第漆話
翌日、伏見稲荷の自宅で朝を迎えた僕は、昨日から帰らない黒狐さんが、窓の外にす巻きにされてぶら下がってるのを見つけちゃいました。
二度寝しようかな……あんまり助けてあげようという気がしません。
黒狐さんは起きた僕に気が付いて、助けてくれるものだと思っているんでしょう。凄いドヤ顔をしているんですけど、尚更助ける気が削がれました。
「ん~お母さん、もう朝?」
「あっ、香奈恵ちゃんはそろそろ学校だよね」
「うん~今日は飛君も学校に行かせるんでしょ?」
「そうなんだよね……ただ、今まで勉強をしてこなかったのか、文字の読み書きもあんまり出来ないんだよね。ちょっと雷獣さんに相談しないといけないよ」
「そうだね……それで、その飛君は?」
「あれ? 白狐さんも居ない」
気付いたら、いつも僕達の間に寝ている飛君と、香奈恵ちゃんの隣で寝ていた白狐さんがいません。
すると、外で誰かの声が聞こえてきました。もしかして、2人とも庭にいる?
「香奈恵ちゃん、起きましょう。嫌な予感がするよ」
「んも~飛君ったら、隠れて特訓?」
そして僕達は布団から出て、着替え――る前にカーテン閉めとかないとね。
あっ、黒狐さんが嬉しそうな顔から悲しそうな顔に、そのあとカーテンで見えなくなる直前、無表情になりましたね。なに顔面芸を披露しているんでしょうか。
―― ―― ――
着替えを終えた僕達は、そのまま1階に降り、ヤコちゃんとコンちゃんに挨拶をして、庭へと向かいます。
「むっ、いかん。気が乱れている。眠いのか?」
「うぅ……ね、眠くは……」
するとそこには、案の定修行に励む飛君の姿がありました。あれだけ頑張り過ぎないようにって言ったのに。
「白狐さん飛君、おはよう」
「おはよう、椿よ」
「お母さん、おはよう」
「いや、おはようじゃなくて、いったい2人して何を――」
「妖気の扱いの練習じゃ」
僕がちょっと不機嫌な顔をしているにも関わらず、白狐さんはしれっとした顔でそう答えました。昨日頑張り過ぎないようにって、そう言ったのに……無視してそんなことをしているなんて。
「あのさ、白狐さん――」
「言っておくが、これは数週間前からこの時間にやっている事だ。椿と香奈恵、2人に見つからないようにして、コッソリと練習をしたいと、飛から申し出があったんだ」
「えっ……」
「これは、暴走しないように妖気のコントロールをするためのものだ。妖術は使っていない」
確かに、飛君は庭の地面に座り込み、あぐらをかいて精神集中しているように見えます。暴走しないようにするための、妖気コントロールの練習ですか。
だけど、なんで白狐さんなんだろう。妖術なら黒狐さんの方が得意なのに。
「だけど白狐さん。妖術なら黒狐さんの方が……」
「あれを見て果たして頼れるか?」
あぁ、2階の窓でぶら下がっている黒狐さんを見て、何だか納得しちゃいました。こっち見てるこっち見てる。
「それと、我と黒狐の妖術にそこまでの差はない。ただ、我は体術の方が好きなだけだ」
「なるほどね……それよりも、飛君は今日から学校に通ってもらうから、それ以上練習させて、疲れ果てさせるのは止めてね」
「ん? そうか。よし、それでは飛よ、今日はこのあたりにしておこう」
「はい!」
元気良く返事をしている飛君だけど、ちょっとフラフラしてるよ。妖気コントロールの練習とはいえ、凄く精神力を使うから、精神的な疲れがきちゃってるじゃないですか。
「飛君。ちょっとだけ回復させてから学校行こうか」
「……お、お母さん。まさか、あの妖怪食を……?」
香奈恵ちゃんが不安そうになっているけれど、効くんだからね、僕の特製栄養ドリンクと特製シリアルはね。
ただちょっと弾けるような喉ごしと、弾けるような歯ごたえが難点だけど、多少食べやすくはしてあげます。
「久々に腕がなるね」
「お母さん、お母さん。飛君にトドメささないで」
「トドメって……なにを言うんですか?」
「いや、それを私に食べさせた時の事、覚えてる?」
「あ~」
確かあの時、香奈恵ちゃんが風邪を引いたから、僕は僕なりに色々とレシピを考えて、それで編み出したんだよね。さっきの2つを。
だけど、香奈恵ちゃんに食べさせたら、卒倒して泡吹いてたっけ? でも、その時はまだ香奈恵ちゃんは幼稚園児並みだったからね。小さな子供には無理だろうけれど、今なら食べられると思うよ。
「あれは香奈恵ちゃんが幼かったから」
「違う! 絶対違う!」
「もう、うるさいな~そういえば、あの時ちょっと涙ぐんでたよね? 僕の特製手料理食べられるって、感激してたんだね」
「そ、そうだけど……まさかあんな事になるなんて思ってなかったよ」
今は逆に、顔が真っ青になって足が震えているね。でも、そんなの関係ないよ。疲労回復にはもってこいなんだから。
「それでも疲れは取れたでしょ?」
「いや、うん。ダメージ受けたはずが、逆に回復してたからね……不思議だったよ」
首を傾げながら、その時の事を思い出している香奈恵ちゃんだけれど、それから今まで作らないでと、本気で涙目で訴えられたから、作るのを控えてはいたけれど、飛君のこのフラフラ具合を見るとね。
「あの……香奈恵お姉ちゃん、僕なにを食べさせられるの?」
「大丈夫、死なないから。あんな風になったら、お母さん止まらないからね」
とりあえず台所ですね。簡単に作れるんですよ。シリアルは市販のやつを使うから、材料さえあれば直ぐですよ。
「ヤコちゃん、コンちゃん。あの材料、ちゃんと使えるようにしてある?」
「あっ、椿お姉様。はい、勿論です!」
「しかも、あの時以上の効果を出すために、更に妖気を含ませ、パワーアップさせてましたよ~」
凄い。ヤコちゃんコンちゃんは食材のプロフェッショナルかな? 作っているのは僕だけど、妖怪食の材料、妖気を含んだ食材は、この2人が調達してくれているんです。
さて、それじゃあ僕はドリンクから。シリアルはヤコちゃんコンちゃんに用意して貰います。
ドライフルーツに、穀類を混ぜていくだけだからね。混ぜる時に気を付けないと爆ぜるけど。
「えっと、先ずはスタミナを付ける為に、マカと……それと朝鮮人参……おっと!」
特製ドリンクは、まぁ疲労回復の栄養ドリンクがメインだと考えてくれたら良いかな。
妖気を含んだ朝鮮人参さんが、根っこを僕に突き刺そうとしてきたけれど、これくらいは想定内だから回避出来ます。根っこの細い根毛は回避出来なかったけどね……。
「椿お姉様……」
「ヤコちゃんコンちゃん、これはパワーアップしすぎ……」
僕の身体に絡み付いてきて、ちょっと大変な事になっちゃいました。落ち着いて絡み付いた根毛を焼き切って、調理再開です。
「えっと後は……飲みやすいようにリンゴとか……ほっ!!」
リンゴに口が出来ていて、噛みついてきました。避けたけどね。妖怪食を作るのは大変です。とにかく材料を揃えていかないと。
「えっと……レモンに蜂蜜。乳酸菌も入れて身体の中から調整して……それと、身体を温めて新陳代謝を上げる為に、唐辛子っと」
「香奈恵お姉ちゃん……ぼ、僕、もう学校行ってきて良いかな?」
「飛君、観念しなさい。お母さんの影が伸びてるでしょ? それに、学校の時間までまだ1時間以上あるでしょうが……」
「うわっ……本当だ」
そうですよ。飛君はちゃんとこれを飲んで、しっかりと食べて貰わないといけませんからね。
「まぁ、今回は飛君だからいいけれど――」
「あっ、香奈恵ちゃんの分もあるよ」
「お母さん、私委員会の仕事あるから、早めに行くね! 行ってき――ぎゃん!!」
逃がさないってば、香奈恵ちゃんの分もあると言った瞬間、席から立ち上がって逃げようとしたね。
僕の影を伸ばしていたから、一瞬で香奈恵ちゃんの足を掴んで捕まえました。その瞬間、前のめりになって地面に顔を強打したけど、大丈夫ですか?
「全くもう、小学校の低学年に委員会なんてないでしょ? 高校生の頃のカナちゃんになってるよ」
「うぅ、許して椿ちゃん。それだけは、それだけは!」
今にも泣きそうだよ、香奈恵ちゃんったら。大丈夫、大丈夫。今度はもうちょっと飲みやすいように工夫しているから。
するとその時、1階奥の部屋から妲己さんが出て来て、こっちにやって来ます。
薄着の寝間着で肌が見えちゃってるよ。飛君には刺激が強すぎます。
「妲己さん、その寝間着で来ないでよ」
「ふわぁ~まぁ、良いじゃない。昨日は黒狐と一晩中だったからさ~まぁ、椿の方が良いって言った罰は受けてもらったけどね」
知ってます。窓の外にぶら下がってるからね。
「それよりも、何だか精が付きそうな飲み物があるじゃない。一口味見~」
「あっ、ちょっと妲己さん!!」
「……んっ……!! くふっ……」
えっ、僕の特製ドリンクを一口ペロッと舐めた妲己さんが、そのまま白目剥いて卒倒しちゃいました。なんで……?
「か、香奈恵お姉ちゃん……」
「うぅ……か、覚悟しておこう。飛君」
いや、なんで処刑を待つ囚人みたいになってるの。ちょっと、そんなに僕の特製ドリンクは酷いの?! なんで妲己さんまで……。
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