第拾弐話
「ぬぅ……この俺の速度に追い着くとは!」
「へっへ~僕が鬼になったら大変だよ~」
「なんのぉ!」
「うわっ!」
僕は今上空で、妖怪化して立って喋れるようになった鷹さんを追いかけています。
要するに本気の鬼ごっこ中なんだけれど、空を飛ぶ鳥や猛禽類さん達が優位過ぎたので、僕も神通力を使って必死になっています。これは神通力を扱う練習にもなるから助かるよ。
だけど、その鷹さんは凄い勢いでカーブしたり、いきなり急降下急上昇したりと、空を自在に舞っています。
僕はまだ空を飛べるようになって間が無いから、追いかけるだけで精一杯です。他の妖怪さんを狙おうかな。
「くっ……皆地面でちょこまかと……自然で精一杯生きてきた動物さん達は、凄く身体能力が高いですね」
「当然だ! 生きるか死ぬかだからな!」
下にいる妖怪さん達も、凄いスピードで飛び回っているから、上空からでも捕まえるのが難しそうです。
リスさんなんて、目に見えないほどのスピードなんですけど。うさぎさんは凄いジャンプ力だし、野犬さんも逞しく走っていたからか、スタミナが中々切れません。猫さんは木の上で飛び回っているし……これ、僕達の方が不利だったのかな?
「椿~これ結構楽しいんだけど~」
そして更に上空からは、天逆毎さんが不服そうな顔をしてそんな事を言ってきます。
そんな事を言われても、天逆毎さんはもっと捕まえられないよ。逆転されるんだもん……立ち位置とか、進む方向まで逆にされたら、捕まえるのなんて一苦労です。
だから無視しているけれど、そんなの天逆毎さんが許すわけなかったです。
「ねぇ~楽しいね~」
わざと僕の近くまで寄っていって、鬼である僕にタッチさせようとしています!
だけど、天逆毎さんの方に手を伸ばしたら、僕は逆の方の手を伸ばしちゃうんだってば。反対の手を伸ばせば良いと思うんだけど、そのタイミングを見計らって、この逆転する能力を解除してくるんです。だから、結局逆の手を伸ばしちゃいます。
「天逆毎さんの真剣な力には勝てないです……」
「それで良いの?」
「…………」
「どんな強敵にも勝てないと。あなたはこれから、強大な敵と戦うことになるのよ」
分かってはいました。これが遊びに見せた、神通力の実戦訓練である事くらいはね。だから真剣にやっていたけれど、天逆毎さんにはどうやってもタッチ出来そうにないです。
それでもやらないといけないらしく、天逆毎さんが僕の真正面に来て、僕を挑発してきます。
「くっ……もう……!」
「そうそう、そんなに頑張らなくて良いからね~」
天逆毎さんを満足させないと、この遊びに見せた実戦訓練は終わらない。
それならと思って両腕を伸ばしたけれど、後ろに伸ばしていました。僕、前に伸ばしたいの!
「そうそう……それと、そこで満足している妖狐達も来なさい」
すると天逆毎さんは、木の陰でへたり込んでいた白狐さん達4人を見つけ、宙に浮かせてきました。勿論、4人とも慌てています。
「おわっ!!」
「ま、待て! 少し休憩を……!」
「ご、ごめんなさい! 助けてお母さん!!」
「く、訓練……訓練だと思ったら……はぁ、はぁ」
飛君はやる気だけれど、香奈恵ちゃんは後悔したのか、涙目で訴えています。白狐さん黒狐さんは青ざめているし、皆情けないです……って、妲己さんは?
「そこに隠れるな、悪狐」
「きゃぁああ!! ちょっと! 私は良いでしょう!」
あっ、木のてっぺんの葉っぱの中に隠れていたね。卑怯だよ、妲己さん。
それにしても、なんで皆逃げるのかな?
「もう、結局僕しか遊んでないじゃん~」
「こ、これが遊びか?」
「椿よ、もう少し周りを良く見てくれ」
確かに、皆歓喜の声より悲鳴に近かった気がします。僕の全力の遊びに着いて来られるのは、ここの動物妖怪さん達と、天逆毎さんだけ? それなら何だか寂しいな。
「ほらほら、ぼぅっとしてないで、私を捕まえて見なさい~」
あっ、そんな事より、今は天逆毎さんを満足させないといけません。そうじゃないと、吹き飛ばされるよ。
「ほら皆、観念して下さい。僕が天逆毎さんをタッチする手伝いをして下さい」
「ぬぅ……鬼役の手伝いとは」
「それは本当に鬼ごっこなのか? 椿」
白狐さん黒狐さんが首を傾げているけれど、確かにこれだと鬼ごっこっぽくないですね。
「良いわよ。皆で協力して、私を鬼にしてみなさい」
だけど、天逆毎さんは僕達を見ながらそんな事を言ってきて、嬉しそうに口元を緩ませています。
それなら、遠慮なく皆に協力して貰いましょう。そうじゃないと、1人じゃ絶対に捕まえられないよ。
「というわけだから、皆行くよ!」
「くそ、仕方がない。椿に追いかけられるよりマシか……」
「黒狐よ、口が滑っておるぞ」
聞こえたよ、黒狐さ~ん。そんなに僕に追いかけられるのは嫌なんだね。それなら、妲己さんと一緒に居てください。
そして僕は、自分の尻尾で黒狐さんを突くと、その後ろにいた妲己さんの元に押しやります。
「ふんっ」
「うぉっ! 椿待て、違う! 鬼ごっこで追いかけられるのがだ!」
「知りません~行きましょう、白狐さん」
すると、白狐さんが黒狐さんに向かって、勝ち誇ったような顔を向けました。黒狐さん悔しがっているけれど、妲己さんにお尻抓られてるよ。そっちも気にしたら~?
「もう、お母さんったら、またお父さん達を困らせて……」
「香奈恵お姉ちゃん……お父さんって、2人もいるの?」
しまった。香奈恵ちゃんの言葉に、飛君が凄く不思議がっています。そう言えば、まだちゃんと説明していませんでしたね。白狐さん黒狐さん達との関係を……。
でも、それは帰ってから説明するとして、今は天逆毎さんです。
「それじゃあ皆、行きますよ!」
「しかし椿よ、そっちは逆じゃぞ!」
「うわぁぁあ!!」
目の前で悠々と空を飛んでいる天逆毎さんに向かって、一気に飛んで行こうとしたら、思い切り後ろにいる黒狐さんの方に向かって行っていました。
「おぉ、やっぱり俺の方が良いのか、椿!」
「違う違う違う!! 天逆毎さん!」
「ふふふ、喧嘩しなさいよ~」
急いで逆の方に行こうと考えて、Uターンしようとしたけれど、そのまま黒狐さんの方に突っ込んでる! これ、行動を逆転された後に元に戻されてる!
「うっ……くっ……違う……後ろ、前、後……あぁぁぁあ!!」
何を考えても、行動が逆転されたり戻されたりしていたら、どうしようもないよ!
「おぉ……! 椿、やっぱり俺が良いんだな」
「うぶっ! くっ、勘違いしないで下さい。というかタッチです、黒狐さんが鬼~」
結局黒狐さんの胸に飛び込んじゃいました。妲己さんが呆れた顔しているけれど、天逆毎さんの能力のせいなのは分かっているみたいです。
「おっ、しかし俺が鬼では……」
「そうですね……だから行ってらっしゃい!!」
「ぬわぁぁぁああ!!」
黒狐さんの胸に飛び込んだ瞬間、僕はあることを思い付きました。
そして僕は、そのまま黒狐さんを自分の尻尾で掴み、天逆毎さんの方に向けて放り投げます。天逆毎さんが避けられない程のスピードでね。黒狐さんなら、妖気で身を守っているから大丈夫です。
「へっ? ちょっと……きゃぁっ!!」
すると、驚いた天逆毎さんが、黒狐さんの飛ぶ方向を逆転しようとしたけれど、そもそもあまりの事でビックリしたのか、思考を逆転しようとしていました。だから、天逆毎さんはそのまま黒狐さんと激突です。
だって、黒狐さんはただ吹き飛ばされてるだけですからね。自分の意思で天逆毎さんに向かってませんから。
「おっ、タッチだな」
「うっそ、やるじゃな~い」
そしてぶつかった黒狐さんが、隙を突いて天逆毎さんをタッチしました。これで僕達の勝ちですね。
何だか、本来の遊びの内容と変わってる気もするけれど、これで良いよね?
「私を鬼にするなんてね~つまらないわね~」
あ、あれ……だけど天逆毎さんは、そのまま嬉しそうな顔をし出しました。もしかして、このままでは終わらせないって事ですか? 嘘でしょう。
「それじゃあ、次は私から逃げてみなさい!」
「む、無理です~!!」
そう言うと、天逆毎さんは僕目がけて飛び込んで来ました。
何で僕かな?! その動線には黒狐さんと白狐さんも居るのに、何で僕?! 勘弁して下さい。
「逆、逆! 天逆毎さんの方に向かったらダメェ!!」
「さぁ! 対処してみなさい!」
こんな一方的な鬼ごっこ、初めてです。
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