第伍話 【2】

 今回の事件の犯人、武器密輸組織『テールム』の一員は、吹き飛んでしまいました。

 それを吹き飛ばしてくれた楓ちゃんを助け、その後は当然、頭の両端を拳で挟んでグリグリです。


「いででで……痛いっす~!」


「全くもう……言ったよね? 邪魔しないでって。というか、スイトンさんは?」


「妖魔を蹴散らしてるっす。あっ、ある程度終わったっぽいっすよ」


 すると、上空にいる僕達を見たスイトンさんが、こっちに向かって手招きをしてきます。ということは、そこに降りても大丈夫そうですね。


 そして、僕達はゆっくりとスイトンさんの前に降り立ちます。


「いや、すまん。その無鉄砲な子を何とかしようとはしたが……」


「あ~大丈夫です。悪いのは楓ちゃんなんで」


「何でっすか?! 自分姉さんを助けたのに~」


「それは助かったけれど、もう少し方法というのをね……人間大砲みたいにして吹っ飛んでくるとは思わなかったよ」


 僕達が地面に降りた後、スイトンさんがそう謝ってきたけれど、この妖怪さんは何も悪くないので、頭を下げようとするのは止めました。その代わり、楓ちゃんに頭を下げさせます。グリグリは続行でね。


「痛いっす痛いっす~! いや、風の忍術で助けようとしたっすけれど、思った以上に威力が……」


「慣れない属性は使わないで下さい」


「はいっす……」


 流石に楓ちゃんも怖かったのか、僕の言葉をすんなりと聞いてくれていますね。


「あの……そろそろ私達は帰って良いかしら?」


「あの組織の事はそちらが報告してくれるのだな? それならば、俺達は良いよな?」


 すると僕の後ろから、馬魔の子と夜行さんが話しかけてきます。もうすっかりと元通りですね。


「あっ、はい。僕の方で報告しておきます。ただ、今回の事は知り合いの妖怪さん達に……」


「あぁ、伝えておく」


「分かっているわ。人間に気を許すなって」


 すると、馬魔さんがかなり物騒な事を言ってきます。しかも鋭い目つきで睨んでいて、人を恨んでいそうです。


「あっ、いや……それはそれで……」


「何でよ? あなた、これだけ人間に良いように利用されておいて、まだ人間との共存なんて求めてるの」


 そして、馬魔さんはきつめの口調で続けて言ってきます。

 確かに、僕の考えや行動を完全に逆手にとるような今回の事件。言いたい事は分かるよ、それでも……。


「僕はまだ……」


「……はぁ、被害が出てからでは遅いわよ。あの人間の居る組織、私達妖怪を武器として使おうとしているっぽいじゃないの。そんなの私達はごめんだからね」


「あぁ……せいぜい抵抗させて貰うぞ。他の仲間達にもそう伝えておく」


 駄目です。馬魔さんと夜行さんは、今回の事で完全に人間達を敵視するようになっちゃいました。これを取り払うには、言葉では無理です。

 いくら言葉で言っても、あんな風に操られたり、利用されたりしてしまったら、そう簡単に信用出来なくなるよね。


「それじゃあね~」


「お前も、決心が付いたのなら言え。今回の恩もある。力を貸してやる」


 そして、馬魔さんと夜行さんは僕にそう言い残すと、その場から去って行きました。


「姉さん……」


「楓ちゃん、ごめん。ちょっと、自分自身が情けなくなっちゃって。言い返せなかったよ」


 楓ちゃんが不安そうに僕を覗き込んでくるけれど、今はちょっと何も言えないよ……。


「ふん。馬鹿らしい」


「えっ……?」


 すると、その様子を見たスイトンさんが、突然そんなことを言ってきました。いきなり何を言うんでしょう。


「善や悪に人間も妖怪も関係なかろう。人間でも悪い奴はいる。妖怪にもいる。そこになんの境界線がある?」


「…………」


「そうだろう? ならば悪しき者は断つ。良き者だけに、妖怪の魅力を伝えれば良かろう。無理に共存共存言わずとも、自然と共存出来る道もあろうて」


「……スイトンさん」


 この妖怪さんはずっとずっと、悪行を行っている者を成敗していたんだ。色んな人達や妖怪を見てきているんだ。だから、言葉の重みが違います。

 それと、スイトンさんから『共存』という言葉が出て来て、ビックリしちゃいました。


「スイトンさんも……僕と同じ考えなんですか?」


「……まぁな。それが1番、悪しき者を生み出さずに済む方法かも知れん。それに悪しき者が出ても、私の力を堂々と使い、私の存在意義が証明もされる! 素晴らしいではないか!」


 あっ、そうだった。僕達妖怪はその存在を忘れられたら、力が極端に弱くなっちゃうんです。

 だから定期的に人を驚かしたり、その存在を感じてもらうため、色々な事をしているんです。


 人間と共存出来れば、妖怪の存在を常に感じてくれるから、そんなギリギリの事をしなくても済むんです。

 あまり人々に知られていない妖怪さん達でも、妖怪というだけで、力が安定して、生活しやすくなります。だから……。


「そうですね、スイトンさん。でも僕はやっぱり、人間と妖怪が共存する世界を目指すよ」


「うむ。そうなると、今の所その障害となっているのは……」


「テールム……そして物部天獄、空亡。酒呑童子さんは……まぁ、今は放っておいても大丈夫かも。戦力だいぶ削りましたから」


「ふむ、大変じゃな。良かろう。私もお前さんの力になれるよう、色々と手伝ってやる」


 そんなスイトンさんの言葉に、僕は嬉しくなっちゃいました。

 今は色々やることがあるけれど、それでもちょっとずつ解決はしています。


「ありがとうございます、スイトンさん。何とかやってみます」


「うむ。センターには連絡しておく。今日は帰ってゆっくりと休め」


「そうします」


 今日も疲れました。このままおじいちゃんの家で、里子ちゃんのご飯でも食べたいです。

 最近そういうことが多いけれど、色々とある以上、おじいちゃんの家の方が情報を直ぐに聞けるから、便利なんですよね。


「さて、それじゃ帰ろうか、楓ちゃん」


「はいっす!」


 そして、僕は楓ちゃんに向かってそう言い、おじいちゃんの家に飛んで行く準備をします。


「ちょっと待て」


「はい?」


 すると、そんな僕をスイトンさんが止めてきます。


「そこの化け狸の小娘。1~2週間貸せ」


「えっ? えっと……」


「何でっすか?!」


 そのスイトンさんの突然の言葉に、楓ちゃんが1番驚いています。確かに、楓ちゃんを貸せってどういう事だろう? 不思議に思って僕は聞き返します。


「えっと、なんでですか?」


「そいつは鍛え直さないといけないだろう? お前も、鞍馬天狗の翁のところも忙しそうで、面倒を見れんだろう? それならば、私が修行を付けてやる」


 スイトンさんが、楓ちゃんの修行を? それは――


 願ってもないですね! だから僕の答えはこうです。


「あっ、よろしくお願いします」


「姉さん?! 即答っすか!! ちょっとスイトンさん、根に持ってるんじゃないんっすか?!」


「師匠だ。馬鹿者」


「もう師匠っすか?!」


 楓ちゃんがあわ食っているけれど、いったいスイトンさんにどんな迷惑を……もうこうなったら、ここで徹底的に修行をして貰って下さい。


「それじゃぁ楓ちゃん、2週間後に迎えに来るから、しっかりと修行して下さい」


「まさかの長期コースっすか?! せめて1週間、1週間に! いや、修行なんて勘弁っす!」


 楓ちゃんは必死に僕にしがみつき、泣き顔で訴えてくるけれど、君の今までの行いを思えば、どこかで誰かにしっかりと修行をつけて貰わないと駄目だと思っていたんです。


「楓ちゃん。くノ一になるのに、楽な道なんてないよ。『日々是修行』の毎日でしょ? ねぇ、楓ちゃんはどれだけ修行しましたか?」


「…………何も言えないっす」


 ということは、だいぶサボっていたんですね。それならもう、反論する権利は君にはないよね、楓ちゃん。


「分かってるじゃないですか。それじゃあスイトンさん、お願いします」


「うむ、任せろ。せめて戦闘くらい、足を引っ張らない程度にしてやる」


 それだけでもだいぶマシになりますね。スイトンさんは、しっかりと型の整った戦い方をしていたし、安心して楓ちゃんを任せられます。


 そして僕は、スイトンさんに楓ちゃんを任せ、おじいちゃんの家へと飛んで行きます。すると、飛んでいく僕に向かって、楓ちゃんが何か叫んできます。


「姉さん~!! 忘れずに迎えに来て下さいっす~!! 出来たら早めに~!! って、あぎゃっす~!!」


「さぁ、来い!」


「やっぱり怒ってる? 怒ってるっすか~! スイトンさん~!」


「師匠だ!」


「ひぇぇえ!!」


 楓ちゃん、頑張って強くなって下さいね。

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