第玖話
宙に浮くテールムの男性は、不敵な笑みを浮かべながら僕に近付いてきます。
雷獣さんの方は装置を外して上げたから、もう元に戻っています。こんな危ない装置は破壊しておかないと。
「ほぉ、一撃で壊しますか。そう簡単には壊れないようにしたのですが」
「こんなの僕の力を使えば一発です。と言っても、まだあるんでしょうけどね」
「そうですね。我々テールムの本拠地にまだまだあります」
尻尾をハンマーにして、それで装置を叩き壊したけれど、目の前の男性は怯んでもいません。
そにしても、人間は相変わらず欲深い事ばかり考えますね。自分が良ければというか、その内に秘めた欲望を全て満たせないと満足出来ない。
それを正しい方向に使えれば、もの凄い力を生み出すけれど、逆に間違った方向に向かえば、人に迷惑を与える行動に出ちゃうんです。
最近は人に迷惑をかける人達ばかりが目立つけれど、本当はそうじゃないはずだよ。でも、この人は違うね。
「……大人しく来てくれは――」
「しないですね。そっちこそ、その手に持った剣みたいなものを離して下さい」
「いや~妖怪の妖気、ですか? それをようやく武器に転用する事に成功しましてね。実験がてら、少し付き合って頂きたいのです」
そう言って、その男性は手に持った剣をしっかりと握り締め、中央の丸い玉を光らせ始めました。
強く握ったら発行するのかな? しかも、その球体から妖気が発生していて、ゆっくりと刀身に纏っていきます。
「……それ、どの妖怪の妖気ですか?」
「さぁ、そこら辺を彷徨いていた妖怪ですね。まぁ、どうでも良いですよ――ぉごっ!!」
今の発言でキレました。いや、とっくに怒っているけれど、本当にこの組織の人達は、妖怪を道具としてしか見ていないですね。
「
尻尾から生み出した風の塊を、銃弾のようにしてその男性のお腹に当てました。銃弾といっても、ちょっと大きめですけどね。
この男性がどこまで戦闘が出来るかは分からないけれど、こっちはそれなりに強い妖怪さん達とやり合ってきたからね。
「さて、ギブアップしてあなたの組織の場所を教えてくれるなら、痛い目には合わせないですよ」
「ふっ、上から目線とは……」
「上から目線というか、警告しているんですよ。これ以上やるなら、痛い目を見るよ」
「やってみなさい!」
すると、その男性は剣を持ち直して、僕の方に向かって来ました。懲りないですね。
「御剱!」
「ぬっ……その刀剣が……」
巾着袋から取り出した御剱で、男性の剣を受け止めると、その人がまじまじと僕の御剱を見てきます。
自分のことはどうでも良いというか、兵器になりそうなものに目がないって感じですね。それならなおさら危険な人ですよ、この人は。
「神威斬!」
「くっ……!」
そのまま受け止めた状態から御剱を横に振り、相手の剣をたたき折りました。僕の刀剣の方が上でしたね。
「さぁ、武器はなくな……ってないですね。次はそれですか……」
「ふふ……えぇ、そうです。まだまだ武器ならありますからね」
御剱を突き付けてみたけれど、相手の男性はさっきの剣よりも大きな大剣を取り出して、それを構えました。というか、何処から出したの今の。何もないところから出したような……。
「それ! これならどうです?!」
「むっ!」
するとその男性は、同じように真ん中に球体の付いた大剣を握り締め、炎を纏わせると、それで斬りつけてきます。
御剱で受け止めたけれど、炎の熱で熱いです。これってもしかして、火を扱う妖怪の妖気を奪い、それを真ん中の球体に入れて使っているんじゃ……。
ということは、この男性が足に付けた装置も、風を操る妖怪の妖気を、どこかにある球体に入れている可能性がありますね。
妖怪の妖気を、自分達の目的の為に使うなんて……。
しかも、その妖気を更に黒く禍々しくしているのはいったいなんでしょう。
「はっ!!」
「おっ……! なるほど。流石……」
だけど、今は目の前の敵に集中です。さっきと同じようにして、僕は御剱を横に振り、相手の大剣もたたき折ります。
それでも、その男性は全く焦る様子を見せません。
「どんな武器を使っても一緒です。そろそろ降参して、大人しく捕まっ――ぎゃぅ!!」
「捕まる? 私がか? 残念、私は捕まらない。そう、君如きが――お前如きが私を捕まえる事は出来ない」
相手に降参を申し入れた瞬間、吹き飛ばされたよ。
なに? 何が起きたの? お腹に強い衝撃を受けたけれど、相手の口調が、雰囲気まで一気に変わって――
「やれやれ……まだ分からないか? 分からないか。まぁ、普通に組織の一員みたいに振る舞っていたから当然か」
相手のワカメみたいなもじゃもじゃの髪の毛が、禍々しい黒い炎に……。
「それでも、私が扱うこの武器や、私の仕草などで気付くものだと思うが……まだまだその辺りは未熟な妖狐ということか? いや、私がその素振りを見せていなかったからか? どちらにせよ、格下と思い油断したな?」
スーツは変化し、その特徴を残しながらも、丈が長くなっていってマントみたいになっている。ズボンも裾が伸びて、スーツのズボンなのに、まるで袴みたいになっています。
そしてこの妖気……この黒くて禍々しい妖気は、空亡のもの。この男性からそれが出ているということは、この男は……!
「まさかあなたは……」
「そうだ、私は
男性がそう名乗った瞬間、僕のスマホが鳴ります。こんな非常事態に誰が……と思ったら杉野さんです。
電話に出られるかな。そんな暇与えてくれそうにないけれど……と思ったら、相手は両腕を組み「出てどうぞ」という態度を取ってきました。
完全に僕を舐めている態度。そっちも、僕を格下と見ているじゃないですか。
「…………もしもし、杉野さん? 丁度良かったです」
「あぁ、椿君。そっちでも何かあったのか? いや、それよりも、テールムの本拠地が分かったんだ。それで、こちらで極秘で潜入したんだが……その……」
「……まさか、もぬけの殻?」
「その通りだ。正確にはダミー会社だった。つまり、テールムなんて組織は存在していなかったんだ。それなのに、テールムと名乗る奴等は数人いて、そいつらが警察官……はては警察庁のお偉いさんまで取り込んでいたというから、驚きだ」
テールムは存在していなかった。
その言葉に、僕はこの男性の、物部天獄のやっていた事が分かりました。
「……分かりました。それじゃあ杉野さん、これから僕の言うことを実行して下さい」
「なんだ?」
「この街……いや、この市に、この国にいる人達全員を――避難させて下さい!!」
「なっ! いったい何を……って、椿君まさか……!!」
流石に僕の真剣な声に、杉野さんもおふざけはしてこないですね。それに、さっきので何となく察したようです。
「はい、物部天獄が……テールムだと名乗る1人の男性が、物部天獄でした。恐らく――」
「テールムは、物部天獄の1人舞台……か。あぁ、なるほど、妖術や呪術で警察庁に取り入ったか。複数人いたのも、全て物部天獄の……」
「そうですね。今僕の目の前で分身してますからね」
僕も尻尾の毛を分け身に使えたりするから、今更分身に驚きはしないけれど、一人一人容姿を変えているから、そりゃ誰も気付かないでしょうね。
「椿君……白狐さんや黒狐さんには?」
「今勾玉も使って話しているから、この会話、聞こえていると思います」
「分かった。だけど、決して無理はしないように。人々の避難は私達に任せろ」
「はい、それは任せます。それじゃあ」
そして電話を終えた僕に、物部天獄は勝ち誇ったような表情と笑みを向けてきます。
「終えたか? 援護の懇願は」
「援護ですか。それを懇願って……あなた、たいそう自分の腕に自信がありそうですね」
とにかく、こういうのは相手のペースに飲まれては駄目です。こっちも強気で、退かずに攻めますよ。
「ふふ、分からないのか? 私がここに存在する。それだけで、最早ここは呪われているのだよ!」
すると、そいつは天に向かって指を突き刺し、そう叫びます。つられて上を見ると、雲が物部天獄を中心に渦巻き、空が地獄のように真っ赤に染まっていきます。
リョウメンスクナ。
その能力の事を忘れていました。その土地を通過しただけで、天災が巻き起こる。
今ここで、この場所で、それが起きようとしているんですか?! 止めないと! 物部天獄を倒して止めないと!
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