第拾話 【1】
ここで天災を起こそうとしている物部天獄は、片腕を空に掲げて、不穏な空気を作り出しています。
雲が変に渦巻いていて、風が生温くなっていっているような気がするよ。
嵐、地震? とにかく、良からぬ事を起こしそうな勢いです。その前に僕が倒さないと。
「お母さん!!」
下のグラウンドから、香奈恵ちゃんが叫んできます。不安そうな顔をしているけれど、その隣には飛君もいる。飛君は、香奈恵ちゃんを守ろうと物部天獄を睨んでいるけれど、足が震えていますよ。
「大丈夫です、香奈恵ちゃん。白狐さん黒狐さんも呼んでるから、一人で何とかしようとは思ってないよ。ただ、それまでの間に災いを起こされても困るから、僕が止めておくよ!」
そう言って、僕は御剱をしっかりと握り締め、物部天獄に向かいます。
「おっと、忘れてますか? 私の目的を……」
「僕の中の空狐の神通力。それが目当てでしょう?! だからなんです? 捕まらなければ良いだけの話です! 御剱、
堂々としている物部天獄に向かって、御剱を振り下ろし、妖気で作った大きな気の刃を放ちます。
「ふむ。良い妖気だな。やはりお前は良い」
「えっ、吸われた……?」
だけど、僕の攻撃は相手に当たる前に霧散したような、吸われたような感じで掻き消えました。
ただ、僕はそんなので慌てませんよ。
「……それなら、
これは初めてだけど、僕の得意妖術に、神通力を混ぜてみました。あんまりやり過ぎると危ないよ。でもこれくらいなら……。
「ほぉ、これは……神通力を混ぜてるな。全く、私に力を与えるとは……ぬっ?!」
そうはさせないよ。さっき放った炎を右に曲げて、吸収されないようにします。
「残念。その狐火、僕の意のままに操れます。そして……爆ぜて!」
「ぐぉっ!!」
しかも力の込め具合で、一気に燃焼させたり、爆発させたりも出来ます。それで狐火を相手の背後に回して、物部天獄に向かって爆破させました。
流石にこれは多少効いたのか、相手は苦痛の表情を浮かべて前のめりになります。ただ、そこまでのダメージにはなっていないのか、直ぐに体勢を立て直してきます。
でも、そこは隙だらけですよね。追撃を……と思ったら、今度は僕の体が動かない。
「やれやれ……やはりこうしなければならないか」
「くっ……」
これは、呪術? 全く動けない。しかも、相手の後頭部が盛り上がっているような……。
「リョウメンスクナ。今のコレは、何も災いをもたらす呪術道具ではないのだ。空亡の妖気を取り込み、絶対無敵の兵器となった」
そう言って顔を上げた物部天獄の顔は、大きく歪んでいます。後ろに皮が引っ張られてる?
後頭部に何が……と思ったら、盛り上がった後頭部の髪の毛の中から、もう一個の顔が出て来ました。
そうでした……リョウメンスクナは、双子の奇形のミイラを使っているんです。それを取り込んだ物部天獄は、リョウメンスクナそのもの。
そして、そのもう一つの顔の目が赤黒く光っている。僕が動けないのは、この顔のせいですか。
「ふふ……さて、ではあなたの妖気を、空狐の神通力ごと頂きましょうか」
真正面の顔が元に戻ると、物部天獄はそう言いながら僕に近付き、黒い炎のようになった髪を腕みたいに変化させ、それを伸ばしてきました。
あれに捕まったらダメですね。でも動けない。どうすれば……と思った次の瞬間、下から何かが飛んできました。
「ぬっ!」
それは物部天獄の黒い腕を貫き、ちぎり落としました。いったい誰が……。
「お母さん! 今の内に逃げて!」
なんと飛君でした。
その手に木の弓を握り締め、尻尾から矢を作りだして、それをつがえています。しかも、その矢が光り輝いている。
飛君、皆との特訓で……そこまで。
「飛君……でも逃げて!」
ただ、物部天獄がそれを見て、頭から伸びた黒い腕を、飛君に向かって伸ばし始めました。
「あの妖狐にも、神通力があるな。まだまだ未完成ながら、多少扱いこなしているのか。あいつの妖気も頂くか」
このままだと飛君が危ない。止めないと……! 体はさっきので動くようになってますね。
「させません! 狐狼拳!!」
「ぐっ……!!」
僕を前にして飛君を狙うなんて、かなり余裕そうですね。だから飛君の方を向いた瞬間、腕に取り付けたカナちゃんの形見、火車輪を広げるようにして展開した後、それに炎を纏わせて、ジェット噴射するようにして炎を逆噴射すると、僕の拳に勢いをつけます。
それで相手の頬を思い切り殴り付けて、ようやく物部天獄を地面に向かって叩きつけることができました。
ただ、途中で踏ん張られてしまい、地面に激突させるのはギリギリの所で出来ませんでしたね。
「……もう動けたか」
僕が動けた事が意外だったのか、物部天獄は僕の方を見上げながら睨みつけています。僕の事を舐めてくれた罰だよ。
あと、飛君がまた弓を引いて、先の光る矢を物部天獄に当てようとしているけれど、流石にそれは危険過ぎるから、攻撃しないようにと、目で訴えます。それが伝わっているのか、飛君は弓を引いたままで止めていますね。
「さて、物部天獄さん。あなたの目的はだいたい分かっています。日本を滅ぼす事。でもそれなら、なんで武器の密輸なんて事をしていたんですか? テールムなんて架空の組織を作ってまで……良く分かりません」
すると、物部天獄は視点の合ってない目をこっちに向けてきます。あっ、まさか……既に正気じゃない?
「か……かかかか。あかかか! 滅ぼす方法なんて、何でも良い。何でもな! 武器を大量に流して、世界を危機的状況にする。そうなった原因はどこだと探る。日本だと分かる! 世界がそれを見過ごすか?! 制裁制裁! 孤立孤立!! 滅ぶぅぅう!!」
急に気がおかしくなりましたね。僕が殴ったから? それとも、飛君のあの矢が割とダメージになっていたのかな。
どっちにしても、物部天獄はまだ、空亡の力を完全には扱えてはいない。
そして自我が保てなくなる前に、僕の神通力を奪っておきたかった。でも、もうタイムオーバーのようですね。
いや、そもそもこうやって表に出て、色々と行動していた時点で、焦りがあったのかも知れません。
「自分では扱えない力を欲するものじゃありませんよ」
「俺じゃない……リョウメンスクナが欲した! 動ける体を、呪いの力を……!!」
「それであなたはリョウメンスクナに取り込まれ、空亡の力を無理やり手にされた……って言いたいんですか? でもそれは、あなたの黒い思想に引っ張られたんじゃないんですか!」
「かかか!! そうかかか、そうかもな!」
その笑った顔は歪んでいて、とてもじゃないけれど正気じゃないのが分かるよ。ただ、物部天獄という人格はしっかりとありそうですね。目が、まだ人の目です。
ただ、良く考えたらこの物部天獄という人も、だいぶ昔の人間ですよね。もうとっくに亡くなっているはず。
だとしたら……その体もリョウメンスクナによって保たれているだけ。
僕の力でそれを剥がせば、この人は……。
「くく……かかか!! 絶望絶望! 天災こそ、人々が抗えぬ究極の絶望! さぁ、恐れおののけ! 日本――滅ブベシ!!」
そう叫ぶと、物部天獄はいきなり地面に降り立ち、そのまま手を地面に当てると、黒い禍々しい妖気を広げていきます。それと同時に地鳴りが聞こえてくる。何かが下から掘り進んで来ている。
しまった、相手の妖気がめちゃくちゃだから、もしかしたら暴走しちゃうかと思って警戒していました。
でも、物部天獄の人格はあるから、しっかりとリョウメンスクナと空亡の力を使ってきました。
天災を巻き起こす前に、何かを呼びましたね。
いったい何を……と思っていたら、いきなり地面が割れて、そこから天守閣が現れ、次々と城郭が地面から出て来ます。
「くっ……! 飛君!」
だけど、下には飛君とか他の皆が……! 急いで助けに入るも、ひび割れた地面に飛君がよろけ、そのままその中に……。
「飛君!!!! 香奈恵ちゃん!!」
「お母さん!!」
「椿ちゃ……!!」
警戒していたのに……まさかこんな事をしてくるとは。
守れなかった……飛君を香奈恵ちゃんを……僕は、また……。
「やれやれ、間に合った」
「えっ……? あっ!」
「お母さん! 皆無事だよ!」
「びっくりしたぁ……」
すると次の瞬間、僕の後ろから白狐さんの声が聞こえ、更にさっき地割れの中に落ちていった、香奈恵ちゃんと飛君の声まで……。
そうですか、一瞬で白狐さんが助けてくれていたんだね。ただ、見えなかったんだけど。
「椿! 物部天獄が現れたと聞いたが、これはいったい……!」
「白狐さん、黒狐さん……助かりました」
次に黒狐さんの声が聞こえてきて、僕は少しだけ安堵しました。流石にアレを1人で対処するのは難しそうですからね。
「白狐さん、飛君を安全な場所に……終わったら後でお説教しないと」
「お、お母さん……なんで?」
飛君は分かっていないようなので、近付いてほっぺたを引っ張っておきます。
「心臓止まるかと思ったよ! 危険なんだから、そういう時は無茶しないで逃げるの! 良い?!」
「ひだだだた……でも、お母さ……」
「でもじゃないです! はい、香奈恵ちゃんと安全な所に行って。この街は安全じゃなくなっているけれど、妖怪センターの所まで行けば何とかなるから。他の妖怪さん達も助けに来てくれるだろうから、その妖怪さん達の言うことを聞いて下さい」
「ひゃ、ひゃい……」
「今回は椿の言うとおりじゃな。男を見せるのは、力を付けてからじゃ。さぁ、行くぞ。黒狐、しばらく頼む。他の連中も直ぐに来るじゃろう」
そう言って、白狐さんは飛君と香奈恵ちゃんを連れて行きます。
そして僕は、物部天獄と共に宙に浮いた、あの禍々しい黒い日本城を見上げます。
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