第拾話 【2】
この下の地面の中にあったのか、それとも何処からか転移させてきたのか、物部天獄が出した巨大な日本城は、この国全てを攻撃出来るような、そんな威圧感を漂わせています。
「あかかかか!! この
そしてそのお城から、物部天獄の声が響いてきます。
なるほど……確かに禍々しい黒い妖気が、空亡とリョウメンスクナの妖気が、そのお城に纏わり付いていますね。
「椿、皆が揃ってから、全員で突撃を……」
そうですね、黒狐さん。皆の妖気も近付いてきているし、それを待ってからあのお城に入ればと思うけれど、僕はもう一つ嫌な妖気も察知しています。
空亡です。
どうやら物部天獄が姿を現したから、妖気を取り戻そうと動き出しましたね。そうなると、のんびりもしていられません。
空亡の妖気ごと、リョウメンスクナを、物部天獄を倒さないといけません。
「黒狐さん、ごめんなさい。時間がないのでフルパワーでいきます」
「なに?」
そう言って僕は、御剱の刃を物部天獄の居るお城に向け、神通力と共に神妖の妖気を解放していきます。
「待て、椿! なにをしている!」
空狐が目覚めないギリギリのライン。そこまで力を解放して、それを刃にのせていきます。
御剱の刀剣は真ん中で割れるようになっていて、そこから更に気のような刃を出せるけれど、今回はちょっと違った使い方をします。
レーザービームのようにして撃ちます。
ただ、それであのお城を潰そうとするなら、大量の妖気が必要になります。下手したら、また僕は空狐になっちゃうかもしれないけれど、それでも空亡に妖気を取り返させるわけにはいきません。
「空亡がこっちに来ています。今ここで、一瞬であのお城を落とします!」
「無茶だ! 椿!」
「大丈夫です。空狐がうるさいけれど、何とか抑えられています」
それはとても懐かしい力も、僕の中に湧いているからです。いや、空から降り注いでいます。天照大神の力が……。
今までは空狐の神通力を使って、無理やり神妖の妖気を作り出していたけれど、やっぱり天照大神の力の方が、凄く安心するし、安定します。
『くっ……空亡を、今こそ空亡を!』
「頭の中でうるさいです。空亡は倒します! だから、静かにしていて下さい! もうあなたの力は、僕のなんです!」
『……いや、私が――』
「どっちでも一緒です。倒せたらそれで良いでしょう? 託すことも出来ないんですか?!」
『……託す、託すか。扱えるものか、私の力を』
「そんなのやってみないと分かりません」
天照大神の力で、空狐の力が暴走しそうにない。この調子なら……というか、何だか天照大神の分魂であるあの子達が、嬉しそうに笑っているような声が聞こえたような。それと、八坂さんの声も?
良く分からないけれど、以前僕が天照大神の力を返すときに言っていた『その時』って言うのは、今なのかもしれません。
だから僕は、もう大丈夫だと思い、ありったけの神通力を流していきます。
『……天照大神か。あいつが肩入れするとは余程だな。良いだろう、この場で扱って見せよ』
「最初から……そのつもりです!
僕がそう叫び、刃先に集めた妖気を放つと、御剱からレーザー砲のような巨大な光がお城に向かって飛んでいきました。
これ、やっちゃったかもしれません……。
放たれた光は、そのまま物部天獄が出現させたお城を包み込み、あっという間に消滅させてしまいました。
破壊するというより、分子レベルで粉々にしちゃいましたよ……。
「……椿、これは俺達が来た意味が……」
「ごめんなさい、張り切っちゃいました……」
さっきまで宙に浮いていたお城があっという間に消えてしまったから、白狐さんも、下で避難しようと焦っていた皆も、目をパチクリさせて驚いています。
『…………』
僕の中の空狐さんの意思も黙っちゃったよ。
なんとかしてあのお城を壊し、空から撃ち落とそうとしたらこうなるって……神通力の扱いはまだ完璧じゃなそうです。
ところで、物部天獄はどうなったんでしょう? 一緒に消滅したのかな。人妖とはいえ生きているみたいだから、殺すのはちょっと……と思ってしまう僕は、まだまだ甘いかもしれません。
「かか……あかか! まさかまさか……! 一瞬で消滅させられる……とは!」
すると、急に空から物部天獄の声が聞こえてきます。
僕の攻撃で妖気が減ったのか、ちょっと感知し辛かったけれど、消滅してはいなかったですね。
なんと僕が浮いている更に上から、物部天獄が落ちてきていました。しかも体を変形させ、沢山の妖気をその身に取り込みながら。
まさか、今まで奪った妖怪さん達の妖気を取り込んだの?! そんなことをしていったい……と思ったけれど、危惧していた最悪の事態が起こりそうです。
「ほほぉ、どうあっても妾の力を返さぬというか」
「…………」
僕の後ろから、空亡の声が聞こえてきました。しかも後ろから、空亡のあの気持ち悪い妖気まで……。
「あかかか!! 私は最強の存在! 日本を滅ぼす、神だ!」
「くだらんの。滅ぼすのは妾ぞ……」
みるみるうちに体が大きく、怪獣のようになっていく物部天獄を見て、空亡がそう言います。
「それと、狐よ。ご苦労だった。こいつを引きずり出してくれて」
「……空亡。僕達も、あなたに力を渡す気はないですよ」
「ほほぉ、では妾と戦うか? 妾が力を取り戻すが先か、お前が妾の力ごと、あいつを消滅させるのが先か」
「……良いでしょう。だけど、物部天獄を消滅させはしません。あなたの力だけ消滅させます」
「くっ、くくく……!! 面白い、やってみよ!」
さっきから後ろを振り向けないけれど、何とか僕は対抗しています。
空亡は嬉しそうなのか、僕でも恐怖で冷や汗が滲むくらい、気持ち悪い妖気を放っているんです。
今すぐにでも、僕自身が消滅してしまいそうな、そんな妖気と威圧感です。
黒狐さんなんか、気が付いたら地面に降りて息を荒くしちゃってます。もの凄いストレスがかかったんだね。大丈夫でしょうか……。
実は僕も、今すぐにでも下に降りて吐きたいくらいです。でも、我慢です。
僕だけでもしっかりしないと、対抗する姿を見せないと、皆が不安になっちゃうよ。
「さてさて、しかし怪獣みたいになってしまうと、妾では手が出せんの……力がないからのぉ」
何だか弱々しい仕草をしながら話してきて、ちょっとだけカチンときたけれど、それで僕の気を引こうったってそうはいきません!
「神風の鉄槌!!」
「ぬっ!! 気付いておったか。しかし外れじゃの」
そりゃね。下でコソコソと動いていた人影は見えていたし、その人達が、あなたに魂を抜かれて傀儡となった、あの陰陽師の4人だと分かりましたから。
その瞬間、空亡はこの4人を使って物部天獄を倒すつもりだと気付きましたよ。
「黒狐さん! そっちに向かっている下の4人、何とか抑えられませんか?!」
「うっ……ぬっ、4人もいるのか? 気配を感じられん……」
「えっ……」
「当然、妾の力で気配を遮断させておるわ」
それは困りました。そうなると、黒狐さんや白狐さんではキツいかも知れません。
そりゃ2人とも、多少の神通力が扱えて、人の気配も読めるけれど、空亡の能力で気配を遮断されたら、それを超える感知能力を使わないとダメです。
僕なら可能だけれど、2人では少し難しいようです。
「大丈夫よ、椿ちゃん! 陰陽師の4人なら、同じ陰陽師達が対処するわ!」
するとその時、黒狐さんと白狐さんの方から聞き慣れた声が聞こえてきました。
「咲妃ちゃん! それと、トヨちゃんと陰陽師の人達も」
「全く……こんな緊急事態に、私が出ないわけにいかないでしょう!」
「咲妃ちゃんの後ろから出て来てから言って下さい、トヨちゃん」
来てくれたのは嬉しいし、陰陽師の人達も早速4人の位置を掴んだのか、陰陽術を使って4人を捕まえようとしています。
ただ、トヨちゃんだけは余程恐いのか、咲妃ちゃんの背中に隠れていました。あっ、咲妃ちゃんに尻尾掴まれて前に引きずり出されたね。
「椿ちゃん~この子もちゃんと使ってあげてね~」
「あっ、は~い」
「は、離して離して! ノリで来てみたけれど、こんなヤバい事になってるとは思わなかったの!」
必死で逃げようとしているけれど、もう遅いですよ。怪獣と化した物部天獄が動き出しました。
それに、風も強くなってきて、雲行きが怪しくなっています。その内巨大な台風がやってくるんじゃないかな。
そう考えると、もうあまり時間がなさそうです。
だから僕は、御剱を構え直して物部天獄を見上げます。その横で不敵に笑う、邪な妖気を放つ空亡を横目で捉えながら……。
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