第弐話

 その後、お昼頃に香奈恵ちゃんが帰ってきて、お昼ご飯を食べ終えた僕達は、京北の方のおじいちゃんの家に向かいます。専用の運搬妖怪、雲操童うんそうどうさんに乗ってね。

 これ、雲がそのまんま妖怪になったみたいで、色んな物や妖怪さんを運んでくれるんです。長距離移動とかに便利で、呼んだら必ず僕達の元に来てくれるように頼んでいるんです。


「おじいちゃんの家、おじいちゃんの家~」


「香奈恵ちゃんは本当に、鞍馬天狗のおじいちゃんの家が好きなんですね」


 僕とお揃いの巫女服を着て、香奈恵ちゃんは意気揚々としています。

 どういうわけか、この子他の服を着てくれません。なんで僕とお揃いが良いんだろう……普通はお洒落したい年頃だと思うのに。


 僕はまぁ……白狐さんと黒狐さんが気に入ってくれているから、出来るだけこの格好でいるんだけどね。


「だって、あそこの妖怪さんの皆に会いたいんだもん~!」


「はは……皆、香奈恵ちゃんが来た後はクタクタになってるけどね」


 香奈恵ちゃんとそんな事を話しながら、僕達はおじいちゃんの家に飛んでいきます。

 白狐さんと黒狐さんはお仕事があったので、今回は来られなかったです。


 もちろん出掛けに白狐さんにキスをせがまれたので、沢山しておきました。黒狐さんに見つからないようにね。


「お母さん、顔赤いよ?」


「何でもありません」


 いけないいけない、香奈恵ちゃんの前で思い出しちゃった。顔が赤くなったのを見られたよ。


「ふふ~ん。白狐のお父さんの事考えてたの?」


「香奈恵ちゃん、そんな事言うお口はチャックするよ」


「は~い。ふふふ」


 これなんです。最近この子おませさんになってきちゃって、色恋ごとになると、絶対に口を挟んでくるんです。

 どこで覚えたんだろう……って、犯人の目星は付いてますけどね。


 そして、大きな茅葺き屋根の鞍馬天狗のおじいちゃんの家に着くと、香奈恵ちゃんは雲操童さんから飛び降りて、猛ダッシュでその家に入って行きます。


「もう、香奈恵ちゃんったら……」


 もの凄い笑顔で入っていくから、それだけ皆の事が好きなんだね……でもねぇ。


「えっ? あっ、香奈恵ちゃん?! ちょっと、キャゥゥゥン!!」


 あ~先ず最初に里子ちゃんですか。

 狛犬見習いだった里子ちゃん。今はおじいちゃんの家の狛犬さんになって、皆を守っています。


 そして、その後に僕もおじいちゃんの家に入ると、玄関でうつ伏せになり、お尻をこちらに向けて突き上げ、尻尾を力無く降ろしている里子ちゃんを見つけました。また尻尾を沢山弄られたようですね……。


 お手伝いさんの服も様になってきたのに、情けない格好ですね、里子ちゃん。


「はっ……はっ……あっ? つ、椿ちゃん見ないでぇ!」


「そう言われても、いつもの君ですよ」


「キャゥ……辛辣。で、でも私は、椿ちゃんのペットなのにぃ……」


「まだ言いますか……」


 里子ちゃんは相変わらずです。

 癖っ毛のある茶髪のセミロングヘアーも相変わらずで、そしてくりくりした目が快楽に染まってるのも相変わらずですね。


 ただ、胸は僕と同じくらいだったはずが……ちょっと大きくなってる。僕よりもね……う、ぬぬ……納得いきません。


「とにかく里子ちゃん、そこで突っ伏してる訳にもいかないでしょ。ほら、行くよ」


「キャゥン!! 尻尾引っ張らないで! ちょっと……どうしたの椿ちゃん?! 怒ってるの?!」


「べ~つ~に~」


「怒ってる、怒ってるよね! 椿ちゃん!!」


 怒ってませんよ。別に君の胸が大きくなろうが怒ってませんよ。


 そして、僕は里子ちゃんを引っ張りながら家の中を進むと、他の妖怪さんも倒れちゃっていました。

 あの、まだ10分くらいしか経ってないよ。皆ダウンするの早すぎませんか?


「つ、椿ちゃん……来るなら来るって言っといてくれるかな?」


「あ~ごめんなさい、ぬりかべさん」


 子供の手形がペタペタと付いてるよ……香奈恵ちゃんだね。ごめんなさい。

 それと、このぬりかべさんの顎は相変わらず立派に割れています。普通のぬりかべのイメージじゃないの……。


「う、うぅ……私は天然冷凍庫じゃ」


 あっ、雪女の氷雨ひさめさんがへばって廊下の壁にもたれかかってる。真っ白で絹のようなロングヘアーも、乱れちゃってますよ。何されたの?


「あっ、椿ちゃん……あの子ちゃんと教育しなさい。わ、私はアイス製造機じゃないのよ。この時期はキツいのよ」


「うっ……ごめんなさい」


 ちゃんと怒っておきます。

 あ~もう、目を離した隙に香奈恵ちゃんってば~皆を困らすような事はダメだって、あれほど……。


「うっ……く、つ、椿? 椿、助けて!」


「美亜ちゃん?!」


 すると、廊下の角から美亜ちゃんがフラフラになりながら出て来ます。相変わらずお嬢様みたいな格好……。

 そして艶のある綺麗なロングヘアー、強気な性格にあったキツそうな目……それが弱々しくなってる。


 えっ、どうしたの美亜ちゃん!


「え~美亜お姉ちゃん、マタタビ好きでしょう? ほら、マタタビマタタビ~!」


「か、勘弁して……ち、力が抜け……ふにゃはぁ……」


 あぁ……猫にマタタビ……って、香奈恵ちゃん見つけた! 思い切り美亜ちゃんの背中に乗って、マタタビ押し付けてる!


「マタタビマタタビ~! あっ、お母……さっ……」


 はい、逃げない。僕の顔を見て逃げない。

 悪いことをしている自覚はあったんだね。それなら尚更お仕置きです。


「影の操」


「きゃぁぁ!! ご、こめんなさい! お母さん!!」


 とにかく僕は、影を操る妖術で自分の影の腕を操り、香奈恵ちゃんを捕まえます。そして、そのまま僕の元に引き寄せます。


「あぁぁ……!! お母さん、ダメ! お仕置きはやだぁ!!」


「それなら、何でまた皆を困らせる事するんですか!」


「だって、だってぇえ!! 遊んで欲しいんだもん!」


「それなら悪戯は止めるんです!!」


 そして僕は、容赦なく香奈恵ちゃんにお仕置きを与えます。


 お仕置きと言っても僕には、銀狐のお父さん金狐のお母さんと一緒に過ごした時期が少なくて、2人に怒られる事もしてこなかったから、子供を叱る方法なんて……いつかの漫画で見たやり方しかないんです。


「……つ、椿。あんたそれ……また……」


「あっ、美亜ちゃん。ごめんね、ちょっとお仕置きしてるから。香奈恵ちゃん、メッ、でしょ!」


「あ~ん、ごめんなさい~お母さん!! お尻ペンペン止めて~!!」


 美亜ちゃんが引いてるけれど、僕は遠慮なく香奈恵ちゃんのお尻を出して、それに向かって平手打ちをしています。

 世のお母さん達のお仕置きの定番といったら、これですよね。うん、何で美亜ちゃんが毎回引くか分からないんだけどね。


「椿……あなた何してるの?」


「えっ、あっ、お母さん?!」


 すると、お仕置きしている僕の横に、金狐のお母さんが立っていました。

 絹のような手触りの、綺麗な金髪ロングヘアーを靡かせている、優しそうな雰囲気の僕のお母さんだけど、今は眉間にしわが寄ってます。


 あれ? 怒ってる。


「子供を叱るのに、そんな古い方法がありますか!! しかも今はその方法、児童虐待とか言われるのよ!! もう少し考えなさい!!」


「ひぃっ……ご、ごめんなさい!!」


 僕まで怒られちゃいました……だから、慌てて香奈恵ちゃんを解放します。

 僕、間違ったお仕置きをしてたんだ……う、う~ん、子育てって大変です。


「はぁ、はぁ、た、助かった……ありがとう、おばあちゃ……」


 香奈恵ちゃん、それは禁句だから。言った後慌てて口を押さえたけれど、多分もう遅いよ。


「おばあちゃん……? 椿、あなたはちょ~っと育児に弱いようね……まだまだしっかりと教え込まないといけなかったわね」


「あ、あの……でも、そもそも僕がお母さんに怒られたり……」


「されなかった? さぁ……どうしたからねぇ」


 あ、あれ……なんですかこれ? 冷や汗が吹き出てる。何だか思い出したらいけないような事が……でも、銀狐のお父さんに怒る時はスゴく恐……あっ!! お、思い出した!! 1回だけ僕、小さい頃にお母さんに怒られた事があった!


 あまりの恐さに、記憶から消していたんだ。何思い出してるの僕……あ、あの恐さは、今まで戦ってきた敵の非じゃなかったよ。


「あ、あぁぁぁ……」


「あら? やっと思い出したかしら?」


 しかも、気付いたら僕震えてるし。


「お、お母さん……何されたの、ねぇお母さん!」


「ふふ……それじゃあ久々にお仕置きしてあげようかしら……」


 そう言いながら近付いてくるお母さんの顔は、どこか嬉しいそうです。それが逆に恐いってば!!


「い、いや……止めて……お母さん……僕も娘がいて、立派な……」


「だからこそ……よ。覚悟しなさい」


「い~~や~~!!!!」


 だけど、僕の叫び声は空しく空に掻き消えていきました。

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