をハダカ狐にしたいの?!


 当然、僕はこのあと皆から逃げ回る羽目になりました。

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