第陸話
楓ちゃんをスイトンさんに預け、依頼を終えた僕は、おじいちゃんの家に戻ってきました。
ただ戻ってきたのは良いけれど、既に何か騒がしいような気がするというか、騒がしいよ。
「違う! 落ち着くんじゃ!」
「深呼吸して己の内側を……って、うぉぉお!!」
「飛君落ち着いて! 何度やっても一緒になってるから!」
香奈恵ちゃんと白狐さん黒狐さんの悲鳴。更には色々な衝撃音。飛君の修行も上手くいっていないのは、丸分かりですね。
「ぬっ、椿よ、帰ったか」
「おじいちゃんだけ玄関にいるとか、卑怯ですよ」
ちゃっかり玄関で結界張っちゃって、その中で書類を処理しているとか、ちょっと情けないですよ……おじいちゃん。
「仕方ないわい。天狐候補の妖狐じゃ、その妖気も神通力の強さも、普通の妖狐を越えとるわ。それで椿よ、楓はどうした?」
「あ~後でスイトンさんから連絡入るだろうけれど、向こうで修行させる事になったよ」
「ぬっ……あやつに何をした?」
「何かしたのは楓ちゃんです。とりあえず、飛君を落ち着かせるね。僕お腹空いたし、早く晩御飯にしてほしいから」
色々とおじいちゃんに話す事もあるし、飛君を一旦止めないとね。そう思って、僕は叫び声の聞こえる中庭の方へと向かっていきます。
「ちょっと香奈恵ちゃん、白狐さんに黒狐さんも、情けない声ばっかりで――」
「あっ! お母さん?! 避けて!」
「いかん、避けるんじゃ! 椿!」
「へっ? ギャン!!」
中庭に顔を出した瞬間、僕の額に何か衝撃が走りましたよ。いったいなんですか? 何がぶつかったの? 硬いものですね。
「いっつつつ……ふぎゃああ!!」
しかも、その後僕の体に電流でも流れたのか、もの凄い衝撃と痺れが全身を襲いました。これ飛君の仕業?! 無茶苦茶だよ。
「お母さん!! ちょっと、飛君止めて!」
「えっと、えっと……このまま石に雷を纏わせて、その後更に~」
「飛君!」
あ~なるほど、飛君って集中しちゃうと周りが見えなくなるタイプなんだね。とりあえず止めないと。
「てぃ!!」
「おぉ! 弾いた!」
驚かないで下さいよ、黒狐さん。これくらいなら僕だって、神通力で吹き飛ばせますよ。
その後、集中して周りが見えなくなっている飛君に近付き、その尻尾を思い切り握りました。
「ぎゃんっ!!」
「落ち着いて、飛君。結構周りに被害が出てるよ」
「……へっ? えっ、あっ、お母さん。お帰りなさいって、あれ?」
すると飛君は、ようやく自分の周りが大変な事になっているのに気付きました。
地面が焼け焦げていたり、おじいちゃんの家の一部も焦げちゃってるからね。というか、良く火事にならなかったね。それと、良く見たら縁側にわら子ちゃんが居て、必死な顔で両腕を前に伸ばして、幸運の気を辺りに張っていました。当然、その周りを龍花さん達が守っています。
「あ、あぁ……僕。ごめんなさ……ぎゃん!」
それを見た飛君が、ばつの悪そうな顔をしながらその場を後にしようとしたけれど、僕が君の尻尾をずっと握っているんだから、逃げようとしてもそうやって前につんのめって、地面に顔面強打するだけだってば。
「逃げられないってば、僕が尻尾持ってるんだから、ちょっと来て」
「あぁぁ! ごめんなさいごめんなさいお母さん! 尻尾駄目!」
「成り立ては敏感だからねぇ。僕も覚えがあるよ。だから引っ張ってるんだけどね」
説教よりも何よりも、飛君の心情を聞かないとね。だから僕は、飛君の尻尾を引っ張りながら、皆からはちょっと離れた場所へ、わら子ちゃんが住んでいる離れの部屋の前に向かいます。
「さてと……それで、君は何でそんなに焦って強くなろうとしているの?」
そしてそこに着くと、僕は飛君の尻尾を持ったまま、その場に飛君を座らせます。その後、割と真剣な顔で飛君に聞きます。
「……だって、だって……」
「いきなり妖狐になっちゃって、頭の整理がついていかない。だけど自分には力があるなら、それでお世話になっている僕達の力になろう。それで、自分の存在意義を何とか確率させよう……って所かな?」
「なっ……」
図星だったみたいだね。飛君が凄く驚いているよ。
分かっていた。分かってはいたけれど、僕も僕で色々とやることがあったから、白狐さんと黒狐さんに任せていました。
それに、香奈恵ちゃんと仲良くしてくれたら、多少は焦りも和らぐかなと思っていました。
でも甘かったよ。あの3人、割と役立たずでした。
「はくしょん!」
「はっくしょん!」
「はくちゅっ!」
何だか遠くの方で、3人がくしゃみする音が聞こえましたね。
「……ごめんなさい、でも……」
「飛君。僕だって君と同じだったんだよ。でもね、支えてくれる妖怪達がいたから、ゆっくりで良いから、前に進もうって思えたんだ。飛君、僕達じゃ支えになれてない?」
すると、飛君は首を横に振ってきました。耳も一緒に揺れるから、ちょっとだけ可愛いよ、その動作。
「それならなんで……」
「お父さん……」
あっ、そっか。君は天狐様の息子だったね。あの妖狐が父親となると、そりゃ色々と悩むだろうし、強くならないといけないんだっていう、変な強迫観念にも囚われちゃうよね。
「……天狐様が何を考えているかは分からないけれど、今はまだ、そんな広くまで見なくても良いんじゃないかな? 身近にいる人達だけを見ていたら良いよ」
「……そう、かな」
「そうだよ。そうじゃないと飛君が壊れちゃうし、僕達も壊れちゃうよ」
そして僕は、優しく飛君の頭を撫でます。すると、飛君は少し恥ずかしそうにしながらも、ちょっとだけ頬を染めて、嬉しそうな顔をしました。
「んっ、僕……肩に力が入りすぎていたんだね。分かった……お母さん」
そう言うと、飛君は僕の方に身を預け、甘えるような仕草をしてきました。
そうだね。君はまだ小学生くらいの年齢だもんね。甘えたい時もあるよね。
ただ、誰かの視線も感じるんだよね……。
「…………」
香奈恵ちゃんでした。植木の陰から顔だけ出して、もの凄いジェラシーの視線を向けていましたよ。
「香奈恵ちゃん。君は中身は――」
「まだ私も小学生です~」
「こんな時にだけ娘ぶらないでよ。もう……しょうがないなぁ」
しょうがないから、僕は空いている反対側を叩いて、そこに来るように促します。
すると香奈恵ちゃんは、輝くほど良い笑顔をこっちに向けて、ぴょんぴょんと跳びはねてやって来ました。君は狐で、兎ではないよね? まぁ、可愛いから良いですけどね。
「全く、2人とも甘えん坊さんだねぇ」
「ん~良いでしょう」
香奈恵ちゃんは堂々としているけれど、やっぱり飛君はちょっとだけ遠慮しちゃいそうになってるね。この子は甘え方がまだ分かっていないのかな。
それと、そうやっている間に、また視線が増えたんですけど。誰かな……里子ちゃん? わら子ちゃん? いっぱいいるから分からないよ。
「…………」
「…………」
まさかの白狐さん黒狐さんでした。
いや、2人とも何してるの。さっきの香奈恵ちゃんと同じようにして、こっちを覗き込んでるけれど、2人がそれをやっても――何だかちょっと可愛いかも。
「白狐さん、黒狐さん。残念ながら僕のお膝は埋まってるんですよ」
すると、僕が言った後に2人は立ち上がり、こちらに近付くと、僕の背後に回りました。嫌な予感……。
「なに、我等は何も甘えたい訳ではない」
「そうだな。久々にこうしたかったんだ」
そのまま白狐さんは僕の首筋を舐め、黒狐さんは髪の毛の匂いとか、尻尾の匂いを嗅いできました。しまった、この2人は変態フェチを持っていたんだった。
白狐さんは味フェチ? 黒狐さんは匂いフェチなんです。てっきり尻尾を触られるかと思って油断していました。
「待って待って2人とも! 飛君と香奈恵ちゃんが見てるんだよ!」
「関係なかろう。愛されるとはどういう事か見せても良いじゃろう」
「白狐さん不健全!! というか、黒狐さんは妲己さんの匂いを嗅いでおいたら?!」
「ん~あいつの匂いは少し野生っぽくってな。甘い匂いはお前だけだ」
あっ、そんな事言って、知らないよ~屋根にある妖気を感じていたから、多分聞いてると思うんだよね。
「あ~ら、黒狐~あなたそんなフェチがあったのね~悪かったわね! 野生っぽくって!!」
「ぬわっ! 妲己?! き、聞いていたのか!」
すると、屋根から妲己さんが飛び降りてきて、黒狐さんに詰め寄ります。これは黒狐さんが悪いんだからね。僕は知りませんよ。
「それじゃその野生っぽい匂い、タップリと嗅がせて上げるわよ! 来なさい!」
「うぉわ! ま、待て! 俺は椿の方が……!」
「黒狐さん、流石にそれは言っちゃいけませんよ」
そんな事言ったら、妲己さんが余計に怒っちゃいますよ。
妲己さんが今悪い事をしていないのは、黒狐さんがいるからであって、その黒狐さんを嫌っちゃったら、また厄介な妲己さんに戻る可能性がありますからね。
「ぬ、ぬぅ……」
僕が意味ありげな視線で黒狐さんを見たからか、黒狐さんは項垂れながらも、その後は大人しく妲己さんに連れて行かれました。
「ふむ、自業自得じゃな」
「んっ、ふっ……! 白狐さんもそろそろ止めて下さい! ちょっとヤバいですから!」
白狐さんにずっと首筋を舐められてて、段々と変な気分になってきた僕は、慌てて白狐さんを突き放します。
色々と2人に開発されちゃったから、僕の身体変になっちゃってます……全くもう……。
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