第玖話 【2】

 妲己さんのお陰で結界は破れたけれど、それと同時に、妖術が効かない厄介な妖怪さんが1体増えました。


「クケェェェェ!」


 死体から発生した気が形となった、成仏出来ない霊の集合体、陰摩羅鬼。成仏させられれば良いんだけど、妖術が効かないと難しいです。


 こんな時に、天照大神様がなっていた、霊狐のレイちゃんが居てくれたら……なんて懐かしく思っている場合じゃないです。こっちに向かってる!


「妲己さん! あれは妲己さんが何とかして!」


「それじゃあこっちは椿が何とかしてよ! 何この蛇! しかも妖術効かないじゃない!」


「さっき言いましたよね?! 僕!」


 退治を依頼された村人に裏切られ、四肢を切断され、大蛇の妖怪に呑み込まれた巫女さん。その怨念の合体妖怪、姦姦蛇螺は、妲己さんを掴もうと6本の腕を伸ばしていました。


 それに向かって、妲己さんが尻尾を炎に変えて攻撃するけれど、体に当たる前に弾かれていました。やっぱり結界が張られていますね。


「クケェェェェエ!!」


「うわっ……と、黒槌土塊こくついどかい!」


 そして、僕の方に向かって来た陰摩羅鬼は、鋭い爪で僕を掻き切ろうとしてきます。

 それは何とか避けて反撃をしてみたけれど、やっぱりこっちも、相手の体に当たる前に弾かれました。


「あ~もう……厄介だなぁ」


 相手の攻撃を避けながら、姦姦蛇螺の方も注視しているけれど、妲己さんが軽やかな身のこなしで交わしています。だけど……。


「あははは!! あっちの方が捕まえやすそうね!」


 僕の方を見た!! マズいです。2体に迫られると、流石に避けきれるかどうか分からないよ。


「ふぅ、やれやれ……さて、今の内にこの山から……」


「そうはいかないですよ! 妲己さ~ん!!」


「きゃあ!! こっちに来ないでよ椿!」


 隙を突いて逃げようとしたね。そうはいかないよ! 妲己さんの方に逃げて来たからね、2体の妖怪を引き連れて。

 やっぱり妲己さんは妲己さんでしたね。悪い妖狐だっただけに、油断出来ません。


「椿! あんた囮になりなさいよ! きゃぁ!」


「くっ……! 囮になるのは妲己さんの方だってば!」


 妲己さんの前に回り込もうとする僕から、必死に逃げようとしているけれど、陰摩羅鬼が妲己さんの方を攻撃して来たり、姦姦蛇螺が僕達を纏めて掴まようと、その6本の腕を伸ばしてきたり、妲己さんが逃げる隙なんて、もう完全に無くなっています。


「くっ……なんて事を……妖術が効かないなら、体術も効かないのよ! こんな厄介な奴等――」


「それを何とかするんでしょうが!」


「そもそも天逆毎が、この山にいる大嶽丸を何とかしてくれと言ったからだけど、本当にいるの?! こんな厄介な所にいるとは思えないけれど?!」


 確かに妲己さんの言うとおり、怨念系の妖怪が2体。しかも妖術が効かない厄介さと、執念の強さからくるしつこさがあるから、逃げるのも一苦労だよ。


 だけど、大嶽丸は最強の鬼の1体。この2体くらい余裕なのかも知れないよ。


「大嶽丸は、酒呑童子さんに並ぶ強さがあるんでしょ? それなら、この2体から逃げるくらいは……」


「あ~そうね……確かにあり得るわね」


 2体の妖怪の攻撃を避けながら、僕達は話をしていきます。ちょっと余裕が出て来たから、相手を更に見る事が出来るようになったかな。それで気付いたんだけれど、姦姦蛇螺が背中に何か背負っている……剣? 刀? 何だろう、あれは。


 陰摩羅鬼の方も、その背中の羽毛の中に、何かを隠しているような……柄が見えますよ。


「そもそも、大嶽丸は三明の剣を持っているから、攻撃が効かないのよね~」


 攻撃が効かない……そして2体の妖怪に刀みたいなもの……もしかして……。


 相手の攻撃が一旦止み、2体の妖怪が僕達を挟むようにしている間に、僕は妲己さんの方に近付いて行き、耳打ちをします。


「妲己さん妲己さん……もしかして三明の剣、あの2体の妖怪が持っているんじゃ……」


「な~にバカな事を――」


「背中良く見てよ」


「……あるわね」


 僕の言葉を聞いて、妲己さんが目を擦って2体の妖怪の背中を確認すると、真顔になってそう言いました。


 いや、気付こうよ妲己さん……僕もだけど……。

 それでも、妲己さんの方が最強の妖狐として長いでしょう。もしかして慢心しているんじゃ……。


「妲己さん……最近不甲斐なくないですか?」


「あんたに言われたくないわよ。その高い感知能力で気付きなさいよ」


「相手の体に引っ付いているんだから、気付きにくいんです~」


 まさか言い返されるとは思わなかったよ。だけど、僕はちゃんと弁明出来ますからね。

 相手の体に埋め込まれていたりすると、妖気が重なってしまって、感知し辛くなるんです。僕の感知は万能じゃないからね。


「妲己さんの方が、長年の経験による勘で気付いても良いでしょう」


「むちゃくちゃ言うわね。私は職人じゃないわよ!」


「幸せ結婚生活のせいで、腕が鈍ってませんか!」


「それはあんたの方でしょう、椿!」


 ダメです。妲己さんがムキになっちゃってる。だけど、こうやってムキになられると、僕だってムキになっちゃいます。


 僕にも非があるかもだけど、妲己さんにも非があるからね。


「いい加減、自分の非を認めて下さいよ!」


「それはあんたもでしょうが、椿!」


「確かに僕にも非があるけれど、妲己さんもでしょう!」


「私は悪くないわよ!」


「言ったね~!!」


 図星を突かれたのか、妲己さんは更にムキになっていきます。こうなったら、どっちが折れるかですよ。


 というか、何か忘れている気がするけれど、そんなの後回しです!


「あははは!! あんた達、私を無視するんじゃないわよ!」


「クケェェェェイ!!」


『邪魔!!』


「ぎゃぁぁあああ!!」


「グゲィィィ!!」


 何か突撃してきたけれど、邪魔だから尻尾をハンマーにして殴り付け、遠くに吹き飛ばしておきました。

 妲己さんも尻尾を硬質化させて、それで突撃してきたのを殴り飛ばしていました。


 というか、殴り飛ばし後に気が付きました。妖術が効かない2体の妖怪、吹き飛ばしちゃった……なんで?


「妲己さんストップ。あの2体、吹き飛ばせたけど……」


「えっ?! あら……どういうこと?」


 妲己さんも気付いていなかったんですね。

 だけど、なんで急に僕達の攻撃が効いたんでしょう? 刀が取れたわけでもないから、本来こんな事にはならないはずなんだけど……と思って、吹き飛んだ2体を良く見ると、背中にあった刀が無くなっていました。


「やれやれ……2人に狙いを付けていたから何とか取れたな」


「嫁を囮みたいにするのはどうかと思うが……まぁ、2人で喧嘩した罰だな」


 すると、僕達の後ろから白狐さん黒狐さんが現れ、僕達の肩に手を置きました。

 そして白狐さん黒狐さんのそれぞれの手には、2体の妖怪の背中に刺さっていたであろう刀が、しっかりと握られていました。


 それよりも、これは逃げておいた方がいい気がします。2人とも怒っているような……。


「ふ、ふん。良くやってくれたわ、白狐黒狐。作戦通りよ」


「妲己さん……言い訳苦しいよ。そして逃げられない……」


 気が付いたら、白狐さんの尻尾が僕の腰に回り、しっかりと僕を掴んでいて、黒狐さんの尻尾は妲己さんの腰をしっかりと掴んでいました。


 完全に逃げられないやつです。これ……。


「さてと、敵を前にして責任の押し付け合いとは、関心せんな」


「そこは、夫としてしっかりと注意をしておかないとな」


 そういう2人の声は結構真剣で、怒気が混じっている感じから、割と本気で怒っているのが分かります。これは逃げようとしたら、余計に怒りそうです。


「椿、奥の手よ」


「妲己さんがして下さい。僕はもう観念しました」


 多分上目遣いの、あの媚びるような表情のやつでしょうね。奥の手じゃないってば。確かに2人にはあれは効くけどさ……今回は効かないよ。


「ということじゃ。椿は観念したからお主も観念しろ、妲己」


「う……うぅぅ。分かったわよ、分かってるわよ。もう……!」


 こうして僕達2人は、肩を落として項垂れながら、白狐さん黒狐さんに連れられて地上に降り、みっちりとお説教を受けました。

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