第伍話 【1】

 自分の馬を止めた馬魔の女の子だけど、その後直ぐに辺りを伺っています。

 犯人が僕じゃないとなると、その犯人を探すのは当然です。でもその前に、自分の馬を取り返さないのかな? 夜行さんが凄い形相でこっちを睨んでるよ。


「あの、自分の馬を取り返さないの?」


「そうしたくても、変な装飾で無理やり繋げられているのよ。大きくなっちゃってるのも、多分あの首のやつのせいよ」


 馬魔の女の子が言った後、僕も夜行さんと、その女の子の馬を再度確認します。そういえば、何か首に付いていて、そこから異様なまでの強い妖気を感じていたんです。

 これが、2つの妖怪を無理やり引っ付けていたんですか。だけど、夜行さんのその馬を取り替えたところで、何の意味があるんでしょう……。


「とにかく犯人を見つけて、あの装飾を取らないと。ついでにその後、脚をもつれさせて100回転ばせてから、その周りを回って小馬鹿にしながら笑ってやるわ」


「100回もしないでしょう。それに、それは馬にするやつですよね……人にやったら駄目です」


「なんでよ! それくらいしないと気が済まないわよ!」


「なんでって……」


 最終的に死んじゃうでしょうが……流石にそれはさせませんよ。


「とにかく、夜行さんと君の馬を離せば良いんでしょ?」


「そうよ、でもあれはそう簡単には――」


「御剱、神威斬!」


「嘘……」


 御剱に神妖の妖気と、若干の神通力を混ぜれば、あれくらいは何とか壊せます。でも、それは凄い硬くて、普通の妖術とかなら壊せなかったと思います。僕にかかれば真っ二つだけどね。


「あんた何者……って、良く見たら有名な妖狐だったわね」


 良く見ずに僕を襲っていたのでしょうか? 頭に血が上っていたからだと思うけれど、今度からはもう少し周りを見て下さいね。


「でも、ありがとう。多分これで私の馬は戻ると思う。おいで」


 そして、馬魔の女の子が夜行さんの乗る馬に指示をした瞬間、その馬は夜行さんを振り落とし、女の子の元に向かって来ました。というか、夜行さんが可哀想……と思っていたら、女の子が降りた首のない馬の方が、夜行さんに向かって行きましたね。


「あぁ、良い子良い子……良かったわ、一時はどうなるかと」


「良かったですね。というか、その馬もそんなに小さかったんですね」


「ブルル」


 その馬に馬魔の女の子が乗ると、綺麗な毛並みの子馬になっちゃいました。しかも、毛色も玉虫色になっているし、少し幻想的に見えてしまいました。でも、この妖怪さんもあまり良い妖怪さんじゃないんですよね。


「ふふ、ありがとう。お礼に、あなたが使う馬は転ばせないでおいてあげるわ」


「ど、どうも……」


 僕は馬なんて使わないけれど、今度使う事になったとしても大丈夫そうですね。


「い……ててて。あれ、俺はどうして……」


「そっちも気が付いたみたいね。完全に操られて、情けないわね」


 下に向かって落ちていた夜行さんが、首のない馬に助けられて無事に着地した後、頭を押さえながら言ってきました。そっちも無事のようで良かったです。


「あっ? お前馬魔か? くそ、馬を取り替えられ、操られていたのか」


「あら? 何をしていたのかの記憶はあるのね。それじゃあ、いったい誰に取り替えられたのかも覚えてるわよね?」


「そういうお前さんの方が覚えているんじゃないのか? 俺は気が付いたらこうなっていたんだよ」


「あら、そう……」


 何だか馬魔の女の子が目を逸らしているけれど、この子は操られていなかったし、1番犯人を見た可能性があるんじゃないでしょうか? 事態を何とかしようとしていて、その事が頭から抜けていたよ。


「あの、君は操られていなかったんだよね? それなら、犯人を見たんじゃ……」


「…………見てないわ」


「えっ? それじゃあ、気が付いたら馬が盗まれて?」


「そ、そうよ……ちょっと目を離した隙にね」


 あれ、何だか返事がたどたどしいんだけど? 何か隠しているのかな。とりあえず、ずっと見つめておきましょう。


「……くっ」


 冷や汗を掻いてきていますね。もうちょっとかな。


「あ、あなたのその屈託のない瞳で見つめるの、卑怯よ!」


「皆そう言います。でも、それって隠し事してるからだよね?」


「うぅぅ……分かったわよ。ちょっとお昼寝してたら盗まれたのよ!」


 なるほどね。ということは、結局犯人は見ていないということになりますね。困りましたね。


「なんだよ、あんたも見てねぇのかよ」


「仕方ないですね。犯人探しは、この辺りで見つからなければセンターに頼むしかないです。とにかく今は、この場所から離れましょう。そうしないと――」


「あの妖魔とかいう化け物が、こっちにも向かってくるかも知れない……ですね」


「そうそう……って、ん?」


 誰でしょうか……馬魔さんの声でもない、夜行さんの声でもない。誰の声ですか? いや、僕の右隣に誰かいる?!


「誰ですか?!」


「あぁ……びっりした。いや、これは失礼」


 振り向いたそこには、スーツ姿だけど、髪の毛がワカメみたいにボサボサになっている男性が、宙に浮いていました。

 いや、肩に何か布みたいなものをたなびかせていて、そこから風が発生し、この人を浮かせている。

 そもそも、この人から妖気を感じられない。つまり、普通の人間なんです。もしかしたら妖気を隠しているかも知れないけれど、それなのに空を飛んでるということは……。


「その布……妖具ですね」


「ん~残念、違います」


「へっ?」


 いったいどういう事でしょう。この人半妖でも妖怪でもなさそうなのに、妖具じゃないって……わけが分からないよ。

 据わった目つきで、ジロリと僕達を見ているその人は、少し異様な雰囲気を漂わせています。多分人間……のはずなんです。何だか異様な力は感じるけれど……。


「それにしても、意外と使えないものですね。そこの2体の妖怪は。別の組み合わせの方が良かったか?」


「使えない……? まさかあなたが……!」


 そして、その男性が突然そんな事を言ってきたもんだから、僕は咄嗟に御剱をその人に向けます。当然、僕の横にいる馬魔さんと夜行さんも、臨戦態勢です。


「まぁまぁ、落ち着いて下さい」


「これが落ち着けますか……!」


 平然と僕達の前に現れるなんて、何を考えているのでしょう……いや、また妖怪を利用するために、僕達を捕まえるつもりなんじゃないでしょうか。しかも余程の自信があるみたいです。堂々と出て来るんだもん。


「やれやれ……私達はあなた達に、未来の可能性を与えて上げようというのに」


「未来の可能性? 何その胡散臭い企業の定番の謳い文句は」


 全部じゃないけれど、そういう事を言う会社に限って、一部ろくでもないことをしていたりする場合がありますからね。


 そもそも、この人はいったい何者なの……。


「あなたはいったい……」


「失礼しました。私はこういう者です」


 そう言って、その人は僕の言葉に答えるようにしながら、懐から名刺を出してきます。それを警戒しながら受け取るけれど、そこで僕を捕まえたりはしてこなかったですね。


「……あなたの街の便利屋? テー……ル……ム? テールム?!」


 日本語じゃなかったから読むのに時間がかかったけれど、間違いなくこれ、テールムって読むよね?! まさか、杉野さんが言っていた、武器密輸組織のテールムですか?!


「おや、私達の事を知っているのですか?」


「そりゃぁね……妖怪を武器として、兵器として使おうとしているんでしょう!」


「おやおや、そのように出回ってしまっていますか。いや、それはなにも、君達を存外に扱おうと言うわけではないのです。むしろ、あなた達の存在を尊重し、その力を増幅させ、来る大敵に備えようという事なんですよ」


「そう言いくるめられたら簡単だよね。でも、僕はそう簡単には騙せないよ」


「おや……そうですか。空狐の神通力……とても魅力的で良い兵器になると思いましたがね」


 これ以上言い合いしても無駄だと、その人は直ぐに理解したのか、何とかあの手この手で言いくるめようとはしてこずに、その男性は殺意と欲を剥き出しに、舐めるような視線で僕を見てきます。気持ち悪いです……。


「仕方ありません。それならば……この、妖怪達の妖気を集め、新たに誕生した兵器の臨床試験も兼ねて、ここは無理やりにで――」


「止めてくれっす~!!!!」


「――もぉおおおお!!!!」


 あっ、目の前の男性が吹っ飛んで行っちゃいました。


 というか、今の楓ちゃん?! 大砲の弾みたいにして吹き飛んできたと思ったら、相手の横っ腹に頭突きをしてそのまま遠くへ……何やってるの楓ちゃん! シリアスな場面が台無しだよ!


 それよりも、新たな兵器とか言ってましたよね……こっちもこっちで、のっぴきならない状態になっているのかも知れません。


 うん、でも先ずは楓ちゃんを助けてからだね。

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