第拾壱話 【1】

 あのあと、捕まえた大嶽丸を連れて、僕達は天逆毎さんの元に戻って来ました。


「全く、あんた……やってくれるわね。肩が脱臼するかと思ったわよ」


「あれは妲己さんが悪いですからね」


 手の甲を押さえながら、僕の後ろでブツブツと文句を言ってる妲己さんだけど、黒狐さんに尻尾で掴まれて、釣り上げられていますからね。何でそんなに偉そうなのかな?


「ご苦労様。大嶽丸を捕まえたみたいね。だけど……まさかこんな小さい子鬼になっているとは思わなかったね」


 そして帰ってきた僕達を見た後に、天逆毎さんが大嶽丸をジロジロと眺めます。


「何だよ! 何か悪ぃかよ! くそ……人間どもめ。俺を復活させて何をしたかったんだ! こんな弱い体で復活させやがって!」


 いや、ちょっと待って下さい。今なんて言いました?

 大嶽丸は人間達の手で復活したんですか?! だけど、力は弱くさせられているということは……その狙いって……。


「大嶽丸よ……その人間達の狙いは、恐らく三明の剣ではないか?」


「ちっ……やっぱりか。あの女が持っているであろう三明の剣。俺の手にあるということは、いつかの時代に失われ、俺の元に返ってきたんだろうな。あったとしても、そいつはレプリカだったって事だな」


 白狐さんの言葉に、大嶽丸が納得するようにして頷きました。多分、薄々は分かっていたんでしょう。

 だからこそ、あの2体の妖怪にその刀を奪われて、慌ててしまったんでしょう。そのままどこかに落とされて、その人間達の手に渡るのを恐れたんだ。


「それで、大嶽丸。お前を復活させた人間達が誰なのか分かるのか?」


「ふん、複数人で動いていやがったから、妖怪の力を利用しようとする組織でもあるんだろう。おかしな服装をしてやがったぞ」


 今度は黒狐さんが質問をして、それに大嶽丸が答えました。

 だけど大嶽丸って、昔に討たれて現世から離れていたんだよね。今の時代の人の服装なんて、分からないよね。


「おかしな服装って、どんな服装ですか?」


 だから、最低限でも分かる事を言って貰えれば、どんな人達なのか想像出来ます。


「な~んか、角張ったつばのある帽子に、紺色の堅苦しそうな服で統一した服だったな。黒い棒とか、色んなものをぶら下げてたぞ。『自分達は市民を守るために、力が要るんだ。化け物は素直に俺達に従え』なんて言ってたが、俺は人の指図だけは受けたくなかったからな、隙を突いてトンズラさせてもらったんだよ」


「そしてこの山の森に逃げ込んだのね」


 大嶽丸が説明した後、天逆毎さんはお茶を口にしてそう呟きました。


 だけど、僕達の方は心底穏やかじゃないです。

 その服装……その言葉。大嶽丸を復活させたのは、警察官の人達ですか?!

 そうだとしたら、人間達の間で妖怪に対する反発が、また強くなっているということです。


 あんなに僕は頑張ったのに……人間と妖怪はわかり合えないっていうの? そんな事って……。


「椿よ、警察官が相手なら……」


「そうですね、あの人達なら何か知っているかも知れません」


 ちょっとだけショックを受けていた僕だけど、白狐さんの言葉である事を思い出しました。

 半妖の人達も混ざって活動している警察官の人達、捜査零課の人達なら、今回の事で何か知っているかも知れません。


 そこで僕は早速、その課にいる知り合いの人、かいという、額に懲悪の力を宿す角をつけた妖怪の半妖、杉野さんに連絡を取ります。


『おや、どうしたんだい? ご主人から電話なんて珍し――』


「そっちで何か問題が起きてませんか?」


 2コールくらいで直ぐに出たけれど、杉野さんは相変わらずな事を言ってきますね。

 この人、僕の下僕になりたくてしょうがなかったんだけど、昔ついうっかり下僕認定しちゃったんですよ。それからずっとこの調子です。


 今でも捜査零課の人達から、僕に依頼が来たりしているからね、交流はありますよ。

 それに、僕が人間だった頃、お姉ちゃんになっていた人の旦那さんでもあるからね。


 妻子ある身なのに僕の下僕って……本当、この人は良く分からないです。


『……そっちで何かあったのか?』


 すると、杉野さんは急に警察官らしい、険しい口調で答えてきます。


「大嶽丸が復活した経緯を話したけれど、警察官らしい人達が復活させているんです。何か知ってますか?」


『……そうか……』


 すると、杉野さんはため息交じりにそう言って、急に押し黙ってしまいました。何か、言いたくない事でも起きてるのかな?

 そして数分くらいの沈黙の後、杉野さんがポツリポツリと、言葉を漏らすようにしながら話始めました。


『椿君……その……妖怪達は、やはり人の目に付かないようにして、過ごせないだろうか?』


「どういう事ですか?」


『……君を落ち込ませる訳にはいかなくて、言いたくはなかったが……その内真相に当たりそうだね。実は人間達の間で、妖怪を兵器として、道具として扱おうという動きが出ている。君の共存の話に乗っかりながら、裏ではその準備が着実に進んでいたんだ。その1つが、武器密輸組織「テールム」だ』


 杉野さんの真剣な口調に、僕は言葉を発せません。

 武器……兵器……僕達を物として扱おうと、人間達が動いていたんですか?


『このテールムは、昔から私達警察官を手中に収めては、武器の横流しの手伝いをさせていたのだが、そいつらが今度は、妖怪達に目を付けたんだ。その力を見て、こいつらを戦地に投入すれば戦争が激化すると、そう踏んだのだ。椿君……君の活躍、妖怪達の存在アピールが、逆に仇となっちゃったんだ』


「…………」


 流石にショックです。


 僕の今までの努力を全て踏みにじる行為……これには僕も、怒りを感じてしまいます。


 酒呑童子さんは、この事も知っていたのかな? だとしたら、言ってくれたら良かったのに。


『正直、私のいる捜査零課の人間の何人かも、このテールムに情報を渡したり、捕まえた妖怪を流したりしている可能性があった。今捜査をしているのだ……が』


「……が? それ、あんまり良い感じの言い方じゃないよね」


『あぁ……本部が止めてきた。三間坂みまさかさんが怒鳴り散らしていたけれど、上はこの内部捜査を止めろとしか言わない。正直、私も憤りを感じているけれど、末端では何も出来ない。お仕置きしてくれ』


 最後に何を言ったんでしょうか? 無視です、無視。


 それよりも、この問題も実はかなりヤバい事になっているんじゃ……僕の知らない所で、皆して何をしてくれているんですか。


 だからって、今僕が動いても逆効果ですね……どうしよう。


『とにかく椿君、君は君で大変な事をしていると聞いている。こちらは任せてくれないか? その為に、君に話していなかったんだ』


「だけど……」


『そうしないと、君は1人で何とかしようとするだろう?』


 また図星を言われて反論出来ませんでした。

 何で皆、僕をそうやって制すかな……出来る事は全部やりたいんだけど。でもそれは、全て1人で何とかしようとしている事になる。


 分かっています。分かっているけれど……。


「椿よ、言ったじゃろう? 周りを頼れと。助けを求めてきたら、手を差し伸べれば良い。お主の手は2つしかないじゃろう? それで全て助けようなど――」


「僕には、この自由に動く強靱な尻尾もあります」


「――そんなのはおこがましいという事じゃ」


 あっ、無視したね、白狐さん。

 僕が納得していない顔をしていたから、諭す為にそんな事を言ったんでしょうけど、屁理屈で言い返したからね。


 でも仕方ありません。


 確かにこっちは、物部天獄という厄介な人が、僕を狙っているんですからね。

 だからって、そっちも放っとくことはしません。その組織の尻尾を掴めたら、杉野さん達の助けになるようにします。


「分かりました、杉野さん。だけど、もしその組織を見つけたり、その組織が僕達を狙ったりしたら……」


『あぁ、その時は全力で対抗してくれて構わない。その責任は全て、捜査零課が背負う』


「うん。でも無茶はしないでね」


『あぁ、心配してくれているのか? か、感激だ……ついでにおし――プツッ』


 そして僕は、確認するようにしてそう言い、杉野さんの返事を聞いてから電話を切りました。


 最後に何か言ってたかな? まぁ、そんなのは気にしません。

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