第拾話

 白狐さん黒狐さんからのお説教が終わった後、僕達は地面に降りて、早速2人が取った刀を確認します。


 これは紛れもなく三明の剣、大通連だいとうれん小通連しょうとうれんだと2人は言いました。確かにもの凄い力を感じます。この神通力で、攻撃を防いでいたんですね。


 だけど、大嶽丸は何でこの2体の妖怪に、この刀を渡したのでしょうか?


「椿よ、持ってみるか?」


「あっ、はい」


 すると、白狐さんの持つ刀をまじまじと見ていた僕に向かって、白狐さんがその刀を差しだしてきました。

 それを僕はゆっくりと手にして、鞘から刀を取り出してみます。日の光に照らされて、波紋が綺麗な刃が光って、これが名刀なんだなって実感させられます。それと同時に、何だか不思議な力も感じる。


 穏やかで、とても澄んだ力が僕の中に流れてくる……。


「ふ~ん。元々椿は普通の妖狐じゃないからねぇ。三明の剣も、椿の魅力にやられたのかしら」


「えっ? 何?」


 そんな中、妲己さんが変な事を言ってきます。刀が僕の魅力にって、おかしくないですか? この刀に意思があるの?

 そんな事を考えていたら、黒狐さんが持っている刀からも、何か力が溢れてきました。


「なるほど、こいつも椿に持って欲しいと思っているようだな」


「えっ、でも……持つだけで良いの?」


 黒狐さんも、僕に向かってその刀を差しだしてきたよ。


「椿よ、持つだけでお主の神通力が安定しておらんか? 要するにこの刀は、神通力を持つ者が持てば、その力を安定させる事が出来るようだな」


 そんな能力がこの刀にあったなんて。それじゃあ、別に僕が所持する必要はないんですね。良かった……御剱も合わせて3本も武器を持っていても、流石に扱いきれないからね。


「ほら、椿」


「あっ、はい……どうも」


 そして、僕は黒狐さんからもその刀を受け取り、刀から流れる力をその身に流していきます。

 確かに、これだけで僕の中の荒ぶっていた力が、だいぶ落ち着いてきました。これは凄い刀ですね。


 そうやって、僕が2本の刀を手にして眺めていると、後ろから子供の声が聞こえてきます。


「おい! その刀! 俺に返せ!」


「……えっ?」


「むっ? なんだ貴様」


「ガキの鬼か?」


 そこには、金髪の髪を荒々しくさせている、額に鬼の角を付けた男の子が立っていました。

 黄色縞模様の腰巻きに、ちゃんちゃんこみたいなものを羽織っているから、やんちゃな子供って感じがします。目つきも悪いですし。


 だけど、この刀を返せと言ったということは……この鬼ってまさか、大嶽丸なんでしょうか。


「貴様等……この大嶽丸様を相手に、良い度胸じゃないか!」


 やっぱり大嶽丸だ。しかも、もの凄い剣幕になっています。だけど、なんでこんなに小さな男の子の格好をしているんでしょう。


「いかん、椿! 避けろ!」


 すると、刀を持った僕目がけ、て大嶽丸が突っ込んできます。

 それを見て黒狐さんが慌てて叫び、白狐さんが急いで妖術を発動させようとしているけれど、これは大丈夫ですよ、2人とも。


「てぃっ」


「ぐはぁっ!!」


 大嶽丸が攻撃するを前に、僕は相手の額にデコピンをします。すると、大嶽丸は凄い衝撃を受けたみたいになって、仰け反ったまま遠くに吹き飛んでしまいました。


 そうです。大嶽丸から殆ど妖気を感じられないのです。


「つ、椿よ……お主いつの間にそんなに……」


「白狐さん白狐さん、落ち着いて下さい。相手の妖気、殆ど無かったですから」


 それを見て、2人とも目を見開いているけれど、ちゃんと妖気を見て欲しかったです。2人も多少は分かるよね?


「むっ……そう言われれば殆ど妖気がなかったか」


「おい、帰ってきたぞ」


 すると、黒狐さんが大嶽丸の飛んでいった方を指差します。

 そこからなんと、もの凄いスピードでこちらに走ってくるものがありました。


「やりおるなぁぁあ!! だが、まだまだここからぁああ!!」


 そう叫びながら、大嶽丸が走ってきていました。そして、ある程度まで僕に近付くと、思い切り飛び上がり、僕を蹴ろうとしてきます。


 跳び蹴りですね……だけどね、尻尾でガードして――


「なにっ?!」


「てぃっ」


 ――思い切り払いのけたら、大嶽丸はまた同じ方向に吹き飛んでしまいました。


「あぁぁぁぁああ!!!!」


 何だか可哀想になってきたけれど、話を聞こうにも攻撃してくるしね。


「椿よ、何故影で捕まえん?」


「……あっ」


 まぁ、誰しも物忘れというか、うっかりはあるよね。


「椿、次は私がやるから、あなたは何もしないで」


「妲己さん……」


 すると、妲己さんが僕の肩を叩き、前に出て来ます。その時、また同じ方向から、大嶽丸がもの凄いスピードで走ってきました。


「まだまだぁぁあ!!」


「……妖異顕現、狐息突風こそくとっぷう。ふぅっ!!」


「ぐはぁああ!!」


 そして、大嶽丸がある程度近付いたところで、妲己さんが手を広げて顎の下にやり、妖気を込めて思い切り息を吹きかけました。


 たったそれだけで、大嶽丸の足下から突風が吹き荒れ、相手は上空へと飛ばされます。そのまま風に乗るようにして、大嶽丸が上空で縦にクルクルと回っているけれど、これ何だか見たことあるよ。

 昔の玩具で、キセルみたいな形をしていて、その先にピンポン球を付けて息で吹き上げて、空中に浮かせて留まらせるってやつ。楽しそう……。


「あははは!! 楽しいわね~これ」


「……妲己さん、次僕がしたい」


「あ~ら、良いわよ~」


 あまりにも楽しそうなので、僕もやりたくなっちゃいました。


「クソ妖狐どもぉお!!」


 大嶽丸は風に揉まれてクルクルと回転して、手足をバタつかせているけれど、全く逃れる事が出来ていません。

 憎まれ口を叩いていても、妖気が少ないから僕達の敵じゃないです。


 だけど、僕達の背後からちょっとした怒気を感じました。


「2人とも、それ以上はどうなるか分かるじゃろう?」


「夜が楽しみだなぁ、おい」


 しまった……また2人を怒らせちゃいました。ヤバいです。2回目だから、これはもう体に叩き込まれそうです。


「や、やっぱり止めよう? 妲己さん」


「あ~ら。良いじゃない、激しいのでも。あんたもその方が良いでしょう?」


 何の話をしているのかな?! 僕はそういうのはちょっと勘弁だからね。疲れるし、自分が自分じゃなくなっちゃうの。それと香奈恵ちゃんに聞かれちゃって、後で色々と嫉妬されるんだよ。


「やれやれ、罰にならんか」


「まぁそれはそれとして、2人には夜に特別な説教をしてやらんとな」


「特別ね~楽しみにしてるわ~」


 妲己さんは尻尾振ってるし、白狐さん黒狐さんは何か意味深な笑みを浮かべてるし……これじゃあ叱責にならないですよ、2人とも。


「あのさ、もうちょっとちゃんと怒った方が……」


「なんじゃ、椿はそんなに怒られたいのか? 責められて興奮するとは――」


「そういう意味じゃない!!」


 そっちの話じゃなくて、怒る事に対しての話でしょうが。いつもそうやって夜の話になるのは、白狐さん黒狐さんの悪い所だよ。


 だけど、僕もちょっと調子に乗ってしまって、妲己さんと悪ふざけしちゃいました……というか、あれ? 僕達何か忘れてませんか?


「貴様等ぁぁあ!! 何談笑してやがるぅう!!」


 あっ、大嶽丸の事を忘れてました。

 まだ妲己さんの妖術に囚われたまま、クルクルと回転しちゃってます。


 そろそろ降ろさないと、激高して話をしてくれなさそうです。


 何で大嶽丸がこんなに弱いのか、何で復活しているのか、色々と聞かないといけないのに……。


「あっははは! 面白いわ~!」


「ちくしょぉぉおお!!」


 妲己さんがこんな調子だと、それも聞けそうにないです。

 とにかく、僕はそっと妲己さんの腕に手を置くと、そのまま地面に叩きつけました。


「あぎゃっふ!! 椿ちょっと!!」


 妲己さんが悪いよ。

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