第拾壱話 【1】

 怪獣みたいになった物部天獄は、ゆっくりと僕達に向かって歩いてきます。

 2つの顔、黒い髪の毛は炎みたいになって、身体は太く巨大に……もう人間とか妖怪とか、そんなんじゃなくなっています。


 それなのに天変地異を起こそうとしている。リョウメンスクナとしての能力は、健在のようです。


 下では陰陽師の人達が、空亡の傀儡となった4人の陰陽師達を止めようと、既に激しい戦いを繰り広げています。

 水が蛇みたいになったり、突然炎が出て来たりと凄いんだけど、それがこっちに飛んできたりもするので危ないですよ。


「あがががが!!!! 滅べ、滅べ! 日本滅ぶべし!」


「もはやそれしか言えてないですね。狐狼拳、天鎧てんがい!」


 神通力を使えば、カナちゃんから貰った火車輪も強化して、小手みたいに出来ます。それに炎を纏わせて攻撃すれば、いつもの数倍の威力になります。


「あがっ……!」


 僕に向かって、その巨大な拳を振り下ろしてきた物部天獄の腕に打ち込み、攻撃の軌道をずらしました。ついでにそのまま、みぞおちにも肘打ちしておきます。


「ぐぉっ……!」


「あれ? もしかして、外見に似合わず案外脆いんですか? それなら……御剱、連撃狐空斬れんげきこくうざん!」


 僕の肘打ちで膝を突いた物部天獄は、少しだけ苦痛の表情を見せたので、御剱を振り、真空の刃を何本も飛ばして攻撃をしてみます。


「あがぁ……!!」


 やっぱり、簡単に肌が切れて、黒い液体が流れ出ています。もしかしてそれが血ですか? 黒いなんて……。


「ほほふ、なるほどの。どうやら妾の力とリョウメンスクナの力が拮抗しており、反発しておるのかの? あやつの中で、あまり仲良くしてないようじゃ。それなら、妾でも何とかなろう」


「……あっ、しまった! 行かせないよ!」


「おっと……この尻尾を離さぬか」


 物部天獄を相手にしていたら、僕の横を通り過ぎ、空亡が向かって行こうとしました。だから咄嗟に、自分の尻尾で空亡を捕まえます。

 というか、よく捕まえらたよね、僕……相手が油断していたのもあるけれど、睨まれただけで死をイメージしてしまうほどのとんでもない威圧感があるのに。


「離さぬか……?」


「うっ……くっ、離しません!」


「味方はお前を助けられないんじゃぞ。そこまで無理する必要が何処にある? 怖い怖いと、尻尾がそう言っておるぞ?」


「そう言って僕の尻尾を撫でないでくれますか? 余計に気持ち悪くなります」


「ほほふ、当然じゃ。それだけ威圧しとるからの」


 空亡は力を奪われているとはいえ、妖気は多少あります。それを使われたら、多分僕でも苦戦すると思います。力がなくても……です。

 力を取り戻されたらもう、どうしようも出来ないかも知れません。


 だからこそここで止めないと。空亡の力を消さないと!

 そして僕は、神通力を込めた妖気を全身に流していき、毛色を変えていきます。


「ほぉ……これは、空っぽの神と戦った時に見せた、お前の本来の……いや、天照大神の力を宿した、神妖の妖気か」


「そうです」


 天照大神がまた僕に力を与えてくれたから、あの時僕の中に、その欠片を少し残していてくれたから、こうやって僕はまた、神妖の妖気を全力で扱えるんです。


 でも、今回は以前とは違います。空狐の神通力もあります。

 白金色の毛色だけれど、金色に発光もしています。これが、今僕が出せる全力です。


「白金の……!!」


「その前に後ろを確認せぬか?」


「へっ? ぎゃん!!」


 空亡を神通力の宿った炎で包もうとしたら、後ろから凄い衝撃が与えられて、僕は地面に叩きつけられてしまいました。空亡の攻撃ですか?!

 白狐さんの能力で防御力を上げているから、これくらいで怪我はしないようにはなっているけれど、痛いのは痛いです。


 というか、空亡から離されちゃいました。急いで戻らないと。


「ふむ……意外とまだ冷静なのじゃな。困ったの~」


「あかかか……空亡……空亡、その精神も、妖気も、取り込み……日本、滅ぼしてやる!!」


「果たして貴様に出来るのかの?」


 僕が急いで上を見上げると、そこでは一触即発の状態になっていました。

 怪獣みたいになった物部天獄が、その大きな太い手で、空亡をしっかりと掴んでいます。


 空亡は今、僕よりも幼い少女の姿をしているし、黒いノースリーブのワンピース姿だけれど、その妖気はどの妖怪よりも禍々しいです。


「くっ……待て、空亡――」


「その腕、滅せよ」


 立ち上がって空に飛び上がった僕は、何とか空亡を止めようと、御剱を握り締めたけれど、その直後、空亡は自身の身体を黒い炎で纏い、物部天獄の腕を焼き落としてしまいました。


「あがぁぁあ!!」


「……くそ。このままじゃ……」


「あかかかか!! 甘いわ!」


「えっ?!」


 だけど、物部天獄は斬られた腕の先に妖気を流していき、そして次の瞬間には、斬られた腕が再生してしまいました。

 ただ、一瞬で生えればまだしも、肉が蠢きながらだったからちょっと気持ち悪かったよ。


「ふむ、再生能力か。厄介じゃの。やはり、妾の妖気とリョウメンスクナを切り離さんとな」


 そう言いながら、空亡がチラチラとこっちを見てきます。


 いや、言うとおりにはしないからね。空亡の妖気は全部掻き消して上げるから。


 ただ、それをするための時間がないかもしれません。ある程度妖気を溜めないといけないんです。

 でもそれをすると、空亡に勘づかれちゃう。いや、もう僕の目的には気付いているから、警戒しているでしょう。


 だから、空亡の目を盗んでそんな事をするのは、相当難しいです。


 それでも僕がやらないと。白狐さんは、あれから皆の避難に回ってくれたし、黒狐さんも、下で咲妃ちゃん達陰陽師と共に、空亡に操られた陰陽師の4人と対峙しています。


 遠くから更に沢山の妖気も感じられて、センターの妖怪さんや、おじいちゃんの所の妖怪さん達も向かっているのかも。


 だけど、もうこの辺りには近付けないかもしれない……。


「ふむ……嵐か。早く決着を着けんと、水害が起こるの」


 そう、雲行きが更に怪しくなり、風が強くなったと思ったら、急に大雨が降り出してきたのです。しかも普通の量じゃないです。この辺りだけじゃなく、もっと広い範囲でも降っていそうだよ。


「くっ……あいつの動きさえ止められたら……溜めた力で何とか出来るのに……」


「ほぉ、動きを止めたら何とかなるのか?」


 しまった……口に出ていました。空亡が僕の方を見てきます。

 ただ、目線は合わせたら駄目だ。空亡から出る圧力で、僕の心が折れちゃいそうになります。


「では、動きは妾が止めてやろう」


「お断りです。あなたはその場で、指を咥えて見ているだけで良いんです」


「ほほふ。妾の妖気を消し去ろうとしているのは良いが……それを妾がさせると思うか?」


 僕の後方でもの凄く圧力を放っているけれど、気にしない気にしない。平常心です。恐怖で心が折れたら駄目です。


 皆が来るまでまだ時間がある。それなら、僕自身で動きを止めて、そのままトドメも刺すしかないです。


「影の操!!」


 これで動きを止められるかは分からないけれど、神通力も混ぜた僕の神妖の妖気を使っています。だから、いつもの影の妖術とは違います。拘束力が桁外れです。


「が……あぁ! なんだ……これは……」


 ただ、これでも物部天獄は動こうとしています。しかも、割と少し歩いてる。

 これでも止めきれないなんて……だいたいの妖怪達や神様ですらも、今の僕の影の妖術からは、そう簡単に脱することが出来ないはずなのに、物部天獄から伸びた影を、強引に引き剥がそうとしてきます。


 完全に止めきれない……このままじゃ、同時進行で妖気を溜めることが出来ないよ。


 しかもそんな事をしている内に、空亡が物部天獄から力を取り戻しちゃう。どうすれば……こいつを止められるの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る